「どのくらいの兵士が生き残っている?」
「半分かな」
「何ってえ腕だ」
マーチ・ラビットは肩をすくめた。あの格子の間から身体が出なかった男は、出遅れたことに物足りなさを感じている様だったが、根に持っている様子はなかった。実際、扉が開いてから、素手で看守達を何人も殴り倒したのは、この男だった。
「それを言うんなら、何って格好だ、って言って欲しいね。ヘッド、俺ら着替えてもバチ当たらないよな」
ビッグアイズは、服の裾で愛用のナイフについた血を拭いながら問いかけた。いいんじゃないのか、とヘッドは言いながら辺りを見渡す。とりあえず反対する者は何処にもいなかった。とりあえずこの場で、この三人に敬意を表しないものは居なかった。
その場で当座の仕事の割り振りが決められ、しばらくの間使われていなかった棟へと、捕らわれた兵士達は収容された。倉庫にあった防寒具が彼らには配られた。そして、これだけでは凍えるではないか、とわめく彼らに対し、もと囚人の一人はこう言った。
「そう言ったのは、もともとあんた等だ」
新しい囚人達には、返す言葉も無かった。
倉庫の中から替えの服を久しぶりに取り出すと、BP、ビッグアイズ、リタリットの三人は、顔や手についた血を管理棟の湯でぬぐいながら着替えをした。
事が起こってみないと判らないことがある、とこの二人の戦い方を改めて思い返してBPは思った。リタリットは勢い良く出る湯で口をすすいで、あーさっぱりした、と肩をすくめた。
「大丈夫かリタ?」
「あーもう平気。でもやぁね。オレあんまり血は見たくないのよ」
あれだけ正確に人を一撃で殺せる腕を持っているとは思えない言葉だった。
「そう言えばリタ、お前どうやってあの格子が切れると思ったんだ?」
「切ったのか?」
状況を知らないBPは眉を吊り上げた。
「オレ手癖悪くてさー」
ドリルの刃が彼の頭をよぎる。だがどうやら手癖が悪かったのはそれだけではなかったらしい。
「前に食堂から塩ちょろまかしてさ。暇な時に塩水かけてドリルの刃でこすってたんだけどさー」
「計画していた?」
「まさか。気休め気休め」
しゃらっとリタリットは言う。そんなこと、いつやっていたのか、BPもビッグアイズも気付かなかった。
「ま、いーじゃん。終わり良ければ全てよし、全て世はこともなし」
ビッグアイズはやや複雑に表情を歪めたが、すぐにしょうもないな、という顔に変わった。何はともあれ、あの時必要だったのは、きっかけであったのは事実なのだ。
皆が皆、心の中では脱走を夢見ながらも、この冬の惑星の冷たい大地と大気の中で、そんな夢すらも凍らせていたらしい。だが夏期は、そんな凍り付いたものを、どうやら少しでも溶かしてくれていたのかもしれない。
「おーいビッグアイズ、ちょっと来いや」
ヘッドの呼ぶ声に、着替えを済ませたビッグアイズはお先、とその場を立った。ついでに、と出てくる湯でリタリットは顔を洗っている。
「帰ったらさあ、まず風呂に入るんだ」
ぷるぷると頭を振ると、淡い金髪から水滴がぽたぽたと落ちる。
「そうしたら、この身体に染みついた血の臭いも、取れるかな」
「おいリタ」
「ねえBP、キスしよ」
不意に言われたあまりにも隔たりのある言葉に、BPはそのつながりが読めなかった。だから一瞬、反応が遅れた。リタリットは髪の先から水滴を落としながら、ぐっ、と彼の頭を抱え込むと、唇を重ねた。
それは、最初に出会った時の、音ばかりが先行する様なものでもなく、普段たわむれに触れるばかりのものではなかった。間近な目が、あの、兵士を一撃のもとに倒した時の色を浮かべている。
「……帰ったら、風呂に入るんだ」
リタリットは繰り返した。