それでも、と彼はつぶやいた。
「何?」
相棒は、そんな彼のつぶやきを耳聡く捉えて訊ねる。
「いや、それでもこの惑星が懐かしくなることがあるのかなって」
「無い無い」
リタリットはひらひら、と両手を振った。
「もっとも、この半年ばかりは別だけどね」
目の前には、巨大な輸送船があった。それは元々、この地で採れた鉱産資源を運ぶ船だった。
*
彼ら流刑惑星ライに収容されていた政治犯達は、「夏期」であるうちに、この惑星から脱出することを計画した。「夏期」は案外長い。共通時間で約十ヶ月がこの惑星の、公転全体から見るとひどく短い「夏期」に当たっていた。
無論「夏期」と言ったところで、普段が氷点下20℃30℃といったこの地での「夏期」であるから、せいぜいがところ、最も気温が上がったところで、氷点下行くか行かないか、というところだった。
だがそれでも、彼らを奮起させるには充分だった。ちょっとしたきっかけが、元々手練れな者が多かった彼らを、この場所の占拠という行動に移らせた。
管理する側の油断も確かにあったが、結果が全てである。この地での力関係は逆転した。
そして解放された政治犯、総計238人は、団結して母星であるアルクへ戻るための算段を始めたのである。
238人。あれだけある収容所の部屋の中で、結局使われていたのは、20位に過ぎなかったのだ。
誰が言い出した訳ではないが、この「きっかけ」を作った房の者達は、周囲を率いていく形になってしまった。必然的に、その房のリーダー的存在であったヘッドが、全体を統率することになってしまったのである。
参ったなあ、と言いつつも、ヘッドはその位置に責任が伴うことは知っていた。そしてまず起こした行動は、この収容所内の、看守以外の職員の処分である。
看守たる兵士以外にも、この収容所には無論、職員という者がいた。例えば、食堂を取り仕切る、調理長アフタ・ラルゲンと、その部下の料理人達。逞しい腕と、赤ら顔を持ったこのコック長は、事態を正確に把握すると、こう言った。
「積極的に協力はできん」
なら拘束するまで、と言おうとした彼らを手であくまで冷静に制すると、このラルゲン調理長はこう言った。
「間違えないでほしい。あくまで、立場として、自分達は『無理に働かされたんだ』という形をとって欲しい。そうしてくれるなら、あんた達がこの惑星を脱出するまで、こちらは本星からの食料を今まで通り受け取り、あんた達の食事を作ろう」
「その中に毒を仕込んだりはしないだろうな」
と訊ねるビッグアイズに、ヘッドは首を振った。
「この人達はそんなことはしないさ…… ドクトルK、そうだろう?」
「そうだな」
穏やかに、そんな声が響く。
「あんた達の作る食事は、一見ひどく質素に見えたけど、いつも見かけ以上の栄養とエネルギーが込められていたことは私にも判った」
「話が判る奴が、居るじゃないか。まあな。俺達は決してここに好んでやってきた訳じゃあない。俺は昔、官邸で料理を作っていた一人だ。だがある時、あの首相の何か気に障ったらしく、左遷されてここにやって来たんだ。俺も一応軍属には違いないからな。だが未だにその理由って奴が判らないし、理解できない」
「つまりあんたも、ある程度は不満分子だった、ということか?」
ヘッドは訊ねた。
「俺だけじゃない。こいつらだってそうだ」
ラルゲン調理長は部下達を指で示す。
「皆、何らかの理解できない理由で、ここに送り込まれてきた。確かにあんたらよりはずいぶんとましな待遇だったが、こんな所に閉じこめられているという点では、俺達も大して変わりやしねえ。だが、かと言って手のひらを返した様に、あんた等に荷担はできん。判るだろう?」
「家族が、母星に居るんだな?」
「ああ。そうだ。一応これでも軍属である以上、指定の口座から、俺の給料は家族の生活費として引き出されているはずさ。だから、俺はここであんた等に荷担することはできない」
「あくまで、あんた等は、俺達に脅されて作業をすると」
「そうだ」
信じていいのか、信じるべきだ、と周囲の声は、それぞれ勝手なことを口走る。食堂に設けられたこの会見の席は、一瞬にして大騒ぎとなった。
「おいちょっと黙れ」
ヘッドはまだ完治していない足を杖で支えながら、食堂に一斉に集まった政治犯達をぐるりと見渡した。
「信じるか信じないか、だが、まあ個人の考えとしてはどっちでもいい」
お? とその言葉を聞いて、BPは両の眉を上げた。
「ただ、一つ考えて欲しいのは、とりあえずは、すぐに俺達もここから脱出できるという訳ではない。それがいつになるか判らない。その間に、何度か母星からの輸送船が来る可能性がある訳だ」
その輸送船を乗っ取ってしまえ! という声が所々で上がる。
「ちょっと黙れよ。そう確かにいつかは、そういった輸送船を奪って脱出はする。だが、食料などの輸送船の大きさはたかがしれているだろう?」
彼らは顔を見合わせる。時々やってくる食料の輸送船は、作業中の雪原や、格子ごしの空からよく見たものだった。
「一度じゃ無理だ。だが、一度行って、その時脱出が発覚したら、次の便はどうする」
急に一同は口をつぐんだ。確かにそれは考えられるのだ。
「では、ヘッドはどういう脱出方法を考えているのだ」
誰ともなく声が上がる。
「俺は、採石船を乗っ取ろうと思っている」
そしてまたざわめきが、辺りを支配する。
「あれなら、ここに居る全員が乗ることができる。多少環境的には問題があるが、広さに関しては問題がない。ただ、次の採石船が来るのは、まだ間がある。確か……」
ヘッドは調理長の方を向いた。
「9月だ」
「そう9月。政府はこっちの採掘するパンコンガン鉱石は確実に必要だし、他の鉱産資源だって全く不必要ではないのだから、回収に来るだろう」
なるほど、と多くの者がそこでうなづいて見せた。
「で、それは確実に、成功させなくては、ならない。調理長は、その時まで協力してもらえば、後は、我々に強要された、と我々の脱出を通報すればいい。ひとまず囚人もいなくなることだし、とりあえずあんた等も、郷里に戻れるんじゃないか?」
「そう上手く行けばいいですがね。とにかく、今の時点では、あんた等についた方が、お互いにとって得な訳ですよ。だから半年ばかり、あんた等に協力する。それでいけませんかね?」
「充分だ」
そうヘッドは言い、少年のようににんまりと笑った。
その半年ばかりの間、で彼らは、次のことを考えなくてはならなかった。