十五話「夏の始まり」



「……ご主人さま」

「ん?どうした」

「あ、暑いです……」



 まぁ、夏だしな。


 時は7月、本格的に熱くなってきた時期だった。

 外では虫がうるさく鳴り、家の中の蒸し暑さが限界を超えていた。

 流石の俺も、この暑さはやばいな。


「魔石がなきゃ、ボクは死んでますよ」

「異議なし、その通りだ。一週間前の俺たちを讃えよう」

「か~み~さ~ま~」


 王城旅行から一週間経った。

 時間の速さに驚きつつ、サヤカと俺は家のリビングで項垂れていた。

 あぁ、誰か冷水を持ってきてくれ。


「あぁ~」

「あぁ~」


 この家は周りが元畑の草原だからか、日光がダイレクトで家に直撃する。

 家の暑さは限界レベルだぜ。

 これはやばい。


「ご主人さま」

「なんだぁ、サヤカ」

「冷房って、なんか無いんですか?」

「れいぼぅ……出費がなぁ」


 俺は働き始めてから色々変わった。

 そりゃ、金遣いの悪さも変化するわけで。

 気づけば手持ちが6Gと言う短歌を書いた時期があったりしたが。

 俺は今や、もう少しでサヤカ二人分は溜まりそうなくらい金を貯めた。


 だが、だがだ。


 ここまでお金を無駄遣いしないように貯めて来た俺なんだが。

 贅沢するとなると、なんだか抵抗が生まれてしまったのだ。

 生活的にお金はもう心配ない。

 だが、だがだ。

 なんか、ストッパーが掛かる。


「………あぅ」


 だが、サヤカが死にそうだ。

 暑くて死にかけてる。

 ほら、ほっぺが机に溶けてる。


「………」


 確か、昔見た絵本の中に。

 恐ろしいほど美人だった黒髪の少女が、

 暑い時机に溶け恐ろしく不細工になると言う絵本があったきがする。

 名前は知らないがな。


「買ってくるわ」



 買ってきた。


「涼しいですご主人さま」


 清々しい顔をしながら、サヤカは白髪を揺らす。

 魔道具、冷房。

 と言っても、水の魔石にカラクリで空気を贈り。

 涼しい風を自動で送ると言う魔道具だ。

 これはすげぇ。

 普通にすげぇ。

 語彙力が死んでいるが暑さのせいだ。


「だが、この仕組を理解したら。魔法で再現できそうだよな」

「それはボクも思っていました。

 風魔法と水魔法、それか火魔法を使えば冷気を作れそうですよね」

「まぁ、そうゆうのも魔法で解決できれば最高だよな」


 これはあれなのかな。

 癖なのかもしれない。

 俺たちは魔法使いとして魔法を使える。

 だからかこうゆう、ある意味ナンセンスな事で話が盛り上がってしまうのだ。


 さて、夏が始まり。

 サヤカと出会ったから随分と経った。


 だが、一ヶ月少ししか経っていないらしい。

 この一ヶ月が濃すぎたんだ。

 流石に、夏くらいはゆっくり……。



――――。



 さぁ、皆様なら理解できるのだろう。

 どうしてあの言葉の途中で切れたのか。

 どうして俺はあんなフラグを口にしてしまったのか。


「今日から……よろしく」


 と、小さな目に短髪の茶髪。

 そして上から目線の憎まれ口は俺と似ている少年が言う。

 その名は、トニーと言った。


「俺は、また何をしてんだ」


 サヤカと出会ったときも、こんな事を言ったっけか。

 俺は少し凹むように、頭を抱えた。

 さて、そろそろネタバラシだ。

 超簡単に省略し、簡潔に言うとするなら。


 トニー坊主が、しばらく俺の家に住むことになった。


 理由はある。

 それは、トニー坊主の魔力開花だ。

 いずれ来るとは思ったが。

 まさか本人が施設行きを嫌がり、サヤカが施設に行っていなかった事を聞いていたトニーがうちに来るとは。

 ついでに親を連れて。


「……どうしたんですか?」

「あいや、少し考え事だよ」

「あまりぼうっとしてると、イケメンの顔が間抜けに見えますよ」

「おう、気をつけよう」


 ドヤ顔で考えることにした。

 まずだが、トニーの家の家庭環境が少しだけ透けた。

 あの両親はあれだ、一般的に言うと毒親だ。

 常に家を出払っており、仕事仕事と仕事人間の鏡みたいな性格をしている。

 子供に無駄なお金は持たせず、飯も作らず、帰っても仕事の事ばっかしているらしい。

 こりゃぁ、頭がおめでたいこった。


 でだ。

 一番イラってきたのは。親が無関心なだけで、一応だけどトニーを愛していると言う事だ。

 何がおかしいって?

 悪意が無い行動こそ、相手を傷つけるんだよ。

 気には掛ける。だが、行動はしない。

 そんな、気遣いも出来ない親だった。


「あ?なんでそんなドヤ顔してんだよケニー」

「いや、考え事を……」

「きっしょ」


 おいトニーの親。

 お前らのせいでこんなやつが出来るんだよ。

 一応は愛しているんだろうがな、その愛はトニーに伝わってねぇんだよ。

 一願に仕事をするなとは言わねぇけどよ。

 もう少し、優しい愛の形があっても俺はいいと思うんだがな。


 まぁそこは愚痴として。

 問題はこれだ。


 現在は安定しているが、実はあいつ、魔力開花をした。

 数週間前のサヤカにも起こった。あれだ。

 その世話を、俺に託されたのが面倒くさい。

 まぁ確かに、最近杖を買ったばかりだが。

 正直俺が教えるより、サヤカが教えたほうがいいと思っている。

 だってあいつの性格、目上の人に指図されるの嫌そうだしな。

 そこらへんはサヤカに任せるか。

 別に丸投げをするわけじゃないが、これが一番最適だと判断したからだ。



 って事で、ここから俺とトニーとサヤカの生活が始まったのだ。



 ん、なんかサヤカさんが近づいてきて……。



――――。



 ボクの名前はサヤカ。


 ご主人さまのどれ……あ、これはダメって言われたんだった。

 ご主人さまの『家族』としてこの家にいる。


 さて、ボクは今。

 ご主人さまに我儘を言っている。


「トニーの教育を、ボクにやらせてください」


 ほけっとした顔で考え事をしていたご主人さまに話しかける。


 トニーはボクの友達だ。

 友達だから、ボクが教えてあげたいって思った。

 ほんと、動機はそれだけだ。

 だけど、ご主人さまは少し困った顔をした。


「……お前に出来るのか?」

「できます」


 自信があった。

 昔、自信があって間違いをし、ご主人さまに迷惑をかけたことがあったが。

 今回は違う。

 魔法はボクの得意分野なのだ。

 魔法が得意だから、好きだから、魅力を教えたいから。

 だからボクは。


「いいよ。頼んだ」

「無理なのはわかっています。だからボクはご主人さまに認めてもらなんていいました?」

「いや、だから頼んだ」


 ……え?


「え?」

「サヤカなら出来るだろう。俺は一応、サヤカの事は信用しているからな。

 一般的かもしれないが、お前は飲み込みが早い。

 だから何とかなるんじゃないかと思っている」


 これは驚きだった。

 ご主人さまがボクを信用してくれてるのを知ると、なんだか嬉しかった。

 あくまで驚きを隠しつつ、ボクはお礼を言った。


「ありがとうございます!!!」


 上手く驚きを隠せるようになったと、自分で思う。

 さて、どうやってトニーに教えようかな!!!




 追記、実は驚きを全然隠せていなく、ケニーが心のなかでニヤニヤしていた。




――――。



「へぇ、またお前の家に居候が増えたのか」

「ほんと、大変だよな。また騒がしくなっちまったぜ」


 金髪の男、モールスが言う。

 その後ろに、サーラが佇んでいいた。


「ケニー様は、子供に好かれるのですね」

「何を言う、とんだ迷惑だ」


 サーラも後ろで薄く笑った。

 別に笑い話として持ってきたわけじゃないんだがな。

 まぁ、話をしに来た理由はサーラへの現状報告だ。

 あの後、サーラはモールスに、自分の過去を話さなかった。

 だが、サーラは何やかんや俺の事を気にかけているようで、定期的に色々教えてほしいとお願いされた。

 土産話として、サーラとモールスにいつもの話をする。


「……なぁケニー」


 唐突に、モールスが切り出す。


「お前の病気の事は……正直どうしようもねぇ。だが、あの子に隠す必要は無いんじゃないのか?」


 思わず驚いた。

 モールスがそんな真剣な顔をするとは……。


「まぁそうだな。隠す必要はない」


 俺は、サヤカに魔病を未だに隠している。

 理由は、まぁ、話したくないのと。

 話すタイミングが今ではないのといろいろある。

 だが、一番は、この幸せを今壊すべきではないと思っている。


「時が来たら、全て話すよ。――あいつも、俺に隠している事があるからな」


 その言葉を言うと、モールスとサーラは意外そうな顔をした。

 だが、俺はその詳細を話さない。

 話す必要がないから、話さなかった。


「まぁ、お前が決めろ。サヤカはお前の子供見てぇなものなんだから。その責任をちゃんと持つんだぞ」

「あぁ、俺はこれでも。クソ野郎だからな」


 そう言うと、モールスは大きく笑いながら。


「さすが、俺の親友の、どんくさ野郎だぜ」


 モールスと俺だけが笑い。サーラは困った顔をしていた。

 これは、俺とモールスの深い冗談話だ。


「そう言えばだが、サヤカが直接サーラさんから色々教えてもらいたいと言ってたんだが」

「本当でございますか?私で良ければいつでも」

「そう言ってくれると助かるよ」


 また今度の話だろうが、サヤカをこいつらに会わせてやるか。



――――。



 夏風が気持ちよかった。

 暑い日光が降り注ぐ中、不思議な匂いをまとった涼しい風が全身を揺らす。

 そんな中、俺はモールス宅を出た後、花束を買い。

 ここに立っていた。


「やぁ、親父。来たよ」


『グラル・ジャック 多くの人を導いた人物、ここに眠る。』


 そんな文字が刻んである石があった。

 墓石だ。

 親父の、墓だ。


 家から数分歩いた場所にあるここは。

 開けた場所で、風が気持ちよかった。

 俺が好きなものは、親父も好きそうだなって思って。ここにした。

 そこで、俺らのことを見守ってほしかった。

 見ていてほしかった。

 だから、家の近くに埋めた。


 俺は定期的に、ここへ花と酒を置いていく。

 全部親父が好きなものだ。

 でも、今の俺ならわかる気がするが。

 親父は多分、俺が来てくれるだけでいいような気がする。


「サヤカは元気だ。サーラもモールスの所で上手くやってる。ゾニーに会ったよ。親父に会いたがってたけど、まだ会えなさそうだって凹んでた。でも、元気そうにやってたぜ」


「――――」


「他の兄弟たちも、まだまだ来てくれないが。きっと来てくれる」


「――――」


「親父、少しの辛抱だ。寂しいのは知ってるが、俺も一年後にはそこに行くんだよ」


「――――」


「へっ、そんなに面白くないことを言ったのか。悪いね。まだ生きるよ」


 魔病の症状は、まだ出ていない。

 だけど、ゆっくりだけど、俺の中の時計が動いている。

 カチカチと刻んでいく度に、俺の寿命は減っていく。

 まだ肌で感じてはいない。

 だが、目に見える形で俺の腕にある。

 悪魔の記号。

 その記号が、薄くなること無く、濃くなることもなく。

 ただただ、俺の現状を教えるためだけに存在している印だった。


 だが、今の俺にはサヤカがいる。

 子供がいるんだ。

 守りたいと思った、子供がいるんだ。

 育てたいと、導きたいとそう思えた。


 だから俺は諦めない。

 その生命が、焦がされようとも。






 余命まで【残り306日】