7.-④


 そして平穏な日々が、半年ばかり続いた。やってくる食料の輸送船には、「いつもの様に」調理人達が対応するだけであったので、その時だけやり過ごせば、彼らが既に自由の身であるとは気付かれることはなかった。

 船自体、二ヶ月に一度、という割合だったので、全部で3回、ごまかせば良い。その時彼らが注意したのは、使われていなかった三つ目の棟に拘禁している兵士達だったが、その時は、彼らの中でも屈強の者が扉をガードしたので、事なきを得た。

 そして、半年近くの日々が過ぎたある日、彼らは空に大きな船の姿を見た。

 この時ばかりは、兵士数名を通信室に連れ、交信させた。彼らではないと、判らない合い言葉の様なものがそこにはあったのだ。無論そこで兵士達が暗号で救助を求める可能性もあった。しかしそれ以外に方法が無かった、というのも事実だったのだ。


「さて、どうするか」


 ヘッドはずらり並んだ頭脳派達に問いかけた。しかし彼らは、案外その時に答えを出すことはできなかった。そうこうしているうちに、後ろの方で小さくなっていた、キディと呼ばれている、ひどく華奢な少年が、手を上げた。


「言ってみろ」

「……いっそ救助信号を出させたらどうでしょう」

「と言うと?」

「そうなるんじゃないかって怖がるよりは、それを考えて動いた方が楽じゃないかなって思うんですがー」


 何偉そうな、と周囲にキディはこづかれそうになる。だがヘッドはうーん、とあごに手をやった。


「どうした? ヘッド」

「……いや、考える余地はあるな、と。実は諸君、最近、首府の様子が変なんだ」

「と言うと?」


 ヘッドは通信傍受を最近担当している者に話を振った。実際立ち上がったその担当の男は、通信機材や放送機材に対するカンが良かったので、最近は「監督」とも呼ばれているらしい。


「まず、ニュースの様子がおかしいんだ」


 ニュース? と思い思いの格好で聞く彼らは顔を見合わせる。


「俺の知識では、首府で中波を流している局は五つあった。TVは基本的に衛星だから、それこそ全土に何十とあるが、大手は三つだ。中央放送局、東方電波、チャンネル29。で、このライから傍受できるのは、その中の、中央放送局と、チャンネル29。一つだったら、まあ内容が偏っている、と考えることもできるだろうが……」

「同じだったんだ?」

「傾向として。最近、ニュースが奇妙に、首相の動向をクローズアップしている」

「例えば」


 プロフェッサーは興味深げに訊ねる。


「彼が現在、レーゲンボーゲンにおける、最高指導者であることには間違いないから、彼の行動がクローズアップされるのは、そうおかしいことはではないじゃないか?」


 するとディレクターは指を一本立てて振った。


「確かにそれはそうだ。だが、ちくいち、となると別だろう? つまり、それまでは、行事の方が優先された報道のされ方だった。ところが今度は、彼が中心になっている。いくら彼が確かに最高指導者ではあるが、一応このレーゲンボーゲンは、そういう政治形態じゃあなかっただろう?」


 そう言ってディレクターはプロフェッサーに今度は話を振る。


「つまり、君が言うのは、何やら政治形態自体が不穏な動きを見せている、ということかい?」

「ご名答」


 ぱちぱちぱち、とディレクターは手を叩いた。ヘッドはそこまで聞くと、二人からひとまず発言を引き取った。


「つまり、こういうこともある、ということなんだが。俺はもう少し単純に、何やら、今までとは違うきな臭い雰囲気が首府に起きているんじゃないか、と思う」


 そうだな、と皆はうなづきあう。


「それに乗じるのは悪くないと思う。少なくとも、向こうに気を取られている分だけ、こちらへの監視の目は緩くなる。……ああ、無論こちらは、万全の体勢を取りたいもんだがね」


 そしてにやり、とヘッドは笑った。


「で、それじゃあヘッド、オレ達は、堂々と『すぺーすじゃっく』をすればいいのかな?」


 リタリットはひどく古典的な言い回しで訊ねた。苦笑しながらそうだな、とヘッドは答える。


「とりあえず来た船を、こちらから迎え取ってやろうじゃないか」


* 


 簡単に言いやがって、とBPはつぶやいた。この惑星にも、船は全く無い訳ではない。だがそれは非常に少人数が乗る小型艇であり、武器が常備されている訳ではない。むしろそれは、脱出船、と言ったほうが的確かもしれない。

 そして当然の様に、その小型艇の運転をBPは頼まれてしまったのである。車ならともかく、宇宙船だぞ、と彼も反論したが、悲しいかな、船室に入ってしまうと、操縦の仕方が判ってしまったのである。

 一体自分は何をやってきたんだ、とさすがに彼も呆れ果てた。


「まあまあいじけんなよー。オレも行くから」


 そういう問題じゃない、と呆れる程明るく肩を叩くリタリットに、彼は飛ばす言葉を見つけられなかった。

 大型船に関しては、さすがに彼のちょっとしたカン、では大気圏突入や着陸に関して、安全を確信できない。だったら、パイロットをもしっかり拉致して来なくてはいけないだろう。だとしたら、できるだけ早めに。

 そして今度は、BPとリタリットの他に、先日の蜂起の時には、活躍できなかったと冗談混じりに言っていたマーチ・ラビットと、おそらくは都市ゲリラの出身だろう、金色の瞳のトパーズがこの「すぺーす・じゃっく」に加わったのだ。


「いやー、何かオレ楽しくなってきちゃったよ」


 大気圏脱出のGのショックが少し抜けたかと思うと、リタリットはすぐに軽口を叩き出した。その手には、兵士達から押収した銃がある。ただし今回は、実弾ではない。船の破壊と、乗組員の無事を確保しなくてはならなかった。


「……お前をメンツに加えて良かったのか、俺は不安だよ……」


 マーチ・ラビットは太い腕をがっしりと組んで苦悩の表情を見せる。それを見てトパーズは何も言わずににやりと笑った。のんきなものだ、とBPは背中で繰り広げられる会話を黙って聞いていた。

 しかし、深刻になっても仕方が無いことは、彼も知っていた。失敗が許されないことは事実だが、だからと言って深刻になってしまうと、逆に効率が落ちる場合もあるのだ。適度なテンションの高さは必要である。

 ぴ、とその時レーダーから音がする。お、と言ってリタリットはスクリーンに前方の映像を切り替えた。


「あ、あれだ」


 あっさりとリタリットは平面スクリーンの左端を指さす。


「なるほど、結構でかい船だ」

「あれなら皆乗れるな」


 200名以上の人員を、数日乗せて大丈夫な程の船。確かに斜め向こうに見える船は、それに充分だった。


「調理長や、あの連中の話じゃあ、前方に管制室のあるタイプらしいね。で、非常口は向かって右」


 リタリットはそこいらの建物の中身を説明する様に簡単に言う。


「よし、じゃ、始めるか」


 BPも操縦をオートパイロットに切り替え、席から立ち上がると、通信回路を開いた。


「さて俺達の中で、一番演技が達者なのは誰かな」

「オレ?」

「お前じゃ駄目だリタリット! すぐばれる」

「何だよ三月兎マーチラビット! あんただってばれるぜ? そんな図体のでかい奴からのSOSなんて受けたくねえよ!」

「……」


 すると無言のまま、トパーズはマイクを取り、いきなり口を近づけた。


「ぎゃーっ!!!!!!!!」


 は? とそこに居た三人は、思わず身体をすくませた。そんな盟友達は気にもせず、この元ゲリラらしい男は、普段の無口さは何処へやら、聞いたこともない様な高めの声でまくし立てた。


「つながったつながったつながった! もしもし、もしもし、もしもし!」

『…… な、何があったのか? こちら大型搬送船JKR-46578、貴艦の所属と……』

「そんな悠長なこと言ってられません! 助けて下さいっ! お願いしますっ! 自分は一等兵で、他に何を言えばいいのか判りません! 何を言えば……」

『……何?』


 思わずBPは口を大きく開けていた。こうも真に迫った声を上げながらも、マイクに向かって叫んでいるトパーズの表情ときたら、見事なまでに何も変わらないのだ。


「あ! あっあっあっあっ…… 来るーっ!!」


 そしていきなりトパーズはそこでマイクを切った。唖然として自分を見ている三人に向かって、この元ゲリラは、何をじろじろ見ているんだ、と言いたげな視線を送った。


「……人間どんな特技を持っているか、判らないもんだなあ」


 感心した様につぶやくリタリットに、お前に言われたくはないだろ、とBPはぼそっとつぶやいた。

 しかし演技はなかなか効果的ではあったらしく、ふらふらと漂う彼らの小型艇に、大型の搬送船は、回収用の「腕」を伸ばしてきた。そして船自体に損傷や、内部の火災などが無いことを確かめると、サイドの扉をゆっくりと開き、中へと取り込んだ。

 BPは髪をかき上げると、銃を握りしめ、タイミングを推し量る。内側から扉を開ける気配が無いことを確認すると、搬送船のスタッフは、外から電子ロックの解除を行っている様だった。

 ぴしゅ、と音がする。開く!

 BPはその瞬間、飛び出した。そして何人かそこで不安げに見ていたスタッフの中で、最も年輩で、最もいい服を来た男を掴まえると、後ろから首に手を回した。


「動くな!」


 彼は声を張り上げた。血の気の引いたスタッフ達は、言われなくても、足が凍り付いた様に、その場に立ちすくんだ。


「管制室に案内しろ」


 BPは彼にしては、わざとらしい程に低く、どすの効いた声をその場に響かせた。トバーズではないが、その場にはその場に合ったはったりが必要だ、ということを彼は知っていた。覚えてはいないが、知っていたのだ。

 そうこうしている間に、他の三人も、ぐるり、と散らばっているスタッフを取り囲む様に、銃を突き付けた。


「オレ達は、すぺーすじゃっくだ。黙って要求を呑めば安全は保証する!」


 そしてリタリットはそう付け加えた。何だそれは? と首を傾げるスタッフも居た。思わずBPは銃をつきつける手の力が緩みそうになる。そんなところで気を抜かせてどうする。だが言っている当のリタリットは真剣だった。少なくとも、彼の目にはそう見えた。

 幸運だったのは、おそらく実戦慣れしていないのだろうスタッフは、とにかく船とスタッフの無事が大事、とこの珍客の要望を受け入れることにしたことである。実際それは的確な判断だったろう。少なくとも、「行き」の搬送船というものは、武器も兵士も積んでいないことが多い。積んでからやっと、積載物に対する護衛が入るのが普通なのだ。

 船はそのまま、進路変更もせず、「すぺーすじゃっく」に言われるまま、予定通り、目的地であるライの、収容所付近の飛行場へと降り立った。そして中のスタッフ達は、一斉に外に出され、そこで「すぺーすじゃっく」の親玉との面会と相成った。


「お初にお目にかかります。代表のヘッドと呼ばれております」


 搬送スタッフの代表、タルヒン少佐は、まだひどく若い、そしておそらくは、その格好から察するところに、あのいつも塀の向こう側に居た連中の一人だろうな、と予想はついた。士官学校出の者が割合早く手にする階級は、この一兵卒上がりの少佐には、最後の階級だったらしい。ヘッドはそれを察したのか、あくまで丁重に言葉をつむいだ。


「率直に申し上げます。我々を貴鑑で母星へと連れていってもらいたいのです」

「それはできん」

「できないとおっしゃられるなら、我々は貴鑑を乗っ取ってでも母星へ帰還果たします。だがその場合、貴方がたスタッフにはここには残ってもらいます」


 ヘッドは口調は穏やかだったが、言うべきところはぴしゃ、と言ってのけた。


「……それは」


 さすがに老少佐は、それには考え込んだ。どれだけ頑固な者であったとしても、このライで暮らすことを強要されるのは御免こうむる、というものだった。特に、老人にとっては、この寒さは厳しい。この夏期であってさえ、既にこの老少佐は、膝を痛そうにさすっているのだ。


「別に難しいことではありません。貴鑑のその広いスペースら我々をほんの少し同居させて下さればいい。そして、ちょっとばかりエンジントラブルを起こして、いつもとは違う場所に不時着して下さればいい。ただそれだけです。我々は、他には何も望みません」

 うう、と老少佐はうめいた。

 会見の模様は、皆窓越しにのぞいていた様なものだった。その場には、ヘッドと副官的立場のビッグアイズぐらいしかいない。一応何かあった時のために、後ろの扉にBPの様な使い手や、言葉と知識で応酬するためのロウヤーなども待機していたが、皆が皆、自分の出番は無さそうだ、ということを感じ取っていた。

 そこがヘッドがヘッドたるところなんだ、とBPは思う。

 この笑い顔が子供の様な男は、何をやっていたのか知らないが、確かに派手な行動は起こさないが、皆を引っ張って行ったり、相手を説得する力は持っている様だった。

 その様な点は自分には欠けていたし、別に欲しいとも思わない所だった。ヘッドは逆に、激しようと思えば、幾らでもできるし、おそらくは、もっと冷酷に話を進めようと思えば、できるのだ。臨機応変に。

 そしてその臨機応変は今回は穏やかさで統一され、完結を見た。彼らもまた、「脅された」という形を取ることを徹底的に彼らに約束させ、冷や汗混じりで、鉱石と一緒に彼らをも搬送することを約束した。


「……まあ、パンコンガン鉱石はあることだし…… いいか」


と、この老少佐が言ったかどうかは定かではない。

 だが確かに、鉱石を持たずに逃げ帰るよりは、たとえ囚人を輸送する羽目になっても、鉱石を持っているなら、まだましだ、というのが彼ら搬送スタッフの共通した認識だったのかもしれない。