【34】地下牢

 ――後頭部がズキズキする。



 痛みを感じてミューラが目を覚ますと、そこは鉄の格子扉の部屋だった。


「……ここは?」


 どこだろう。

 見たことがない場所だ。


 ミューラは粗末なベッドの上で横向きに寝かされていた。

 起き上がろうとしたら、両手両足を縛られていることに気がついた。


「……動けない」


 自分になにがあったのか思い出してみると、使用人棟に戻る途中で後頭部に衝撃があり、そのあとから記憶がない。


「殴られて、気絶した……?」


 どれくらい気を失っていたのだろう。


「ミューラお嬢様……目が覚めたんですか」


「! 誰かいるの?」


 ミューラが応えると、鉄格子の向こうに、中年男性が現れた。

 庭師のガエルだ。食事が載せられたトレイを手に持っている。


「ガエル……? あの、これは一体どういうことなの?」

「申し訳ありません。エレナお嬢様に……命令されて仕方なく……」


「エレナに? どうして……」

「勇者様がいらっしゃる間、この地下牢に閉じ込めろと……。申し訳ありません、殴ったのは私でございます……。殴って気絶させて運べ……という命令で……。」


 ガエルの声は震えていた。


「……! ジーク様は!? まだいらっしゃるの? 私はどれくらい気を失ってたの?」


「勇者様はまだご滞在です。 あなたが意識を失ってからは、まだ一日はたっておりません」


「そう……。ねえ、ガエルここから出して……!」


「それは……私には無理です。無理なんです……すみません、ミューラお嬢様。私には、養わなくてはならない家族がいて……仕事を失うわけにはいかないんです……」


「……!」


「エレナお嬢様は、そのうち出すと仰ってました。ずっと出られないわけではありませんから……しばらくご辛抱をお願いします……!」


 ガエルはトレイを床において、そのまま土下座した。


「……」


 ――そのうち、というのは、きっとエドガーが旅立つか、エレナに堕ちるかだ。 


 そのためにミューラを閉じ込めようなどと、エレナの考えそうなことだ。

 けれどまさか、地下牢に拘束までするなんて……。


 ――狂ってる…


「……お父様とお母様もご存知なのでしょうね」


「……はい」


 ミューラは改めてエレナの頭のおかしさに寒気がした。


 度の超えたいじめは、今まで散々されてきたが、こんな暴力沙汰は初めてた。


 だいたい拘束するだけなら殴る必要もないだろう。

 ガエルだけじゃなく、数人の使用人に言えばいいのだから。


 下手したら死んで……。


 ――死んでも構わないし、事故で死ねばいい、とまで?


「それであの、お食事やその他必要なことは、わ、私が――」



 その時、カツンカツンカツン!! とヒールで階段を駆け降りる音が聞こえた。

 エレナだ。


「ひ……」

「え、エレナ……」


 ガエルが、降りてきたエレナを見て、怯えた。

 ミューラも、青ざめた。


 そうなるほど、エレナは怒り狂った凄まじい形相だった。


 ――手に鞭を持っている。


「ちょっと!! ガエル!! なによこれは!!」


 エレナはガエルが運んできたトレイを蹴り飛ばした。

 食事と飲料が飛び散り、食器が壊れ、散乱する。


「は、はい……ミューラ様のお世話をするようにと言われたので……」


「こういう意味じゃないわよ!! 気が利かないわね!! それでも男なの!?」


「は……はい?」


「ああ、もう!! 純潔奪っとけって意味だったのよ!」


「(なんですって……?)」


 ミューラは、後頭部の痛みが消えるほど、驚愕した。


「……あの、それは、わた、私は妻を愛して……む、無理でございます」


「ああもう! いいわよ! ここから出ていきなさい!!」


 エレナは 鞭を壁に叩きつけ脅すようにガエルに命じた。


「はい……」


 ガエルはミューラをチラ、と気に掛けるように一度見たあと階段を登っていった。