街は戦場からの帰還兵で、溢れていた。
私はその中から負傷兵を診る軍医だった。
住居の隅をそのまま仮設テントに使い、ベットを十一台ほど並べて、患者を診る。
銃創、刺し傷、骨が折れた者、火傷と、その対応すべき種類に事欠かない。
主に外科として診ているが、中には明らかに外的外傷症候群を負った者がいる。ほとんどは、別の医者の処に回すが、一人だけテントのベットを閉めている少年兵がいた。
まだ十四歳だが、別に珍しくもない。
痛みに唸る兵士たちも皆、十代だ。
新たに負傷兵がベットを交代するが、少年だけはそこを動こうしない。
最初は力ずくで出て行かせようとしたが、暴れてしまって、どうにもならなかった。
仕方ないので、ベットは十台ではなく、一つ多めだった。
内乱が続いて既に十数年。終わる気配もない。
それどころか戦火は酷くなる一方で、この街も危険だった。
だいたい病院という代物は、戦争では真っ先に狙われるものだ。自宅に隠蔽しているとは言え、偵察兵から観れば一発で解るだろう。
そんな予感が日々大きくなるにつれ、普段喋れなくなった少年が、言葉にならないうなり声を上げる。
涼しげというには風がやや強い、夜だった。
突然、強烈なうなり声が上がったり、私は飛び起きた。
窓から覗くとテントから炎が立っていた。
負傷兵達は、脱出しようとしていたが支柱が倒れ、火から逃れられずに生きたまま焼かれてのたうつ姿がそこら中にあった。
少年はテントの外で一人、叫んでいた。
私はあわてて、消化器で患者の炎を消そうとした。
だが、少年がものすごい力で手首を取り、消化器を落とさせる。発泡剤はどこかあらぬ方向に吹き出していった。
「なんてことをするっ!」
私は怒鳴った。怒りで口元が震える。
少年は、私の顔をのぞき込み、不気味な笑みを浮かべた。
「ぼ、僕の、育った場所・・・・・・」
なんと失語症かと思っていた少年がたどたどしい言葉で喋った。
「これがが、にちちじょうう」
炎の明かりに照らされて、少年の顔は明暗がはっきりと分かれて、まるで悪魔のような顔だった。
「君はなにをした、まさか、君がやったんじゃないだろうな?」
「ここれが、いつもものこ、こと」
しゃがみ込んだ少年はキャンプファイヤーでも観るようにテントと人が燃える様子を眺めていた。
私はその顔を殴りつけた。だが、それでも少年は満面の笑みを浮かべるだけだった。
「じょじょうかん、めいれーを・・・」
背後で最後の支柱が倒れる音がした。
全ては灰になるのか。
この少年の記憶を残して。
これが日常だとでもいう、かれの言葉とともに。
そして、気がついた。わたしも少年の世界に取り込まれている事を。
私は平和だったのだ。仕事に夢中になっていれば。 少年が、無理に戦場に引きずり込んでこなければ。