第10話 明日からの予定を


 「それじゃあね。……ほとぼりが冷めるまで学校は来ない方がいいかもしれないわよ?」

 「ありがとうございます、先生。卒業ができないのは困りますのでちゃんと通いますわ」

 「そ、そう? まあいいけど……」


 海原先生が複雑そうな顔をしながら眉根をひそめてそのまま学校へと回れ右をして戻っていきました。

 それを見送っていると、そこへ同じく戻ってきた涼太が驚いた顔で近づいてきて声をかけてきましたわ。


 「姉ちゃん今の車は!?」

 「先生から送ってもらいましたの。どうやらマスコミがウロウロしているらしくて」

 「あー、確かにそうかも。自殺未遂になるまでは放っておいて、こういう時は送迎ってのもなんだかなあ」

 「起こってしまったことを見ぬふりは難しい、ということですわね。それにしても自宅の周りには居ませんでしたのに」


 並んで玄関に向かい、わたくしがふと思い立って振り返りながら呟くと涼太が鍵を開けながら言います。


 「母さんがモデルだからね。マスコミが接近できないように警察やマネージャーさんなんかの巡回経路にこの辺りも入っているんだ。結婚した時は母さんが二十四歳だったっけかな、そのころは父さんが狙われていたりしたらしいよ」

 「それはありそうですわね。お母様、今でも美人ですもの」


 貴族の屋敷に門番を置くのと同じようなものと思えば納得はいきますわね。

 向こうで言う警護団に近い、警察という組織はそこまでしてくれませんが、警備会社というものもあるらしいのでお金があれば導入できるみたいです。

 

 「それにしても二十四歳のお母様はどうしてお父様と結婚を決めたのかしら……そっちの方は疑問が残りますわね

 「そこが引っかかるんだ」

 「お父様、いい役職のようですけど冴えない感じしません?」

 「そろそろ父さんが可哀想だから止めて上げて欲しいかもね」


 涼太が肩を竦めて苦笑し、リビングへ足を運びます。わたくしも後を追うとカバンを置きながらこちらへ振り返りました。


 「父さんは確かにイケメンじゃないけど、姉ちゃんは母さん似だし、もっと綺麗にするといいと思うんだけど」

 「まだ、その時ではありませんわ」

 「まだ……ねえ。そういや学校はどうだったのさ」

 「そうですわね――」


 今日の出来事をかいつまんで話してみましたが、簡単な人物相関くらいしか分かっていないことを伝えました。


 「もうちょっと動くと思ったんだけど」

 「初日は様子見ですわ。ですが少なくともいじめの主犯と思われる人間と味方になりそうな人間、それとモブがはっきりしたのは大きいです。涼太はその三人を知っていますか?」


 そう言って才原さん、佐藤さん、田中さんの三人の名前を口にすると、涼太が顎に手を当ててから訝しむように言う。


 「才原……? 確か小学校の時、『姉ちゃん』と仲が良かったような気がする。織子って名前だよね」

 「確かそう名乗っていましたわ。……中学は仲が? 高校でなにかあったのでしょうか?」

 「『姉ちゃん』は中学二年くらいからそんな状態だからなんとも言えないかも」


 なるほど特に性格が急に変わった、といったような感じではないと。記録にないですが確執があったと考えられるますわね。


 「才原さんの話はいつから聞かなくなったか覚えていますか?」

 「え? うーん、中学二年くらいからあまり話をしなくなったから俺は覚えてないかな……」

 「そうですか」


 やはりその時期になにかあったと考えるのが妥当でしょうね。本人に聞くのが早そうですが。

 とりあえずお互い着替えるため部屋に戻り『すぇっと』というとても便利な衣服に着替えると今日のことをもう一度振り返ることに。


 「……接触してきたのは里中さんと才原さん達三人。他のクラスメイトはどう扱っていいか分からないといった感じでした。もし主犯が彼女たちなら直接聞いても返ってこないでしょうし、里中さんも詳しい関係までは知らない、と――」


 事なかれ主義といった感じの先生もアテにはできそうにありませんし、どうしたものか。

 とりあえず明日は現場を見に行ってみましょうか。また強制送還というのは面倒なのでサッサと教室を出ていく必要がありますわね――



 ◆ ◇ ◆



 「織子ぉ、美子ちゃんのことどう思う?」

 「……さあ」

 「もう記憶もないみたいだし、いいんじゃない?」

 「良くない……! でも記憶がないから学校に来るっていうなら……来れないようにするしかないかもしれないわね」


 才原 織子がハンバーガーショップの紙コップを握りつぶしながら淡々とそんなことを口にすると、佐藤 莉愛が肩を竦めながらポテトを口に放り込む。


 「んぐ……おお、怖い。なにがあんたをそこまで駆り立てるのか」

 「ねー。でもマジで自殺未遂だなんてヤバくなぁい?」


 それに合わせるように田中 有栖が目を細めて織子を見ると彼女は外に目を向けてから口を開く。


 「……まあね」

 「学校に戻ってきたけど関わるのは不味いんじゃないかしら? 警察やマスコミが私たちに行きついたら――」

 「怖いならあんた達は一緒に居なくていいわよ。これはあたしと美子の問題なんだから……!」

 「いやいやぁ、友達でしょわたし達ぃ♪ ……とりあえず見張っておいた方がいいと思うけどぉ」


 有栖がふと真顔になってポテトをぷらぷらさせながらそんなことを口にし、莉愛が怪訝な顔で言い返す。


 「もう止めときなって。織子も含めて私たちに疑いがかかるのは勘弁だし。少し様子見をしよう、ね?」

 「……」


 眉間に皺をよせつつも、とりあえず莉愛の言うことももっともかと口をつぐむ織子。


 「えー、つまんなぁい」

 「親にバレる方が嫌でしょ」

 「まあねぇ。大人しくとこっか♪」


 この話は終わりと有栖も口元に笑みを浮かべたままポテトを口にする。

 だが、その目は笑ってはいない。


 「(ショックで記憶が飛んだ、か。にわかには信じられないけど今日の美子はどこか様子が違っていた。このまま美子がなにも言わずに終わるのならあたしは――)」


 織子は道行く学校の生徒を見ながらそんなことを考える。


 イジメの終わりはまだ、見えてこない――