「隣に引っ越してきた氷川と申します」
母親に連れられて来た少女と会ったのはそれが最初だった。
少女は自分と同じ五歳か六歳くらいだろうか。母親の足に隠れていたが、ピンクのスカートとリボンのとても可愛い格好をしていた事は今でも
「あら、そうなんですか。ウチのヒカリも近々同じ幼稚園に入園する予定でして」
母親同士が何の話をしていたのか覚えていないが、この子が同じ幼稚園に行くことだけはわかった。
………
……
…
「本当にいつも申し訳ありません……」
隣に住むヒカリは、時々夕方になると我が家で預かることがあった。両親が仕事で遅くなる事が多かったからだろう。
「いえいえ、気にしないでください。春昭もヒカリちゃんと遊んでいて楽しいみたいですし」
この頃、自分と近い年頃で一番身近な存在だったのは間違いなくヒカリだった。
「ヒカリちゃんはこのまえようちえんで、しょうらいのゆめはなににしたの?」
「わたしはおよめさんになりたいってかいたよ」
「そうなんだ。でも、ヒカリちゃんはおとこのこじゃないの?」
「うーん、でもわたしね、ウェディングドレスきてみたいの」
「なんかへんなの」
「やっぱりそうなのかなぁ……。わたしハルくんとなかよしだから、けっこんしたいとおもってたのに……」
おそらく初めて他人から向けられた好意に対して、幼いながら
「うーん、ぼくもひかりちゃんとならいいよ」
「ほんと!? じゃあ、やくそくだよ! ハルくん!」
あの
………
……
…
「お隣のヒカリちゃん、小学校を卒業したら引っ越しするんですって」
ヒカリからは何も聞かされていなかったから、
どうして自分に言ってくれなかったのか。当時の俺には
その後も両親は会話を続けていた。
「……まぁ、ヒカリちゃんが
実際にヒカリの家では
「あそこはお父さんが
「本人が着たくて着てるならいいけど……。イジメという程ではないにしても親のエゴでクラスで
両親が何を言っているのか当時はわからなかったが、子供ながらにヒカリの親が悪く言われているというのは感じる事ができた。
………
……
…
それは小学校の卒業式が終わり、ヒカリの引っ越しの日が近づいていた時だった。
「ハルくん、私って男の子なのかな……。それとも女の子なのかな……」
ヒカリがやつれた顔で問いかけてきた。
「私がハッキリしないからお父さんとお母さんが……」
そこまで言うとヒカリは声をだすのは
その頃のヒカリの体つきは身長こそ少し高めだったが、男性らしい
肉体は男、見た目は女、心は――何なんだろうか……。 当時の俺も答えに困ったのだろう。
「ヒカリはヒカリだろ! 男でも女でも無くて氷川ヒカリ! だってヒカリはヒカリなんだから!」
今思い出しても訳のわからない言葉だけど、ヒカリはにっこりと
これはヒカリにかけた言葉じゃなくて、俺がヒカリに対する認識を再確認しただけだったのかもしれない。
………
……
…
『ハルくんはどこの高校に行こうと思ってるの? 私はね――』
中学生になると物理的な距離は離れてしまったし、連絡する頻度も減ってしまったが、心の距離は一歩進んだ気がしていた。
「あぁ、ちょうど俺も同じ高校が第一志望だよ。家から一番近いしな」
『そうなの!? よかったぁ、この公立高校が最近制服が男女共用になったから気になってたんだよね。ハルくんがいるならちょっと安心したかな』
「なんだよそれ」
ヒカリが安心したと言ってるのを電話で笑いながら聞いていたが、安心したのは俺の方だった。
なんだかんだで人生の半分近くを共に過ごした
そう、ヒカリは男友達でも女友達でもなく、
………
……
…
高校に入ってから二人で話す機会は多くなった。
「そういえばこの前ふと気がついたんだけどね、ハルくんの『
「まぁ、俺自身も気づいてたけど、割とどうでもいいから誰かに話した事はなかったな」
「
「おい、やめろ。もし言い出したら俺もヒカリの事を……そうだな、光だから『レイ』『ライト』とかって呼ぶからな、覚悟しておけよ」
「えーっと……。や、やめとくね……」