穏やかな秋の日差しが天窓から果林と宗介に降り注いだ。
「・・・・・・ん」
果林が目覚めるとそこには愛しい人の寝顔があった。薄っすらと
「おはようございます」
「おはようございます」
2人とも髪は伸び放題の雑草のようにボサボサで互いに指を差して笑った。
「昨夜は色々なことがありましたね」
「ごめんなさい」
「本当にびっくりしたんですからね」
「ごめんなさい」
それから身だしなみを整えた2人は婚姻届を手に宗一郎たちの元を訪れた。
「おや、婚姻届の証人は総務課部長たちがなったと聞いたんだがな」
「それが間違えて破いてしまって」
「誰が破いたの?」
果林がオズオズと手を上げると佳子は思わず吹き出した。
「私たちもそんなことが有ったわね」
「・・・・・え」
「私もこの人と結婚して良いのかな、と悩んだのよね」
「こ、こらっ!なにを言い出すんだ!」
佳子は宗一郎の背中を軽く叩いた。
「宗一郎さんったら意気地がなくてね、こんな人が将来社長になれるのかしらって不安になったの」
「こ、こらっ!」
「あらあらあら、本当のことじゃない?」
「父さんと母さんにそんなことが有ったなんて知りませんでした」
佳子は婚姻届に印鑑を捺しながら微笑んだ。
「果林さん宗介は間違いないわ」
「はい」
「幸せになってね」
「はい」
こうして婚姻届の欄はすべて埋められた。
「準備は出来ましたか」
「はい」
仕立ての良い濃灰のスーツに深紅のネクタイを締めた宗介はいつよりも凛々しく見えた。
(うわぁ、かっこいい)
果林がその姿を惚けて見ていると不意に唇をついばまれた。
「果林さん、ほら襟が曲がっていますよ」
宗介がさり気ない動きで襟元を整えた。
「ありがとうございます」
果林は宗介からこの日の為に準備したのだという白い襟に7部袖の黒いジャストウェストのワンピースを手渡された。それは婚姻届提出日にふさわしい上品なジョーゼット生地でボタンをひとつ、またひとつと留めると幸せが込み上げて来た。
「果林さん、婚約指輪はどうしたんですか」
「あんな高価な指輪、恐れ多くてつけられませんよ」
そう言って何度も断ったが身につけて欲しいとせがまれた。
「今日だけですよ」
「はい」
「無くしたら困りますからね」
「はい」
降り注ぐ日差しの中で宗介は果林の手を取った。
「果林さん愛しています」
婚約指輪は左手の薬指できらめいた。
「宗介さん、私も愛しています」
2人は優しく口づけた。
「さて・・・・そろそろ市役所の開庁時間ですね」
「そうですね」
宗介は秘書室直通の内線電話を取った。
「車を回してくれ」
果林と宗介は手を繋いでエレベーターの中でもう一度口づけた。