とにかく先立つものが無ければ何もできない。
セラフィナ様とアルバート殿下の仲を取り持とうにもお金がいる。
そしてパラメータを上げないことには、手助けもへったくれもできはしない。
いざという時にセラフィナ様をお助けできないなんてことだけにはなりたくない。
早々にアルバイトを始めようと私は掲示板の前に立っていた。
「こういう時に限って下級のバイトが無いのよね……」
先生方の部屋の掃除を手伝うとか、授業の準備の手伝いとか助手の真似事とか。お使いレベルのちょっとしたもの。
お小遣いとパラメータ稼ぎに丁度良い案件がひとつも無い。
「ドラゴンの生態調査とか、すごく魅力的なんだけどなあ」
上級も上級。最難関だ。
そろそろ孵化の時期か。赤ちゃんドラゴン可愛いだろうなぁ。
ローズガーデン・ロマンスの世界でドラゴンは割と身近な生き物である。
とはいえ一般人がそうそう簡単にはお目に掛れない。
肉食のルベウスドラゴンから草食のヴィリディスドラゴン、空を飛ぶフラウドラゴンに水棲のサフェイドラゴン。
ここの街から一番近くにいるのがバロンの森のヴィリディスドラゴンだろう。
草食でおとなしく知性も高い。人にも優しいドラゴン種だ。
しかし万が一怒らせれば、尻尾の一撃で人間は軽く昇天できる。
今の私のレベルではとてもではないが近付けない。
「スライム退治とかあればいいのに」
この世界にはスライムも各種様々存在している。
次々新種も現れているんじゃなかろうかと、生物学のモランデル先生が言っていた。
過去のプレイで三度ほど見た台詞だから間違いないと思う。
青スライムには火が、赤スライムには氷が、緑スライムには電撃が効く。
経験値稼ぎにも丁度いいのに。無いのか。ちぇ。
地道に経験値溜めよう。魔法訓練場でパラメータ稼ぐか。
魔法訓練場にはセラフィナ様がいらっしゃった。
一人黙々と訓練をなさっている。真剣なお顔も麗しい。
お邪魔にならないよう、離れた位置に陣取って訓練を始める。
水晶玉のような装置の前で魔法力をコントロールする練習だ。
手を翳して力を込めると水晶玉が光り出した。
注ぐべき力が色で表示される。今は青。水の力だ。
基本魔法は四大元素の地水風火。そして光と闇。この六つを軸に組み立てる。
一年生はそれぞれの基本を学び伸ばす。
水の力を注ぎ続けると今度は色が黄になった。次は地の力。
こうして水晶玉が求める力を注いで、行くとある程度で満タンになり虹色に光り出す。
そうなったら訓練はお終い。
大体六種の力を二周くらい注げば満タンになる、筈なのだが。
壊れたか?
先程からずっと光の魔法力を求められて注ぎ続けているのに、一向に色が変わらない。
そろそろ黒の闇の力に移行してもいい筈なのに。
流石に魔力切れを起こしそうで眩暈がしてきた。
けれど途中で止めるのはあまり宜しくない。片寄るんだよな。ステータスが。
ちらりとパラメータを見れば光だけが十五ポイントも上がっていた。
おかしい。流石におかしい。
「ちょっと貴方、大丈夫なの?顔色が悪いですわよ」
セラフィナ様が声を掛けてくださった。
「ええ、あの、すみません。ちょっと機器がおかしいみたいで……」
「途中ですけれどお止めなさいな。倒れてしまうわ」
強制終了させようとセラフィナ様が私の水晶玉に手を伸ばす。
バチッと音がしてセラフィナ様の手が弾かれる。
「えっ、大丈夫ですか?!セラフィナ様お怪我は!?」
「えっ、だ、大丈夫よ。それより貴方の方が大丈夫ではなくてよ」
その通り。私の手は水晶玉に翳したまま、固定されたように動かない。
バグかな。『私』がロゼッタとしてここにいることで、エラーが起きたのかもしれない。
バチバチと音を立て始めた水晶玉に、セラフィナ様が息を呑む。
「セラフィナ様、お逃げください。危険です!」
「何を言っているの!貴方を置いて逃げられるものですか!」
セラフィナ様はこんな時でも凛々しく美しいのだ。
普段高慢だとかなんだとか言われているけれど、それは公爵家令嬢としての矜持から。
誰よりも気高く居ようと努力なさっているから。
そして、本当は誰よりも優しい。
「爆発でもしたらどうするんですか!貴方にお怪我をさせる訳にはいきません!」
「危険なのは貴方も一緒でしょう!仕方なくてよ。わたくしも力を注ぎます。二人で何とか致しましょう!」
「セラフィナ様!」
「とにかく色が黒く変わるまで光の力を注ぎますわ。貴方も全力でなさって!」
「はい!」
二人で初めての共同作業!とか舞い上がってる場合じゃない。
セラフィナ様を危険に晒すわけにはいかない。絶対にお守りする。
絶対にだ。
私はかつてなく真剣に生命力を削る覚悟で光の力を注いだ。
そして、物凄い光の柱が立ったかと思うと、水晶玉の色は黒に変化した。
「今ですわ!」
「はいっ!」
闇の力をありったけ。全部持っていけとばかりに注いで。
一瞬だけ虹色に輝いた水晶玉は、その後ピシピシと音を立ててひび割れていき、そして。
カラカラと床に崩れて落ちた。
私はそこで意識を手放した。
遠くにセラフィナ様が慌てたように呼ぶ声が聞こえた気がした。
目が覚めた時は保健室のベッドで。
保健医のコッポラ先生が私の顔を覗き込んでいた。
「あらあら、目が覚めたわね。良かったわ。ああ、まだ起き上がらないで。魔力切れよ」
コッポラ先生の言う通り、身体に力が入らない。頭が痛い。
「はい。魔力補充薬。少しずつお飲みなさい」
吸い飲みに入った甘い液体を少しずつ口に含むと、嘘のように頭痛が減った。
「魔法訓練場の不具合があったようね。無事で何よりだわ。貴方あのまま続けていたら、干乾びて死んでしまったのよ」
ぞっとするようなことを笑顔で言ってのけるコッポラ先生に引き攣った笑いを返し、私は辺りを見回した。
「どなたが運んでくださったんですか?」
「セラフィナ・ヴェリタス嬢よ」
まさかのセラフィナ様!いやもしかしてと思っていたけど!
「先程まで付き添って居たのだけど、お迎えが来たので帰宅したわ」
なんてこと!後日お礼をしなくては!
だがお礼を買うお金が無い!!アルバイト、ああアルバイト。
こういう時に貧乏は辛いなあ。
そんなことを考えていたのが顔に出たのだろうか。
「今日は大人しく帰宅するようにね」
コッポラ先生に釘を刺されてしまった。