13:常夜野高校 ―2002年6月6日 22時50分―

 取材をしていたはずなのに、何故かめそめそとしだした池中さんを慰める流れになってしまった。


「ええい、鬱陶しい!」


 堀さんは池中さんを一喝したが、僕はそこまで割り切れない。やりたいことがやれない生き方って、しんどいと思うしなぁ。


「別に、今からでもいいんじゃないですか?」

「え?」

「映画制作ですよ。今から挑戦したって、決して遅くは無いと思います」

「そうかなぁ」


 僕の言葉に、池中さんはなおも渋る様子を見せた。新しいことに挑戦する、踏ん切りが付かないのだろう。そんな池中さんの背中を、堀さんが大きな掌で思いっきり叩いた。


「うじうじ言うくらいなら、つべこべ言わずにやりゃあいいだろうが!」

「痛い! 痛いって!」

「てめぇがはっきりしねぇからだ!」


 うん、こうして見ていると、やっぱり堀さんは柄が悪いよね。荒木さんと上田さんの舎弟だったと言うのも頷ける。でも、その中身はなんだかんだで面倒見が良い人なのだろうなぁ。今も、池中さんに発破を掛けようとしているみたいだ。


「まだお前も三十そこそこだろ、今の平均寿命、何年あると思ってるんだ」

「えーと、八十いくつ、かな?」

「そうだぞ。後の五十年、ずっとそうやってうじうじしているつもりか」

「五十年……は、長いねぇ」

「だろ? だったら、今から始めてもいいじゃねぇか」


 少し強引な気もするけれど、堀さんらしいや。池中さんも思うところがあったようで、うんうんと頷いている。


「そう、だね……僕、戻ったら撮ってみようかな、映画」

「…………」

「…………」


 池中さんの言葉に、僕と堀さんは思わず黙り込んでしまった。そんな僕達を見て、池中さんがきょとんとした表情を浮かべている。


「どうしたの、二人とも」

「いや、なんかフラグみたいなことを言っているなぁって」

「お前、それ、帰れない奴の定番の台詞じゃねぇか」

「あっ」


 ようやく自分の失言?に気付いたようで、池中さんが短く声を上げる。その後三人で顔を見合わせ、僕達は声を上げて笑った。




 外はいまだ、ざあざあと雨が降り続いている。時折稲光が走り、窓から光が差し込んでくる。流石にもう慣れたのか、池中さんが悲鳴を上げることは無くなったが、それでも雷が鳴る度に不安そうに外を見つめていた。


「……また、お腹が痛くなってきちゃった」

「そういえば、さっき結局トイレに行かなかったですしね」

「行ってこい、行ってこい」


 堀さんに言われて、池中さんがお腹を押さえながら職員室を出ていく。


「一人で大丈夫かな」

「心配しすぎだ。大丈夫だよ、あいつだって男なんだから。何かありゃ、飛んで帰ってくるだろう」


 僕の心配を、堀さんが笑い飛ばす。堀さんはペットボトルのキャップを開けると、ぐびりと水を飲み込んだ。

 男でも、怖いものは怖いと思うのだけれどなぁ。堀さんは良い人だけれど、こういう価値観はやはり不良のそれだ。僕はどちらかと言うと池中さんに近い人種だから、怯える彼の気持ちがよく分かる。


「僕もトイレに行ってきます。ついでに池中さんの様子も見てきますよ」

「だから心配しすぎだってのに」


 呆れたように言いながらも、堀さんは手をひらひらと振って、職員室から出る僕を見送ってくれた。