とはいえ、アルバート様とセラフィナ様の仲を取り持つってどうしたらいいんだろう。
行商で賑わう街角。楽しいのにどこか上の空。
「ねえ、クラリス」
「なあに、ロゼッタ」
「片想いの女の子が想いを寄せる男性に近付くためには、何をしたらいいと思う?」
クラリスが勢いよく振り返り誰かにぶつかった。
「失礼致しました」
誰かに一礼し、コホンとひとつ咳払い。
クラリスは私に向かって真剣な表情で聞いた。
「で、どなたが好きなの?」
「ああ、私じゃなくて。友達、というか知り合いのご令嬢なんだけど」
クラリスが胡乱な表情を見せる。
「ロゼッタではないの?」
「残念ながら」
クラリスは少し小首を傾げた。
「あまり身分の高くない方?」
「何で?」
「身分の高い方々は、割と幼い頃から婚約者が決まっている場合が多いから」
それもそうか。
「なるほど。でも王太子妃とか候補もまだ決まってないじゃない」
「貴方も候補に挙がってるって噂よ」
「私はいいから。で、どうしたらいいと思う?クラリスだったらどうする?」
クラリスは少し考え込んだ。
「私は婚約者が決まっているし、特に考えたことはないかしら。仲もそれほど悪くないと思うわ」
「参考にならないか」
「ごめんなさいね。順風満帆で」
「あらー、ご馳走様」
二人して笑い合って。
「でもそうだとするとよかったの?今日は婚約者の方と来たかったんじゃない?」
「あら、お友達と交流するのも大切なことの一つよ。それに明日はオスカー様とご一緒するの」
「婚約者の方、オスカー様っていうのね。幸せそう。良かった」
「ありがとう」
微笑むクラリスは本当に幸せそうで。こちらまで胸が温かくなるような笑顔だった。
「あら、縁結びの栞ですって」
「え?栞?」
「ほら、きれい」
金細工の栞は薔薇の透かし彫りになっていて、光に翳しても、影を映しても綺麗だった。
「ああ、模様が対になってるのね。それでか」
縁結び。薔薇は愛に関する花言葉も多い。
「買っていこうかしら」
「揃いで?」
「揃いで」
一組包んで貰うと、店のお兄さんがにこりと笑ってくれた。
「はい、毎度あり。お嬢さんの恋路が上手く行きますように」
「ありがとうございます。是非、祈ってくださいな」
クラリスが少し苦笑する。
「貴方のじゃないのに、そんなに嬉しそうでどうするの」
「あら、だって。恋じゃないけど、とても好きな方たちに贈るんだもの。嬉しいに決まってるわ」
「私には?」
「クラリスには、そうね、似合いの髪飾りとかどうかしら。あっちに細工物があったわ」
「行ってみましょう。ね、二人でお揃いにしてみない?」
「いいわね」
結局クラリスとは同じ生地で色違いのリボンを買った。
今度付けていこう。
「セラフィナ様」
セラフィナ様は本から顔を上げ、私を見た。
「あら、ロゼッタ」
「読書の時間を邪魔して申し訳ありません」
セラフィナ様は今日も図書館の窓から見えるあの木の下で、本を読んでいた。
私はそっと跪いてセラフィナ様に薄い包みを差し出す。
「セラフィナ様にお似合いだと思って買い求めました。使って頂けたら幸いです」
「開けてもいいかしら」
「はい」
セラフィナ様の優美な指先が封を切る。そして。
「まあ、綺麗ね」
薔薇の透かし模様の金細工の栞。
「読書のお供にと思いまして」
「ありがとう。大切に使わせて頂くわ」
嬉しそうなセラフィナ様に、こちらが嬉しくなってしまう。
思わず蕩けた頬に、セラフィナ様が指先を触れた。
「良かった。傷は残らなかったのね。ごめんなさい。痛かったでしょう」
「いいえ、全然!お気にならさらないでください。本当にもうなんでもありませんし、あれは私の不心得が招いた事故ですので、本当に全然、セラフィナ様は悪くありませんので!」
頭をぶんぶん振って否定して、セラフィナ様は少し眉を下げて笑った。
「変なひとね、貴方」
それはもう、昇天するかとおもうくらい、美しい微笑みでいらっしゃった。
「フェルディナンド様」
「ロゼッタ嬢」
揃って見合って礼をする。
「今日はアルバート様にこれをお渡しして欲しくて」
セラフィナ様にお渡しした片割れの包みを見せる。
「これは?」
「縁結びの栞ですって。片方をセラフィナ様にお渡ししました。是非アルバート様にも」
なるほど、と頷いて、フェルディナンドは栞を受け取る。
「確かにお渡ししましょう」
フェルディナンドと少し連れ立って歩く。
「セラフィナ様のこと、アルバート様にお話していますか?」
「ええ、少しずつですが誤解を解こうとしています。長年の積み重ねがありますから、厄介ではあるのですが」
セラフィナ様は大好きなアルバート様の前ではつい意地を張って、頑なな物言いをしてしまうという。
幼い頃からのことなので、アルバート様はセラフィナ様に嫌われていると思い込んでいる。
「どうにか絡まった糸を解したいですね」
「何か良い案は無いものか」
「私の邸がああでは無ければ、お二人をお招きしてお茶会など……駄目ですね。王子殿下と公爵家令嬢をお呼びするなど、そもそもが身分不相応でした」
フェルディナンドはふと思案顔になった。
「いいかもしれませんね、お茶会」
「正気ですか?」
「ええ。でも貴方の邸ではなく、野外で。ピクニックなど如何でしょう」
「ピクニック?」
思わず
「時々討伐の依頼が掲示板に載っているのをご存じですか?」
「はい」
愛用者です。いつも大変お世話になっております。
この栞もバイトで稼いだお金で買いました。
「簡単な討伐がてら、ピクニックにしませんか。簡単なお茶とお菓子とを用意して。皆で」
「皆で?セラフィナ様にアルバート様、それにフェルディナンド様と私と?」
「ええ。まあ、ヴィンセントやコンラッドに声を掛けてもいいですが、そうすると少し気詰まりかな。貴方の方でもご友人を誘いませんか?でも、あまり大所帯になっても困るか」
「いいと思います。ピクニック、是非!」
「では、アルに提案してみましょう」
話はとんとん拍子に
討伐は悪魔の息吹と呼ばれる魔物の影のようなものだ。
無論私たちの敵ではない。
男性陣が張り切ってくれて、私たちは手を出す隙も無いくらいだった。
「フェル、貴方出しゃばり過ぎではありませんの?わたくしたちの出番が無くてよ」
「セラフに傷がついてはいけませんからね。ロゼッタ嬢、お怪我は?」
「いいえ、全然」
「良かった。そちらのお嬢さん方、お茶にしましょう」
フェルディナンド、アルバート様、セラフィナ様に私。ヴィンセント、コンラッドにアナベルとクラリス。
ベアトリクスは残念ながら来られなかった。
本当に残念そうにしていたので、次の機会には是非誘ってあげたい。
シートを引いて、木陰に腰を下ろして。
近くに泉もあるので、綺麗な水には事欠かない。
ゲーム中には出て来なかった情報だ。覚えておこう。
「お茶が入りましたわ」
セラフィナ様手ずからお茶を淹れてくださって。
アルバート様も気負った様子なく自然に受け取っていらして。
お似合いだなと思う。
クラリスが少し私を突いた。
「もしかして」
クラリスが視線だけで問い、私も視線だけで頷く。
お菓子を頬張りながら、お茶を飲む。
爽やかな風が通り抜けて、花が揺れる。
穏やかで素敵な午後だった。