Ⅵ話:丁子なんて初めて見た

「屋敷から持ち出せたものは?」


「この五個の鞄だけよ。殆どが衣服」


「食料品を俺が持ってきて正解だったな」


「本当に感謝してるわモンタ。でもどうしてアタシに優しくしてくれるの? アタシは、さっき言った通り一文無しだしレヴァンタール家の敷居はもう跨げないからなんの価値も無いわ」


「それでも、俺達は友人だろう?」


「モンタ……!」


 そうだった。このモンタという少年は実の家族よりもマリアに優しく、誰よりもマリアのことを理解してくれていた。だからマリアも彼に対して内心を打ち明けていたのだ。


「これからも支援に来る。何か必要なものがあれば俺に頼め。大抵のものなら用意出来る」


「ありがとうモンタ。アナタの友人として恥ずかしくない人間になれるよう、アタシ頑張るね」


 我儘娘だった自分にもこんな優しい友人がいたことに感動して、聖愛はそれだけで嬉しかった。モンタの家系は外国との貿易も積極的に行っており、大抵のものが用意できるというのも嘘ではないだろう。聖愛はニコニコである。


「そうだ聖愛、お前の一番大切なものを渡しておく」


 そう言ってモンタは、一つの鞄を差し出す。その鞄の中にはティーセットと、茶葉と何か釘に似た形の植物が入っていた。袋越しでも、甘い香りがする。


「これは?」


「丁子だ。毎朝お前は、この丁子を使ったクローブティーを三杯必ず飲んでそれを朝食にしていただろう? 茶が飲めない時は直接丁子の蕾を噛んでいた」


「あ〜、なんかそんなことしてた気がする……たしか、ヴィンフリートお兄様にそうするように言われて始めたんだっけ……?」


 記憶を手繰り寄せるが、幼少期の頃なんて憶えているはずも無くひたすら首を傾げる。だが「今日の分だ」と蕾を差し出されたので、とりあえず噛んでみた。甘い香りとは対照的に香辛料らしいピリッと辛い痛みが舌を刺激する。


 もきゅもきゅとそれを噛んでいれば、「兎みてぇだなァ」とアーチボルドに笑われた。聖愛は不服だったが沈黙は金ということを知っているので黙っておく。


「そうだモンタ、この小屋から近くの街までどれぐらいかかる?」


「森を南に向かって、馬で30分ほど走れば【潮凪の港】がある」


「えっと……どんなところ? モンタの屋敷がある場所なのは知ってるんだけれど……」


「その他にも渡航した旅行客を歓迎する遊戯施設や船乗りを慰める酒場もある。あと商業者ギルドの他に冒険者ギルドがある。行きたいなら送ろうか?」


「あぁ、えっと……今監視役の人に質屋さん呼んでもらってるところなの。行くとしたらその後かな。ドレスはもう着ないだろうから売っちゃおうと思って。

 食料品は港で調達すれば大丈夫そうね、ありがとう。……冒険者ギルドってどんなところ?」


「お前に縁遠いところだ。

 その質屋がお前を騙して安銭しか払わないかを見張っておいてやろう。きちんと査定が行われて金が支払われないと困るだろう?」


「困る! よろしくモンタ!」


 家具の運搬が終わったと言われ、聖愛とモンタ、アーチボルドは小屋の中に戻る。軽く清掃もしてもらったらしく、カーペットが敷かれベッド周りにはさらに毛長のラグも敷いてある。ベッドは天蓋付きのふわふわしたものに変わっていたし、暖炉の傍にはカウチソファも置かれてドレッサーは化粧品でいっぱいだった。恐る恐る新品のクローゼットを開いてみれば、街に出るのに困らなさそうなワンピースが沢山吊るされている。