31 メイ・ペリドッド 死神の眷属④

「その話……この世界の何を信じたらいいのか分からなくなるわね」


 黒竜からの報告、そして、守護者トルマリンから告げられた事実は私の想像を超えるものであった。


 そもそも黒竜ブラックドラゴンは、初めから・・・・この迷宮最下層へ存在していたらしい。邪素ダークマナを無限に垂れ流す星獣スターツであり、上級種ラストグレイドの魔物でもある黒竜。かつてそれは、国家の存亡そのものを脅かす存在であった。


「国が滅ぶと世界の均衡が傾く。極星の女神が困るという事で、かつて我とそこの白猫が昔迷宮へと出向いたのだ」

「黒竜ちゃんはその時、エロ道化師の眷属となったという訳さ」


 道化師姿のトリマリンとボンテージ衣装の白猫娘カーネリアンは少なくとも昔から行動を共にしていたらしい。


「トルマリン様は小生の棲家をこうして提供して下さったのです。その恩を裏切るような行為をしてしまい、申し訳ございません」


 先程の威厳はどこへやら、ブラックドラゴンは首を擡げ、ひたすら謝罪の念を述べる。そこには上級種として全てを破壊する意思は少しも視えなかった。


「で、さっきの話が本当なら、冒険者ギルドは黒竜を制御した事でマッチポンプとして利用していた……という事になるわよね?」


 そう、そもそもトルマリンの眷属ならば、わざわざ危険を冒してまで黒竜を迷宮の最下層へ置いておく必要がないのだ。トルマリンとカーネリアンの力によって最下層へ創られた結界により、ブラックドラゴンが垂れ流す大量の邪素ダークマナは制御される事になる。冒険者ギルドはその後、迷宮内の邪素を制御コントロールする事で、階層毎に出現する魔物の強さを調整。冒険者が鍛錬する観光名所として改装したのである。


「そもそも地上で邪素を垂れ流していい場所なんぞ早々ないからな。冒険者ギルドの意図を知った上で我はこいつを此処へ置いておいたのだよ」

「まぁ、あたいもまさか、あの結界が破られるなんて思わなかったんだけどねっ」


 『これは一本取られたよ』と猫娘は耳をピンと立て前脚で頬を撫でる。


「小生の眷属であるレッサードラゴンが大量に殺され、憎悪で肉体が支配されまして、その後は覚えておりません……」

「さっきまでとは打って変わって、黒竜さんって、大人しいんですね……」


 腰が低いドラゴンのギャップに思わず苦笑するカルア。結局のところ、迷宮へ潜む黒竜の存在を利用して、そいつは・・・・国を脅かそうとしたのだ。


の能力は対象の欲望や憎悪へ漬け込むからな。暫く静観していたが、我の眷属を利用するとなると話は別だ。少し挨拶をしに行かねばならぬようだ」


 トルマリンが掌へ電解力を放電させ、静かに嗤う。どうやらやる気のようね。


「で、トルマリン。そのは今何処へ居る訳?」

「そうだ、そうでした! 皆さん急いで下さい! 邪素の塊がうちの住むエルフの国――エレメンティーナへ迫って来ていたのです! そもそもうちは邪素の原因がこの国にあると聞いてやって来ました。トルマリンさん、メイさん、力を貸して下さい!」


 どうやら休んでいる暇は無さそうだ。脅威はこの国だけを脅かしていた訳ではないらしい。


「成程、そういう訳か。豊穣の女神と奴との契約者であるルルーシュは犬猿の仲だからな。カーネリアン。お前の力でエルフの国へ行けるな?」

「モチロン、そのためにあたいが居るんでねっ。準備が出来次第、エルフの国へ来て貰うよっ!」


 脱兎の如く動き出す事態。どうやら黒幕である幼女・・は、ブラックドラゴンの垂れ流す邪素を利用し、エルフの国を包む強力な結界を打ち破り、侵入しようとしているのではないかという事らしい。


「黒竜よ、お前は事が納まるまで此処に居ろ。結界を張った。此処なら一日は持つだろう。何かあった際は眷属召喚をする」

「承知」


 トルマリンが黒竜へと指示する。カーネリアンはどうやら空間転移の準備をしているようだ。


 もし、豊穣の女神が悪の手に堕ちたなら、極創星世界ラピス・ワールド全体の豊穣へ影響が出るという。此処でエルフの国へ行かないという選択肢は残されていないようだ。


『メイさん、メイさん。聞こえますか? サンストーンです! ブレアより報告を受けました。お怪我はないですか!?』


 突然脳裏に響く意思伝達は、スピカ警備隊隊長レオのお付、獅子座の守護者――サンストーンの声だ。


「サンストーンさん、こちらは問題ありません」

『無事でよかった。隊長とヴェガ、隊員達で魔物化した冒険者達は対処しています。先に転送されたポックル、シルバニア、クレイ氏のパーティナナコもラピス教会へ運ばれ、皆命に別状はありません』


 そう、皆無事でよかったわ。アルシューンの事はレオ隊長やサンストーンさんへ任せておいて問題なさそうね。


「悪意への対処、引き続きお願い出来る?」

『勿論ですよ、国家を護る事がスピカ警備隊の仕事ですから。メイさん、行くんでしょ? くれぐれも気をつけて』

「ありがとう、サンストーン。心配ないわ」


 そういうと私は意思伝達による念話を切る。どうやらこちらがやろうとしている事も既に把握しているみたいね。


「今の意思伝達。サンストーンだな、メイ」

「ええ、パーティの皆は無事だそうよ」


 それを聞いてカルアがほっと胸を撫で下ろす。


「みんな無事でよかった……マイちゃんだけが本当に残念でした……」


 カルア……この子は本当に素直な子ね。私もこんな純粋な頃があったかしら?


「この世界は残酷よ。私達は向き合っていかなければならない。それが加護者の運命……そうよね、トルマリン」

「嗚呼、そうだな」


 トルマリンは私に背を向けたまま返事をした。どうやらカーネリアンによる転移の準備が出来たようだ。


「さぁ、準備が出来たさね。いざ行かん、エレメンティーナだよっ!」


 そう言うと地面へ白く発光する魔法陣が回転しつつ出現する。私達四人を囲む光はやがて強くなっていき……。


 そして、私達の姿はアルシューネより消失する。これまで闇に潜んでいた悪意との対峙は近い。