第7話 クリスマスまでには帰れる

 開戦当初、人々の間には不思議な高揚感が漂っていた。

 なぜなら、それまで戦争というものは軍人どうしがいわばとしてやるもので、一般人にとっては遠い世界で繰り広げられるスペクタクルのようなものだったからだ。

 眉目秀麗な貴族の将校が金モールで飾られた軍服を身に纏い、白馬に跨って颯爽と敵を蹴散らす。そして駐屯先で出会った美しい村娘と一夜の恋をする。

 そんな小説に若い娘達は胸を躍らせた。


 だからしばらくの間、兵士の出征は華やかで甘美なイベントだった。

 皆、真新しい軍服の胸に薔薇の花を一輪飾り、花吹雪と楽隊の音楽を浴びながら恋人と暫しの別れの接吻を交わす。

 若者達は自分が物語の主人公になったように錯覚して、こぞって入隊を志願した。

 そして動き出した汽車の窓から身を乗り出してこう叫ぶのだった。


 大丈夫、クリスマスまでには帰れる。皇帝陛下がそう仰ってる。


 確かに皇帝はこの戦いはそれほど日を置かずして決着が着くだろうと思っていた。

 我が帝国は富国強兵をモットーに軍事面の強化に力を入れてきた。小国の一つや二つ、赤子の手をひねるようなものだ、そう公言して憚らなかった。


 だが、戦火は拡大の一途をたどった。

 大陸の中でも大国と言われる国のほとんどが中立もしくは帝国に宣戦布告し、気がつくと帝国の国境線のほとんどが戦場となっていた。そして近代兵器の出現とともに戦争は生身の兵士達のものとなり、流麗な突撃ラッパの音色の代わりに砲撃の音と断末魔の叫びと血の匂いが戦争の代名詞となった。



 兵士達はクリスマスどころか、新年も雪解けも灼けつく夏も、地平線まで果てなく続く塹壕の泥の中でネズミと共に迎えたのだった。