平日の真昼間だった。
棒付きの飴をなめながら、街でライリは服を選びつつもウィンドーショッピングを楽しんでいた。
彼女はストリート系とビジュアル系が混ざったような服が好みで欲しいのがあったが、お小遣いがないので我慢した。
丁度店をでたところで突然、携帯通信機がなる。
シアブルからだ。
『あー、ライリ。ローキカルが急いでドゥール・コミュニティに来いとよ』
「ふーん。なにかあったの?」
『侵入者だそうだ』
「了解」
刀は常に持ち歩いていた。
バイクにくくりつけて、エンジンをふかす。
ライリはすでに慣れたために乱暴な運転で、ドゥール・コミュニティに向かった。
ヘルメットを被ってなかったためか、近づくにつれて、銃声や爆音が響いているのがわかった。
完全な市街戦になってようだった。
「シアブル、どこにいるの?」
スピードを落とした方て運転で通信携帯器を使う。
『送る』
短い言葉の後、ライリの乗るバイクのメーターの上に浮遊ディスプレイがドゥール・コミュニティの地図を描いた。
三方から、彼らは攻撃を受けていた。
ライリは最も数の多い侵入者たちの背後にまわる。
四輪が途中に停めてあり、男女が物陰に隠れて背後を向いているのが、見えた。
『ライリ、そいつらじゃない! 北の奴らを頼む!』
シアブルからきた連絡でディスプレイをみると、もっとも少数なのに、コミュニティ・エリア内に最も侵入していた。
「アイアイサー」
彼女はバイクを走らせ、付近を大きく迂回した。
バイクから降りてエリア内をしばらく進む。
街頭とマンションなどが照らす路地に見える人影が見えた。
確かにこちらに背を向けている数は少なかった。だいたい、五人ぐらいか。この数相手にシアブルは主力の大人数を投入していた。
何事なのだろうか。たかがこの人数に、シアブルが必死になっているとは。
ライリは刀を抜いて、最後尾にいた男に跳んだ。
渾身の一閃は、寸前で振り向いた山高帽の男がナイフをもった腕で弾き払った。
「よぉ。後ろから来るとはなぁ。シアブルも余裕あるじゃねぇか」
電子タバコを咥えたクーランは皮肉に笑んだ。
そして同時に排気カバーをつけたリヴォルバーを出して狙いを定めだ。
すぐにライリは射線から横にずれて、腕に一撃をくわえようとする。
銃声とともに弾丸がビルの塀にめり込む。
クーランは、身体を回転させてよけると、また顔面に銃口を向ける。
ライリは首を右に折って、二発目の弾丸を避けた。
こいつは手ごわい。
判断したライリは、次の離れた男の背後に走った。
相手が振り向いた時と、その肩甲骨の下を刀が貫いたのは、同時だった。
「……ライ……リ?」
「え……ちょ、パラミー!?」
驚いて、一瞬二人の身体が固まる。
「……何してんだ、こんなところで」
ライリは刀を胸から半分生やした恰好だった。
「何って、あんたこそ……」
「つか、痛ぇから抜いてくれ……」
気付いたライリは慌てて刀を引き抜く。
「大丈夫!?」
ライリはパラミーの身体を支えるようにする。
「ああ……ちょっと痛いだけだ」
言った通り、致命傷のはずなのに、パラミーは痛みに苦しむだけで意識が無くなるような様子はない。
それどころか、倒れるそぶりも見せないで軽くライリにもたれていた。
「おまえは、ドゥール・コミュニティ側かい」
痛いのか楽しいのかわからない表情をする。
「そういうことだけど……」
「わかった。ちょっとだけ、大人しくしててくれないか?」
パラミーは一つ、深い息を吐いた。
「え? あ、うん」
彼に何か考えがあるのだろう。
もう、パラミーの傷は癒えていた。
彼が視線を向けた向こうの奥には、ざっと数えて二十人ほど潜んでいる。
そして、パラミーの視線の先がドゥール・コミュニティのリーダーであるコールスだった。「悪いけどさライリ、コールスの首だけはもらうよ」
返事をする間もなかった。
それぞれ、電影を広げていたドゥール・コミュニティのメンバーは驚く。
電影の一枚が勝手に浮き上がり、その主であるメンバーの首を締め出したのだ。
ある者は倒れのたうち回り、あるものは舞うようにもがいた。
その中に、コールスもいた。
パラミーはクーランを連れて堂々と近づいていく。
彼らの電影は全てパラミーが操っていた。
クーランは通り過ぎる合間に、適当と呼べるしぐさで次々とドゥール・コミュのメンバーを射殺しては、弾を込めてさらに殺害を続けた。
自らの電影に羽交い絞めにされ、もう一体の電影に首に腕をまわされたコールスは、憎々し気にパラミーを睨んだ。
「せっかくだけど、レベルが違うんだよ、あんたと俺とじゃ」
パラミーは拳銃を抜いて、その額を撃ちぬいた。
「一体、どういう事だい?」
一同が面した場で、ホーロミが最初に口火を切った。
ドゥール・コミュニティの主な集会場である、巨大な倉庫だった。
パラミーにクーラン、ライリとシアブル、ホーロミがそれぞれ揃っていた。
ライリは、パラミーに一通り事態の説明をした。
返すように、パラミーも今回の襲撃のことを話す。
「なんだ、結局そのローキカルって奴が元凶か」
「ライリ、リイルを殺したのは……?」
「あなたを守るためだった」
「……そっか。ありがとう」
ライルは首を振った。
二人の遠慮がちな態度を見ていた三人は、もどかし気だった。
「まったく、おまえらなに遠慮がちにしてるんだよ! 抱き着いてちゅーしちゃえよ!」
二人の別れまでも喋っていたために、ホーロミは二人の様子に呆れたようだった。
「……うるさいなぁ」
顔を赤くして、顔を明後日の方向にむけるパラミーだった。
同じく頬を染めていたが、ライリは嬉しそうに微笑んでそんなパラミーを見つめていた。
「とにかくだ。俺たちは、ローキカルの計画通りに動いたわけだ」
クーランは煙を吐いた。
「そういうこった。ご褒美もらわなきゃな、あのおっさんに」
シアブルは鼻を鳴らしつつ、言った。
「あー、なにしろ俺たちはこれで、ローキカルから見れば邪魔者って奴だからなぁ」
「そういうこった」
二人は互いに納得したようだった。
ローキカルの手駒といえば、クロト・コミュニティが一番に思い浮かぶ。だが、こうして、コミュニティを整えてしまえば、いつどこのコミュニティが襲い掛かってくるかわからない。
「今のうちに種巻いておく」
素にもどったパラミーは携帯通信機を耳にした。
「あ、ヒィユか? 全コミュニティは我々が把握した。新製品があれば、全員に配ってほしい」
『……わかりました』
通話口からパラミーの意図を読んだヒィユは承諾した。
「あと話があるから、後日に会おうよ」
『ええ、明日の午後では?』
「了解だよ」
携帯通信機の通話を切ったパラミーは、考える顔になった。
「あとはまぁローキカルに報告だけども……」
「あたしとパラミーが行く」
ライリが気楽な調子でいう。
「あー、おまえら二人なら、説得力ありそうだわ」
クーランは軽く笑った。
時間はまだ夕方前だった。
影を使う彼らとしては、日中のほうが都合が良かったのだ。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ。あんたらは、ドゥール・コミュの整理頼む」
パラミーが言い残し、ライリと共に倉庫を出た。
「君がパラミーか」
一目で正確を見抜いたかのような口調だった。
ローキカルは、二人を課長室に招き入れると、耳かきをはじめた。
「エターに会いたいかい、パラミー?」
開口一番、彼を見つめた。
パラミーはエターの名前にローキカルを睨んだ。
それ以前に驚いたのは、ヒィユといつも共にいた少女が、机の後ろに立っている点だtった。
「ローキカル、その子は?」
全てを無視して、ライリは視線で少女をしめす。
「ああ。この子はエレイサ。知ってるだろう、ヒィユのところの子だよ? なんかしらんが、預かってくれって言われて。家にいろっていうのに、ここまでずーとついて来るんだよ」
「こんな可愛い子。うらやましいねぇ。ヒィユもローキカルの寂しい身の上を憐れんだんじゃないの?」
ライリは茶化した。パラミーがあの調子なのだ。
「のんびりとした生活が、ある意味にぎやかになったな」
面倒くさそうなのを隠しもしないローキカルだった。
「へぇ。大人しそうなのに」
「わがまま放題だよ」
ローキカルの態度は、どこかエレイサに冷たい。
「で、エターの話はどうなった?」
パラミーは促す。
「今、エクーはエディンで指導者のようなことをしている。ただ、接触したくてもなかなかできないんだけどねぇ。君ら、エクーと関係深いよね?」
パラミーは黙った。
気配でライリの様子をうかがう。
「それができたらあたしがとっくにしてるよ」
ライリは一笑にふした。
「まぁ、それもそうか。ああ、言い忘れていた。中央省がクロト・コミュに自由裁量を与えたから。気をつけてね」
「それって、奴らをどうにかしても良い?」
パラミーはその険のある三白眼の顔で笑みを浮かべた。
「できるのかよ。できるなら良いけどさぁ」
ローキカルの口調に変わったところはない。
「……もう一つ気を付けることがあったんだ。隠ぺいコミュニティって知ってる?」
「ああ、存在を隠している連中だろう?」
「そいつら、確実にエディン側だからね。もっかい言うけど、気を付けてよ」
「はいよ」
パラミーは鼻で笑って、ライリを連れて省庁をでた。
ライリのバイクにパラミーが乗り、遠く離れた森林公園まで来る。
バイクを止めて、二人はぶらぶらと中に入っていった。
樹の葉の潤いに満ちているかのような涼し気な空間で、ベンチを見つけ、どちらが先ともなく座った。
夕方の日が沈む所だ。
太陽が熟れたように大地に溶けてゆく。
二人はしばらく無言だった。
「……戻って来てたんだな」
やっとパラミーが口を開く。
ライリはうなづいた。
「エクーとエディンに行ったんじゃなかったのか?」
「ちょっと、指示を受けて帰って来ちゃった」
苦笑いするライリ。
「指示?」
「そう」
ライリの気まずそうな笑みは変わらない
「エクーからか。 どんな?」
ライリは深く息を吐いた。
「エクーはエディンを地上の電網まで拡大しようとしているんだよ。それで、あたしらがコミュニティ潰しのために送り込まれたわけ」
「なるほどねぇ……今、あたしらっていったけど、ほかにもいるのか?」
「いるよ、どこで何しているのかわからないけどもね」
「でもそれだと、うちらと利害一致しないか?」
「しない。エクーはエクー支配の電網を造ろうとしてるからさ」
「そういうことか」
「そういうこと」
また無言が二人の間で起こった。
「これからどうするんだ?」
言われたライリはちらりとパラミーを覗き見た。
「……一緒にいちゃダメ?」
パラミーは胸が裂けんばかりの動悸に襲われた。
「いや……いて良い」
やっと言葉を絞り出す。
「良かった」
ライリは少し頬を紅くして満面の笑みを浮かべた。
パラミーには疑問や聞きたいことが山ほどある。
だが今じゃない気がして、そっとライリのベンチに乗った手に自分の手を重ねた。
握り返してくるライリー。
街頭に照らされた彼女の影が伸びているとなりで、パラミーには影がなかった。
次の日、パラミーは夜中に考えていたことを、各コミュニティに通達した。
内容は、コミュニティの解散だ。そして、巨大な一つのコミュニティにまとめるという事だった。
激怒したのは、シアブルだった。
『一体どういうことだよ、パラミー?』
浮遊ディスプレイ越しで脅すかのような口調だった。
自宅のソファに座ったパラミーは落ち着いていた。
「どうって、まぁ通達の通りなんだけどな」
パラミーは二度寝の寝起きな態度丸出しだった。
『俺たちは、このコミュニティに誇りを持っているんだ。解散なんかしないからな』
「聞いてくれよ、シアブル。エディンの今の支配者は元うちのリーダーだった奴だ。そいつ相手にするには、バラバラなコミュニティじゃ各個撃破されかねないんだよ。それに攻勢に出るときがあったとしたら、皆がまとまっている方がやりやすい。加えて、これは一時的な処置だ。エディンを見つけたら、またもとに戻る」
『……こう考えたくはないが、トップはおまえなんだろう? 最初からそのつもりだったんじゃないか? 戻るって、いつ戻るんだ?』
「シアブル、がっかりさせないでくれ」
ディスプレイに移ったシアブルはうつむいて後頭部を掻いた。
『……ああ、悪かった』
シアブルは興奮を冷まそうと、電子タバコを咥えた。
薬物入りの煙を何度か吐くと、表情もはっきりとしてくる。
『とにかく、俺はコミュニティを解散するつもりはない。これでもこれを作ったのは俺なんだ。エディンだろうが、おまえにだろうが潰されるいわれも指図される覚えもない』
芯に矜持をもった、はっきりとした宣言だった。
パラミーはため息をつく。
「わかったよ、シアブル。その代わり協力関係は続けてくれ」
『ああ、それはもちろんだとも』
同意すると、シアブルは通信を切った。
はいそうですかと、簡単にはいかないだろうと思っていたので、パラミーは落胆もしなかった。
クーランが、のっそりと寝室から現れると、次に洗面所からライリがリビングに戻ってきた。
「……コーズ・コミュニティはグレーと」
ライリは、自然とソファのパラ身の横に座った。
「丁度良いや、ライリ。エターはどうしてサッス・コミュを出るときに、犠牲者をだしたのさ?」
あくびをして目をこすると、ライリは一つうなづいた。
「エターは、エディンからサッス・コミュを守ったんだよ……」
「どういうこと?」
「彼らをエディンの連中が乗っ取ったんだよ」
「……エディンが?」
ライリは眠そうな顔に皮肉げな笑みを浮かべた。
「そう、人類の楽園で起源でもあるエディンがだよ」
パラミーはエディンらしきものをみた時の渇望を思い出した。
彼は混乱する。
エディンとは?
「選ばれたんだ、エディンに。サッス・コミュニティは。だから、全てを乗っ取られる前に、あたしたちは姿を消した。エターは今どこにいるのかわからないけどね」
「それはダメなことなのか?」
「ダメだよ? あたしたちがあたしたちでなくなるんだから」
ライリは顔をパラミーに向けた。
表情は決意にみなぎったものだった。
「あたしはエディンとそれに関係するコミュニティは全て潰す」
「それがエターの望みだから?」
パラミーは困惑げだった。
ライリは首を振った。
「いいかな、パラミー? コミュニティというのは、エディンの模造でエディンは牢獄でしかないんだ」
エディンが牢獄?
ならばパラミーが見た広大な城の街のようなものはなんだったのだ?
「俺は別のものを見た」
ライリがニッコリとほほ笑んだ。
「なら、それがエディンだってことで正解だよ、パラミー」
ローキカルは時折、思い出したかのように書類を眺め、軽くサインするというだけの仕事をしていた。
エレイサはつまらなそうにソファにうつ伏せになりつつ、携帯ゲームに夢中になっている。。
急にローキカルは天井を見つめて呆っとした。
「サッス・コミュニティねぇ……」
独白して息を吐く。散らばった書類を机の隅にまとめる。
眼前に浮遊ディスプレイを二枚開いた。
パラミーのコミュニティ統一宣言が出されていた。
「限界かな?」
「なにがです?」
エレイサが顔を上げた。
「いやぁ、我々が生き残るか、エディンに潰されるかってやつ。君にはあまり関係ないんだろうけどさ」
「パラミーが今言った、コミュニティの統一をすると、エディンも簡単に手が出なくなりますよ」
コミュニティを統一するということは、バラバラで個々だった電網が一つにまとめられるということだ。
電網で力を誇るエディンに対して、正面から対抗しようというものである。
「わかってるさ。だからこそ、エディンは本気になるんじゃないかなって」
「なるほど」
大した興味もなさそうに答えると、エレイサはまた携帯ゲームに感心をもどした。
その様子をみて、ローキカルは失笑する。
この子にとっては、本当にどうでも良いことなのだ。
第五章
「許しがたいな、あの小僧」
エクーは、ローキカルを目の前にして吐き捨てた。
個々の牢であるからこそ、コミュニティに価値があるのだ。それが、エディンの模造となっているのだから。
「どうしたらいいかねぇ? というか、あんたあの子に目をかけてたんじゃないのか?」
ローキカルはのんびりとした口調で、透明の部屋の中にいる男に聞いた。
「保険だよ。あいつは人間じゃない。下手なことをするとどうなるかわからない。だから、特別扱いした。正直、ウチのコミュニティの時限爆弾みたいなものだ」
憎々し気に語る。
「へー。ライリって娘は?」
「最終的にパラミーの肩を持ち出したから追い出した。それだけだよ」
「殺さなかったんだ?」
エクーはしばらく間を置いた。
「……パラミーが何をするかわからなかったからな」
「なるほど、そういうことか」
ローキカルは納得したようにうなづいた。
「牢獄とバレたならいままでエディンを名乗っていた奴らが黙っていない。パラミーは生き残れるか、見ものだな」
つまらないとでも言いたげに、エクーはベッドに寝転がった。
「あんたはどうなるんだ?」
「ああ、俺か……」
思い出したかのような返事だった。
「パラミー殺しの命令を下したところだよ。本物のエディンに行かれたら困るからね」
「奴らが黙ってないって、あんたのことかい」
ローキカルは苦笑した。
「まぁ、ちょっと約束があるんでね。そういうこった」
エクーはほのめかして、身体を横向きにしてローキカルに背を向けた。
「借りるよ、クロト・コミュニティ」
「ああ、好きにしてくれ」
彼にローキカルは答え、その場から姿を消した。
「このクソガキが! 本当なら俺が殺してるところなんだぞ!!」
母親も、怒鳴った父親と同じ目でヒィユを睨んでくる。
お腹が減っていた。もう三日ほど何も食べてないのだ。
夕飯の準備をする母親の隙を見て、ヒィユはつまみ食いをした。
それがばれたのだ。
父親は今にも殴るかのようだった。
ヒィユは汗だくで、ベッドから跳び起きる。
小さい頃の夢。永遠に続くものだ。
思い出にある酷い悪夢。未だに未来が見えない代物。
いままで仕事に打ち込むことで無理やり意識からよけていたのだが。
やはり、エレイサを手放したのが辛い。
彼女は、ヒィユ唯一の慰めだった。
彼はもう眠る気にならず、リビングへと移動する。
コップに一杯水を飲んで、鏡に向かい自分は大丈夫だと何度も心の中で繰り返す。
ブランデーを持ってきてソファーに座ると一息ついた。適当なバラエティ番組をペーパー・ヴィジョンで流す。
ブランデーはそのまま口をつけてラッパ飲みする。
浮遊ウィンドゥを四枚開くと、コミュニティの現状と、政府の対応、そして管理課の様子を目の前に広げる。
現状把握のために眺めていると、突然、一枚のウィンドウが開かれた。
砂嵐のような映像はすぐ、常にピントをずらした人物のものになる。
『……ヒィユ。蔑しられし君よ。こっちにこないかい?』
声は中性で、水晶のガラスが鳴るかのように響きの良いものだった。
あらゆる防壁を張って、トップレベルの電網使いでも彼の元へは侵入できないようにしてあるはずだ。
それが、こうも簡単に破られた。
いや、ウィンドウを開いたのは無意識のヒィユだった。
声は彼の頭の中から響いていた。
欲動。
「……待っておりました。喜んでお招きに預かります」
ふらりと立ったヒィユは、部屋の隅に転がったスパナを手に取った。
反発する勢力は、当然ながらいた。
パラミーも予想済みである。
彼が新しい一つのコミュニティのリーダーになることに、だ。正確にはローキカルがその地位にあるのだが、事実上パラミーが把握している。
「俺はただ、エディンに行きたいだけだから。あとは知らないよ」
パラミーは事あるごとにそう言っていた。
多くの者は、この状態が何故エディンの話とつながっているか理解していなかった。
パラミーには悪癖があった。
言葉少なで説明足らずなのだ。
しかも、それでまわりが理解したかのように勝手に思い込む。
パラミーは今度の不満の声が何故だかわかっていなかった。
ただ、不死のパラミーという
ローキカルが管理しているのに、何故自分の名があがるのか。
パラミーは不思議だった。
「なーんでそういうところ、無自覚なのかなぁ」
ライリは面白がる。
「なんか、事実上のサッス・コミュニティのモノ扱いされてるんだわ」
「どこの馬の骨ともわからない奴とも言われてるよ、パラミー」
「どうしてかなぁ」
険のあるめで、本気で悩んだような顔をする。
「まぁ、良いんじゃない? 不満な奴は不満に思わせておきなよ」
ライリの言葉にうなづくが、エディン探査とコミュニティ瓦解のチキンレースをするつもりはなかった。
派手に行くことも必要か。
パラミーが考えていると、自宅兼事務所のインターフォンが鳴った。
開いてるから勝手に入ってきてとパラミーは、この状況で無防備にドアに向かって声を投げる。
ライリは呆れたようで、手元に刀を収めた鞘を置いた。
「こんにちは。お久しぶりです」
涼やかな声で現れたのは、十代前半の少女だった。
エレイサだ。
「珍しい。ローキカルの所にいるんじゃなかったのかな?」
ライリが彼女に藤の椅子を勧める。
遠慮がちに座ったエレイサは膝を若干傾けてその上に重ねた手を置いた。
「ええ、そうなんですが失望というと失礼ですけども、ちょっと呆れちゃって……」
パラミーとライリは顔を見合わせた。
あの人物の呆れるところというのが、あまりにありすぎるのだ。どの部分なのか、それとも全体なのか。
察したエレイサは、口を開く。
「彼には、邪念だけしか感じません」
「邪念?」
ローキカルに最も似つかわしくない単語なので、パラミーは聞き返していた。
「牢獄です。今のコミュニティは。ローキカルという中央省の管理官が把握した、全タイリンの組織が現状なのです。そこにい管理者として君臨しているというのが、今なんです」
「それって、まさか……」
パラミーには悪い予感がした。
「つまり生与簒奪の権が彼にあると言いたいの?」
エレイサはうなづいた。
「それ、リーダーじゃない?」
ライリが聞くが、エレイサは首を振った。
「違います。独裁者です」
パラミーは黙った。
彼としては、エディンを発見するための仕組みを作っただけなのだ。
そのことしか考えてなかった。
コミュニティだのリーダーだのは思考の埒外だったのだ。
間違いに気づいたのは、この時だった。
つまり、パラミーは自身がエゴでしか行動してこなかったということだ。
こうすればこうなる、が全てエディン目的で、現実のコミュニティ群の人々を真向から無視していたのである。
ライリがさっきまで言っていた点そのものだった。
だからと言って、パラミーにはリーダーになる気はない。
煙が漂って来た。
いつの間にか、クーランが楽し気に、壁にもたれて電子タバコを吸っていたのだ。
こいつがリーダーというのは論外だ。パラミーは、クーランにたいして思った。
「良いんじゃねぇの、独裁。それでみんなでエディンに行こうじゃねぇかよ。そんな奴ほっといてよ」
気楽なクーランだったが、パラミーははっとなって思わず彼の顔を見た。
それが一番かと思ったのだ。
そのためには。ローキカルの失墜が必要だ。
パラミーは、彼のことを必死に考えた。
「エレイサ、ちょっと詳しく話を聞いていいかな?」
ライリはすぐに切り替えたらしいパラミーに満足げな微笑みを浮かべていた。
パラミーはエディンへの道を見つけたというのに、何故か本人が向かうのを伸ばしている。
ローキカルは課長室で珍しく真面目に浮遊ディスプレイを操作していた。
パラミーの行動の隙に巨大になりすぎたコミュニティの再編成案を考えていたのだ。
原案はある。エターのものだ。
これができれば、パラミーの名声を借りて強引に実行すればいい。
全てパラミーのせいだ。
エターが強力にその経路を封鎖した。なのにパラミーが脇道をたどるような方法で、エディンへの道を造り上げてしまったのだ。
パラミーたちが行くぶんには構わない。だが、エディンからの侵入者は断固拒む必要がある。
急に部屋の蛍光灯が消えた。
深夜の作業だったのだ。
秘書たちはすでに帰っている。
浮遊ディスプレイの明かりに照らされたローキカルは、驚きもせず呑気な表情をしたままだったが素早く机の引き出しの中の拳銃を取り出した。
「ローキカル……」
呼ばれて見ると、正面に細いスーツを来た青年が立っていた。
まわりは張り付くようにより濃い闇になっている。
それでも、ローキカルにははっきり見えた。
漆黒の電影が彼から五枚広がっているのを。
「あー、何の用なんだね?」
場違いにのんびりした口調のローキカルだった。
すわったまま、執務机の前に立つ男にはみえなかったが、ローキカルも電影を三枚出現させていた。
すでに二つの機能を使っているのだが、一つがまったく効果ない。
相手の動きを拘束するというものだ。ちなみにもう一つは空気の壁だ。
青年は細い目で微笑みを絶やさないでいる。
「とぼけますねぇ。あなたとあなたがかくまっている人物に言いたいことがありまして」
「聞くよ?」
「エディンから手を引いてください。そしてその証拠として、死んでもらいます」
「それ、言いたいことじゃないじゃん。望みだよ望み」
「どうでも良いでしょう?」
男はローキカルの目の前にある浮遊ディスプレイを手も足も使わずに割った。
ローキカルはとっさに銃を構えて、三発、相手の身体に撃ち込んだ。
壁もつくっていないのか、三発とも命中したが、男は少し揺らいだだけで、まったく効果がなかった。
「さすが地上の人間。電影の使い方がまったくなっていない」
彼はうすら笑いを浮かべる。
とたん、ローキカルは椅子ごと後ろに吹き飛んだ。
激しく床に身体をぶつけ、軽く呻く。
「本来は違うやり方なのですが、こういうのも派手で良いかもしれませんね」
男が手を伸ばすと、青白い光でできた厚刃の槍が現れた。
ローキカルを狙って投げやりの要領で、手足のバネを伸ばす。
いきなり、執務室のドアがある壁が派手な音を立てて崩れ砕けた。
そこには、Tシャツと大き目なハーフパンツ姿の、若い男が立っていた。
口に電子タバコを咥えている。
エクーだった。
振り向いた男は驚愕した。
「貴様、どうしてここに……」
「どうして? おまえらが悪さするからに決まっているだろう」
ニヤリと笑い、相手の恐れをさらに倍加させる。
それには、彼が開いていた八枚の翼のような電影からも来ていた。
並の人間が扱える数の電影ではない。
「ローキカル、電影の本来の使い方を教えてやるよ」
エクーは好戦的な顔に低い声だった。
「ちょ、ちょっとまてよ、エクー。俺はあんたに従っているだけだぜ?」
男は一歩下がった。
「ローキカルを殺せまでは命令してねぇぜ、坊や?」
瞬間、エクーがあっという間に男との距離を縮めた。
一発、ボディブローを食らわせる。
それだけで、男は悲鳴をあげた。
彼の体にガラスのようにひびが入ると、粉々に砕けた。
蛍光灯が元に戻る。
深夜の中央省は静かだった。
「いやー、ビックリした。悪いねぇ」
ローキカルは椅子を立ててから、体重をかけて立ち上がる。
エクーの環境は、完全に力を無力化しているはずだった。
だが、まったくもって効果はなかったらしい。
ローキカルには文句はない。エクーが大人しくしてくれているならば。
ただ、エクーが言ったことが気になった。『電影の本来の使い方』だ。
ただ人体に影響を与えるだけのインターフェースではないのか?
「何が起こったか、まったくわからなかったよ」
椅子をもどして、再び執務机についた。
「そりゃそうだろうな」
エクーは軽くあくびをする。
『……エクー!?』
突然開かれた通信用の浮遊ディスプレイには、パラミーの顔が映っていた。
彼はウィンドウ越しで、エクーとローキカルの姿を視界に入れたのだ。
「よぉ、小僧。久しぶりじゃねぇかよ」
エクーは落ち着いて二コリとした。
とたん、険のある三白眼をした少年が怒りを抑えるような様子になった。
『あんた、そこで何してるんだよ?』
「何って言われてもなぁ」
『まぁ、丁度ローキカルに相談しようとしたところだよ。あんたと連絡するにはどうすればいいかって』
「忙しくなければ、いつでも要件は聞くぞ?」
パラミーはため息を吐くようにした。
『今度のでかいコミュニティなんだけど、それをあんたがまとめてほしい』
「ほぅ……」
さすがにエクーは小さく驚いた。
頭を掻いて、上目遣いの試すような表情になる。
「俺はおまえが支配するもんだと思っていたがね」
『興味ないね。俺の目標はエディンだけだから』
「じゃあ、その提案を受けるが、きちんとまとまるまでおまえがリーダーとして、コミュニティを守れ」
『……なんだそれ? どういうこと?』
「ぶっちゃけなぁ、《肉体を抜けた俺》って奴が、あそこに残ってるんだ。俺ではあるが俺ではない。で、奴はコミュニティをぶっ潰したくてたまらないんだよ」
『ああ、そういうことね。丁度いいよ。俺もあんたを殺したくてたまらなかったところだし』「なんだ、相思相愛だったんだな」
二人はあまりの下らなさに嗤った。
自動的に、ローキカルの権威は引き下げられることになり、彼はただの事務員と化すことになった。
解雇届。
イベク社からヒィユの元に届いたものだった。
興味もないので一読もしていない。
ただ、彼にジフルという男が変わったと噂で聞いた。
自分用の工場設備の整った街の外れにある建物に、彼は一週間こもりっきりだった。
その間、昼夜を問わず工場機械は働き続けている。
理想は、エレイサだ。
彼女は赤子からその身体を持っていた。
ヒィユは成人した身体にも、彼女と同じ能力を持た足せられるように考えていた。
一週間がその実験の時間だった。
自らの身体を使って。
工程が終わると、水槽の中に浮かんでいた彼は、ゆっくりと外に這い出た。
バスタオルで身体を拭きながら、意外と軽い動きの感覚に軽く驚く。
彼はそのまま鏡を見た。
「!?」
一瞬、目を見開く。
そこにいたのは、人間と機械が融合したかのような歪な姿の存在だった。
こんなものが一般化されるはずはない。
バスタオルを床に叩きつけ、ヒィユは怒りに唸り声を上げた。
失敗だったのだ。
彼の早い頭の回転が、こうなれば居場所は一つしかないと答えをだす。
そう決めると、彼はそのまま衣服を着て、四輪に乗った。
第六章
各コミュニティの壁がなくなったことにより、人々は以前よりも膨大な量の情報の中にいた。
彼らは、自らが井の中の蛙だと気付かされて、驚きの日々を送っていた。
他コミュニティとして決して接触しないであろう者と連絡しあったり、外に出てみたりと、彼らの動きは以前よりも活発になっていた。
ただ、変わらないのは電網である。
相変わらず、街を彩るかのように走りめぐらされて、実物と同化している。
パラミーは山奥の渓流にいた。
夏だというのに水は澄んで冷たく、河原は涼し気な空気に満ちていた。
頭上を樹木の葉が覆い、風で時々さすられた音がする。
当然のように、ライリが隣にいる。
ただ、彼女は朝から元気がない。
パラミーが気付いて尋ねても、笑顔で否定するだけだった。
彼がここにいるのは、喧騒をさけてゆっくりするためだった。
当然、携帯通信機の電源も切ってある。
しゃがみながら水面に手を入れたりしていた彼は、河原に寝ころんだ。
ローキカルは何をのんきにとこの光景を見れば言うだろうが、パラミーとしては、新しいコミュニティが安定するまで動くわけにはいかないのだった。
「……ねぇ、パラミー。本当にエディンに行きたいの?」
ライリが今更のように聞く。
「ああ、行きたいねえ」
「どうして? エターも見つけたし、あたしも還って来たんだよ?」
パラミーはしばらく考えた様子だった。
「……コミュニティの閉鎖性が、元々俺を圧迫しているかと思ってた。でもその壁をこわしても、何も変わらなかった。正直、わかんないよ。でも、強烈にエディンに惹かれるんだ」
パラミーの説明は曖昧な言葉だったが、何故かライリは納得した。
「……そう。なるほどね。ところで何で不死になったの?」
「知らない。いつの間にかなってた」
即答だった。
「本人がわからないんじゃなぁ……」
ライリは苦笑するほかない。
しばらく無言で、二人はせせらぎの音の中にいた。
突然に、地面が軽く揺れた。
二人は轟音のした方に顔を向けた。
森の奥に、カプセル状のものが落ちていた。
扉が開き、中から機械と人間がくちゃくちゃに融合した男らしきものが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
それも、一歩ごとにまわりの電網を吸収して身体に融合させて巨大化しながら。
「なんだ、あの化け物……」
パラミーは唖然とした。
刀を鞘から抜いて、すぐに戦闘姿勢に入るライリ。電影を二枚広げた。
「パラミー、ここは任せて」
静かな落ち着いた声だ。
「ライリだけってわけにはいかないさ」
パラミーは立ち上がって拳銃を握る。
「……不死のパラミー……おまえの謎が解ければ、私は完成する……」
「その声は……ヒィユか」
パラミーは相手の正体がやっとわかった。ヒィユが何故、こんな姿になったのかはわからなかったが。
ライリが縮歩で刀の間合いまでもぐり込む。
足元を薙ぐように振ると、いつの間にか手にしていた剣で、撃ち払われる。
後ろに退きそうになる所を重心の起点にして、今度は腰辺りに突きを見舞った。
これも受け流されてしまうが、同じ要領でまた、ライリは腕を狙った。
よけられた所を、勢いをつけて顔面にひっかけるような蹴りを繰り出す。
予想外だったようで、これは命中しヒィユの身体はよろめいた。
だが、反対側の腕で、ライリは腹部を殴られて、吹き飛んだ。
河原に倒れるが、すぐに起き上がって刀を構える。
「鬱陶しい小娘ですねぇ」
「こっちのセリフだよ、それ」
ライリの横から、パラミーが拳銃を撃った。
弾丸は空気防壁にぶつかって、ヒィユの身体まで届かない。
ヒィユは影を使っていなかった。
それでも、一定間隔をあけてパラミーは引き金を絞り、銃声を渓流の森に響かせた。
理解したライリが、跳ぶ。
上段からの袈裟懸けだった。
空気防壁を張っているヒィユは、自ら硬化させた大気に動きが鈍くなっていた。
なんとか剣で受けようとするが、ぎりぎりで間に合わず、そのまま腰まで一気に斬られてしまう。
「……ぬぉ……」
低い呻き声をあげて、ヒィユは身体を傾けた。
ここにきて、銃弾のリスクを負う覚悟を決めたヒィユは空気防壁を断った。
素早い腕の動きで剣がライリを襲う。
だが、狙いすましたかのように、パラミーの速射で肩と胸を吹き飛ばされ、最後は顔面に銃弾を喰らった。
とどめにライリはその首を横からはねた。
ヒィユは、ゆっくりとそのまま樹木を背後にした草原に倒れる。
「やれやれだ」
パラミーがつぶやいて、銃をしまう。
戻ってきたライリは、まだ緊張感を解いていなかった。
「パラミー。あなたがどうして不死なのか、教えてあげる」
顔を上げて不思議そうな表情をしたとたん、パラミーのその首が遠くまで跳んでいった。
さすがに不死のパラミーも首を切断されると、身体がバラバラに崩壊していった。
パラミー死の報は、コミュニティ中を駆け巡った。
流したのはクロト・コミュニティである。
そして、殺したライリは、コミュニティそのものを否定する少女だという。
それみたことかと、シアブルは思った。
人々はコミュニティという閉じた狭い世界でこそ思うままに自由であれるのだ。それを導くのが、コミュニティ・リーダーだ。
彼の元に、初めて来訪する客が来ていた。
キオイオと名乗っていた。
動きやすい上衣とキュロットの、身なりのきちんとした女性と少女の間のような容姿をしている。
だが、シアブルの走査で本人はロキシという人物だとわかっていた。
クロト・コミュニティの三番隊隊長である。
ただ、ロキシは男性と記録されているのが気になったが。
客間で出された紅茶に何の警戒心もなく口をつけて礼儀上の笑みを浮かべている。
執務室から報告を聞いて戻ってきたシアブルは、彼女の正面に座った。
「とてつもないニュースがあったようですね」
「ええ、驚きましたよ」
シアブル言いながら落ち着いていた。
「パラミーという方が亡くなったとか……」
「ほう、ご存じで?」
二人ともわざとらしいやり取りを楽しむかのようだった。
「ええ。たった今、浮遊ディスプレイで速報が入りましたので。あなたたちには衝撃かと」
「私は彼とは違う路線ですからね。これといった問題はありません」
「そうですか。それは良かったですね」
「それどころか、これで内部引き締めをできるので。不謹慎かもしれませんが」
「不謹慎といえば、彼が死んだ隙をついて、今のコミュニティをかじることもできそうですね」
シアブルは妖しい笑みになる。
「その気はありませんよ。私は現状のコミュニティで満足しています」
「その割に、独立を煽ぐ連中を放っているようですが?」
「見透かされてますねぇ」
シアブルは苦笑してみせた。
「この際、現事実上のサッス・コミュニティを乗っ取ったらどうです?」
「途方もないことをおっしゃる」
シアブルは電子タバコを咥えた。
「そうですか? あなたならできそうですが」
キオイオは不思議そうな口調になる。
「いま、サッス・コミュニティはエクーとライリが共同統治してますからね。しかも、事務処理は管理課のローキカルです。どう考えても手がでませんよ」
「管理課のローキカルが加わったということは、手を出しても良いというサインだとはおもいませんの?」
「……ほぅ」
さすがにその視点には小さく驚くシアブルだった。
確かにローキカルを動かせば、サッス・コミュニティを崩すこともできる。
「……面白いことを考える方だ」
シアブルは濁そうとした。
だが、キオイオの目には彼がその点を考え出しているのが見えていた。
「手を貸しましょうか?」
彼女の言葉に、没頭しかけていたシアブルが我に返った。
一つ煙を吐くと、ニッコリと笑った。
「その答えは後日に」
「期待していいのかしら?」
「納得いただけると思いますよ?」
キオイオはうなづいた。
結局、サッス・コミュニティは事実上、エクーとライリの指導ということになっていた。
中央執務室と名付けられた元々のサッス・コミュニティが持つホールがある。
ホーロミは不満そうな顔で、ついた机のうえに、指先を一定間隔で軽く打ち付けていた。
リーダー二人がだまって浮遊ディスプレイで仕事をしているのを眺め、舌打ちする。
「不満あるなら吐き出しちゃった方が楽だよ」
落ち着いた声でライリが彼女に視線をちらりとむけた。
「それは覚悟があるって意味だろうねぇ?」
好戦的な表情になるホーロミ。
「構わんよ」
促したのは、エクーだった。
ホーロミはため息をついた。エンジンをかけるように。
「だいたいよぉ、結局あんたらがあたしたちを乗っ取ったのか、コレ? エディンにいくっていうから協力してたら、いつの間にかただの巨大コミュニティができただけじゃねぇかよ。しかも、エディンから何しに帰ってきたんだかわからねぇ二人がトップに立ってよぉ!」
「……本当にエディンに行きたいのか、君は?」
指を動かしながらエクーが応じる。
「当たり前よ! タイリンを支配してるってコアな情報体とくれば、とんでもないお宝じゃないか」
「君たちがエディンと思ってるものは、偽物だ」
「なに? どういうことだ?」
さらりと言ったエクーの言葉に、ホーロミは絶句しかける。
「結局エディンという民間で見聞するものは、イベク社とローキカルが作った伝説なんだよ」」 エクーが嘘をついているとは思えない。
だが、それならエディンとは何なのだ?
ホーロミは考えようとする前にいつもの癖で怒りを覚えていた。
「じゃあ、結局おまえらは何しようというんだよ!?」
思わず、声を荒げていた。
エターはニヤリとした笑みを浮かべる。
「良いじゃないか、結局は偽物で。本物のエディンは我々には届かない別世界だ。俺たちは、偽物のエディンを使って、コミュニティをまとめ上げるんだよ。そして、壁をなくす。
同じ連中が同じ意見で凝り固まった集団を野に放つ。その他時、本物のエディンが現れるんだよ。」
彼の言葉がよくわからず、ホーロミは思わず睨んだままの姿勢になっていた。
「それよりもさぁ、シアブルの動きが最近おかしいんだけど」
口を挟むようにして、ライリがつぶやく。
「放っとけよ」
ホーロミは吐き捨てた。
「んー、まぁ手を出してこない限りね」
ライリは浮遊ディスプレイを見つめながらうなづいた。
「可哀そうなヒィユ……」
森の中にある渓流で倒れている、人と機械の融合した姿をした彼の死体のそばにかがみ、エレイサはつぶやいた。
河原には彼の死体しかない。
影の一枚を共有していたエレイサとヒィユだ。お互い何が起こったかすぐにわかる。
まっとうな子供時代を得られく、やっとイベク社に居場所を見つけたと思ったところで、放りだされたヒィユ。
エレイサは、彼の頭を両手で抱いた。
これからあたしはどうしすれば良い、ヒィユ?
悲しみの涙が溢れてくる。
エレイサにとってはヒィユは父親であり、友達であり、最初の恋人でもあった。
仇をとれば全て納まるの?
違うよね?
そんなこと望んでないよね?
あなたは内なる欲動のままに動いた。
「ならあたしもそうすべき、ヒィユ?」
死体となったヒィユは答えず、ピクリとも動かない。
その代わり、以前に聞いた言葉を思い出していた。
「エレイサ、これからはおまえの時代だ。電網など破ってしまえ。従っている義理はないんだ」
ヒィユ……
エレイサは、しばらく彼を包み込むように抱きしめていた。
ローキカルは幾つもの浮遊ディスプレイを広げ、事務仕事の合間に独自の調査も行っていた。
秘書も増員したがどうしても人手不足になる中でだ。
背後には相変わらずエレイサがいる。
「……あー、君さぁ、エターのところにいったほうがいいんじゃない?」
「呼ばれてませんので」
「そうなのか。必要な人材だと思うんだがねぇ」
声をかけたローキカルはそこで口を閉じる。
彼の元に届いていたのは中央省各部からの抗議がほとんどだった。
最悪、シラブルのコーズ・コミュニティに全てのサービルを提供し、今のサッス・コミュニティには打ち切るとまで言って来ている。
エターにその点を聞き出すと、まだ早いという答えが返ってきた。
ローキカルは各部の説得に忙しかったのだ。
「あー、こりゃ大義名分が必要だなぁ」
通信の文面でのやり取りに、ローキカルは息を吐いた。
彼はエレイサに目をやる。
「ちょっと、君の名前を使っていいかな?」
何のことかわからなかったが、エレイサはどうぞと、簡潔に答えた。
一瞬、ぼんやりとしたように考えたローキカルは礼を言った。
『我々は、エディン住人と現実の住人の特徴を併せ持つ人物を確保しています。これ以上の議論は無意味かと』
ローキカルは各省庁の部レベルに文面を送った。
途端に、しつこい繰り返すような彼らからの連絡がぴたりと止んだ。
「おー、すごい威力だこと」
ローキカルは苦笑した。
これで、心置きなく、エクーの意をくんだ事務処理に集中できるというものだ。
満足げに電子タバコの煙を吐き、彼は一小節だけ鼻歌を歌った。
「エレイサ、君やっぱりここにいてちょうだいな」
少女は微笑んだ。
目が醒めた。
身体に変化はない。
いや、あるとすれば少々、重くなったという感じか。
廃屋と言っていい部屋だった。
蜘蛛の巣がいたるところに張られ、埃まみれで、壁などは一部壊れている。
パラミーはベッドに寝かされていた。
その足元には、スリッパと彼がいつも履いているスニーカーが置かれている。
スニーカーの方を履く。服装もいつものものだ。
どこだ、ここ?
壊れた窓から陽が差している。
「おはよう、パルミー」
気付くと傍で聞きなれた少女の声がした。
ライリだった。
「やぁ。首は繋がってるみたいだよ?」
眠そうにしながら、パルミーは笑んだ。
だが、ライリはそれには何も言わなかった。
「ここはどこ?」
「あなたに会いたいって人がいるわ」
「そかぁ」
パラミーはその時気付いた。
彼の足元には、影がある。
今まで存在しなかったものだ。
代わりになのか、ライリには無かった。
「……これは?」
「すぐにわかるよ。立てる?」
やっとライリは笑顔になった。
ベッドに腰かけていたが、いざ立つとなると身体の節々が痛い。
「なんだ、一気に歳とった気分だなぁ。風邪の様子はないし」
「両方ちがうね。ほら、行こうか」
ライリがパラミーの腕をとって歩くのを助ける。
廃墟を出ると、広がった光景はまさにまた廃墟の群れだ。
「寝てる間に、戦争でも起きたのかよ、コレ」
「あんたが寝てたせいだよ」
クスクスとライリは笑う。
「俺の?」
「そうだね」
疑問のまま連れていかれたのは、今にも崩れそうなコンクリート製のホールだ。
そこには想像もしなかったほどの人間の数が集まっていた。
「……目覚めたのか」
「あの人が、パラミー……」
「忌子めが余計なことをしたから……」
彼らはひそひそと憎愛を込めた言葉を吐く。
「忌子?」
引っかかった言葉をライリに視線で疑問を投げかけるが、彼女は平然と歩みを止めなかった。
一番奥まで来ると、待っていたかのように、エターが立っていた。
「よぉ。久しぶりだなぁ」
「エクー? あんたもこんなところで何してる?」
「そりゃ、お仕事さ。おまえはここでのことはすべて忘れている。なにしろ、今まで電網の影として生きてきたんだからな」
「どういうこと?」
「おめでとう、パラミー。ここがおまえの夢見ていたエディンだ」
「エディン……?」
パラミーは思わずホール内を見回す。
薄汚れた人々が彼に視線を注目させている。
「おまえはもともとここの住人だった。肉体はここにいた。サッス・コミュニティにいたのはおまえの影だ」
「影……」
「まぁだから不死だったわけだが。ついでに言うと、ライリは逆。身体を追放されて、差別されながも影をこっちに残していたんだ」
「なんで?」
「おまえらの若気の至りだろうが。語らせるな」
エクーは苦笑する。
ようやく、パラミーは思い出してきた。
そうだ。俺はエディンを何とかしようとしながら、ライリを追って電網の世界に入ったのだ。
「俺が偽エディンからのコミュニティ・メンバーを殺したのも、ここに来たのもおまえらのためなんだからな、パラミー。感謝しろよ?」
「偽エディン?」
さらりと最後の言葉を流して、パラミーはまた疑問を投げかける。
ここにいたことは思い出したが、偽エディンというのは初耳だ。
「あと、どうしてタイリンの電網にいるはずのあんたらが、ここにいる?」
「行き来するのに自由だからだよ。あと電網だがな、ここははそれを完全に電影にした場所だ。偽エディンというのは、タイリンの中央省が作った電網の籠。まあ、檻だな。あそこ行くって奴を犯罪者として捕えてるんだから」
「なるほどね」
パラミーは納得した。
深く息を吐き、再び当たりを見渡す。
「おまえらはここの王族関係者だ。どうにかする責任がある」
「ライリを追放しておいてかい?」
「それほどに無能扱いされてきたんだよ、王族関係は」
「八つ当たりも甚だしいね」
「再建できるか、パラミー?」
「できるさ」
即答だった。
ライリが微笑む。
「さすが不死のパラミーは違うね」
「そのためには、また電網のタイリンに戻らなきゃならないけどね」
「構わんよ。あっちのことはまだ途中だったしな」
エクーはうなづいた。