第4話

「お兄さんは何をしたんですか?」

「俺も同じ、不敬罪だ」

「やっちゃいましたか〜」

「そもそも俺達の命なんて、貴族あいつ等の一存で簡単に決まる」

「白くても権力者が“黒”と言えば黒になるってこと?」

「そういうこった」

「ヤや社会」

 クロエは肩を竦め、「ねぇねぇ」と会話を続けた。久しぶりに他人と喋るためか、驚くほどスラスラと言葉が出てきた。

「レイフ島ってどんな島なんですか?」

「本当に何も知らねぇんだな。あそこは、“貴族達のゴミ捨て場”だ」

「ゴミ捨て場……? ボク等って人間なんですけど?」

「あいつ等からしたらゴミも同然だ」

「厭な社会」

 クロエがべぇっと舌を出して見せれば、男はケラケラと笑う。先程まで死んだようだった男の顔に少しだけ精気が戻ったような気がして、クロエは嬉しくなった。

 それからクロエは、男の話を聴いていた。男がどんな人生を歩んできたか、どんな妻がいたか、どんな食べ物が好きだったか、他者の人生を聴くのには、この船旅は短すぎた。クロエは相槌を打つだけで楽しくて、何度もうんうんと頷いていた。

 ふと、船の揺れの周期が変わった。それに顔を上げ周囲を伺えば、「着きやがった……」と男が苦々しく吐き捨てる。

「着いたって、レイフ島にですか?」

「それしかねぇだろ」

「これからボク達、どうなるんでしょうね」

「……」

 何気無いクロエの質問に、男は黙った。何かを悩むように言い淀んで、言葉を飲み込んで、それからクロエの方を向く。

「クロエ、最期にお前に出逢えてよかったよ。こんな俺の人生を聴いてくれてありがとうな」

「そんな、最期なんて……刑務作業は過酷かもしれないけれど、法律なんて案外コロッと変わったりしますよ! 明日にでも革命が起きて貴族社会が崩壊して、そうだ! ボク等の流刑が取り消される日が来るかもしれないじゃないですか! それに、激務だったとしても、流刑人同士仲良くしましょうよ! ボクはアナタと友達になりたい。アナタは、嫌ですか?」

「……クロエ。お前には言わなくちゃいけねぇよな。俺は知ってんだ、この島のこと。これから何が起こるか・・・・・・・・・・。……いいかクロエ、悪いことは言わねぇ、島に着いたらすぐに死体の下に隠れろ。そして息を殺しておけ。運が良けりゃ、助かるかもしれねぇ」

「……? それって、どういう……?」

 だがそれを聴くより先に、扉が開かれた。シレオン王国の兵隊の服を着た男達は「全員起立!」と怒鳴ると、のろのろとなんとか立ち上がった者から鞭で叩いて部屋の外に追いやる。あの男性も諦めたような顔で鞭に叩かれながら部屋を出て行った。

 部屋の奥の方にいたクロエは、最早起き上がることも出来ない人々に足を取られながらそれに従って部屋を出る。足元にいたあの老人が起き上がれるように手を貸そうと振り返ったが、「早く来い!」と背中を鞭で叩かれた。

「痛いです、やめてください」

 鞭で叩かれて正直に言えば、生意気だと余計叩かれた。二の腕の皮膚が切れ、その血が流れて指先まで伝ってきた。人生で初めて鞭で叩かれる経験である。あんな紐のようなもので皮膚が切れるなんてと驚きながらも、痛みに歯を噛み締めた。

 嗚呼、なんか緊張してきた。船の中の構造は複雑で、たしか敵襲に遭った時地の利を活かせるようにわざと迷路のように出来ていると聞いたことがある。実際その通りなようで、甲板に出るための階段を登るだけなのに随分と歩かされた。

 ぞろぞろと一方行に皆で無言で歩くのなんて、小学生の頃の登山以来かもしれない。緊張してきたクロエは胸を抑える。痩せた胸だ。これじゃ皮と骨だけだ。もっと食べさせてあげたいと、圭作の時なら絶対に思っている。クロエの身体は全体的に筋肉も脂肪も足りていない。

 もう少しで、甲板に上がる階段に着く。そういえば掌に五回“人”と書けば落ち着けるのではなかったか。それを飲み込むんだっけ? クロエは考えながら、それを実行しようとした。現状を誤魔化す何かが欲しかった。

「嫌だ!! やめてくれ!! 死にたくないぃぃぃい!!」

 だがそんなクロエの動きは、階段の上から響いてきた声によってピタリと止まる。鞭で背中を打たれ慌てて階段を登れば、そこには砂浜に投げ捨てられまいと必死に板にしがみついている男とその男を蹴落とそうとしている兵士の図があった。

 丁度、プールの飛び込み台のような場所。そんな場所が船に設置されていて、そこから飛び降りて、砂浜に落ちろということらしい。砂浜では剣を持った兵士達が待ち構えていて、逃げ惑う流刑人を捕まえ次第奥へ引き摺って行き殺している。

「……これ、実質的な死刑と同じじゃない?」

 クロエは思わず呟いた。しがみついていた男は蹴落とされ、待ち構えていた剣に串刺しにされて絶命した。