第2話









「アハハハハッ! このメス面白ぇ!!」


「ええ本当に! 僕達の常識を簡単に超えてきます。この娘の前にもっと手駒を送りましょう! きっともっと面白いものを見せてくれますよ」


 いつも通り一つのソファーに二人仲良く腰掛けているラナンとキュラスは、映し出された映像にゲラゲラクスクスと笑っていた。幹部が集まるこの部屋に、彼等が居ることは珍しいことである。大抵は愉快なものを求めて人間界に行っては死体の山を作り帰ってくるのがこの男達だ。ごく稀に人間から反撃を喰らい死にかけて帰ってくるのもこの男達だ。


 部屋に入ったマルベリーは、双子の笑いを「品が無い」と吐き捨てた。だが双子が観ている映像を見て、目を見開き驚きの声を上げる。


「そんな……まさか……」


 双子が眺めている映像には、金属バットを躊躇いなく花怪人の頭部である頭にフルスイングする少女の姿があった。風にたなびく白金プラチナの髪、見る度に色を変える白色の瞳、マルベリーは思う。間違い無い、この娘だ、と。


 先日、新しい本を購入するために人間界を訪れ、その道すがら頭上から飛び降りてきたかと思えば受け止めて地面に下ろしてやったマルベリーの頬にキスをしてきた娘。それが今映像に写っている“魔法少女”。


 嗚呼なんてことだとマルベリーは運命を呪った。あの日から少女のことが忘れられず、ふとした時には少女の事ばかりを考えてしまうようになったマルベリー。しかしその少女はマルベリー達の王の野望を阻害する魔法少女だという。


「魔女め……! 私を誑かしたのか!!」


 義憤に叫ぶマルベリーを、キュラスが物珍しそうに見る。


「どうしたの? 鋭角くんいつも静かなのに、今日は騒がしいじゃん」


「ひょっとしてこの少女のことをなにかご存知で?」


「この娘は魔女だ! 私の心を誑かし弄んだ!!

 嗚呼なんてことだ! 私はこの女に騙されるところだった!!」


 頭を抱え怒りに叫び続けるマルベリーに、ラナンとキュラスは顔を見合わせる。


「殺してやる……!! 次に“宝石の実”が出来次第、この娘に自分の愚かしさを知らしめてやる……!!」


 言いながら、マルベリーは不幸の樹の生える温室へと歩いて行く。普段ならありえないほど足音を立てる様はまるで子供が癇癪を起こしているようだった。


「あいつ、いつも意味わかんないけど今日は一段と意味わかんねーな」


 キュラスがポカンと口を開けて呆れたように言う。


「元気な方ですよねぇ。この娘に何をされたんでしょう一体」


 ラナンはクスクスとそれを笑い、映像を投影していた朝顔に「もういいですよ」と花を閉じるよう命じた。


「ですが惜しいですね。マルベリーさんに先を越されるのは」


「あっそっか! マルベリーが壊すってことか!

 うっわ勿体無ぇ〜! あいつってモノを大切にするってこと知らねぇんじゃねぇの!?」


 キュラスがそうマルベリーを批難するから、ラナンは笑いが止まらなかった。普段キュラスの方が明らかにものを壊しているからである。物品も、人間も。品行方正なマルベリーと違い、キュラスは子供心を忘れない素敵な大人なのだ。


「ねぇラナン、マルベリーが壊す前に俺等の所に連れてこようよ、このメス」


「連れてきてどうします?」


「うーん……とりあえず、俺等の子供が産めるか試してみね?」


「良い考えですね! 僕もそれが良いと思います!」


 そんなことをしたら人間の身であるこの娘は確実に壊れるだろう。それを知っていて、ラナンは“良い考え”と言った。


 もし、娘が壊れずに無事子を身籠り出産まで出来たなら、それは二人にとって最高の玩具となるだろう。キュラスがそういう玩具を求めているのは知っていたし、自分も例に漏れなかった。


「世の中早い者勝ちだよねぇラナン」


「えぇ。強いもの勝ちでもありますねキュラス」


 ケラケラクスクス、二人は笑う。


「あれ〜? 双子がなにか悪巧みしてる〜、怖ぁ」


 部屋に入ってきたルピナスは、笑っている双子を気味悪がったが「それより聴いてよ!」と二人の腕を掴む。


「僕が前からずっと好きだった女の子が別の男に恋したみたいなの!!」


「うっわ、死ぬほど興味無ぇわ」


「キュラスくん酷い!!」


「それって、くだんの黒髪の魔法少女ですか?」


「そーそー。ラナンくんは話がわかるなぁ」


 ニンマリと口角を上げ、「実は、」とラナンはルピナスに話し始める。


「僕達、白髪の方の魔法少女にお熱なのですよ」


「えっ!? 聖愛まりあに!?」


「おや、あの少女は“聖愛”というのですね。

 貴方、人間に擬態して暮らしているでしょう? その“聖愛”の情報を僕達に教えてはくれませんか?」


「うーん……でもなぁ……聖愛とは長い付き合いだし、人間として結構仲良しっていうか……殺すなら最初に殺してあげる優しさがあるぐらい仲良しだからなぁ……ラナンくん達に教えたら、聖愛絶対壊れちゃうじゃん」


「丁重に扱いますよ」


「そーそー。俺等のガキ産んでもらうの!」


「いやそれ普通の人間なら死んじゃうから!! 全っ然丁重じゃない! 拷問だよ!」


「ハ? お前何言ってんの? 人間のメスって子供産むのが嬉しいんだろ? なら俺等優しいじゃん」


「偏った人間の知識ぃ……」


 ルピナスはガックリと肩を落とす。ラナンとキュラスに目を付けられた時点で聖愛は不幸にしかならないと分かるが、それにしたってあまりにも可哀想だ。


「まぁ聴いてくださいよルピナスさん。聖愛さんを僕達が捕らえて遊んで・・・いたら、きっともう一人の魔法少女さんは是が非でも助けに来るでしょう。仲間を見捨てるような薄情者では無いのでしょう?」


「そりゃ、助けに来るだろうね」


「そこを掻っ攫えば良いではないですか。そしたら僕達もハッピー、貴方もハッピー、皆幸せです」


「なるほど、生き餌にするのね。ありかも!」


 ルピナスは俄然やる気になった。ラナンは笑みを深める。


 それから三人はあれこれ話し始める。キュラスはとにかく遊びたいと言い、ラナンは普段の聖愛の様子も見てみたいと言う。ルピナスはとりあえず翼を攫う前にあの先輩を殺さなきゃと言った。


 そうして三者三様これからの方針を立てつつ、様々画策することにする。彼等は王への忠誠心など、どこかに起き去ってしまっているようだった。これが恋のせいだと言うのなら、恋とは末恐ろしいものだと後にキンレンは語ることになる。