「こ、これは……」
「凄いわね」
眼前のプリンは文字通り
「星の欠片を産み落とすと言われる
「ええ、まさか
少なくとも『スイーツの文明は私が死ぬ前に居た地球の方が発展している』――私の中ではそういう認識だった。サンストーン曰く、加護者を探す手段として世界を渡り歩いたとある守護者 (誰の事でしょう……) が地球のスイーツ文化を取り入れ、シェフを育てた結果がこれらしい。
「この珈琲も恐らくこの地域で採れた豆を使ってるみたいだけど、ちゃんと甘味に合うよう苦味とコクが強い珈琲を提供している。素晴らしい逸品だ」
「それは同感ね。この珈琲がガトーショコラの濃厚かつ味わい深い甘味を惹き立たせているわね、どちらも素晴らしい逸品だわ」
ハルキは珈琲をひと口、私はガトーショコラを口へ含み、口腔内に広がる幸福の味を噛み締めている。
「メイとこんな素晴らしいお店に来る事が出来て俺は幸せだよ」
「勘違いしないで。ハルキ、あなたはあくまで穴埋め要員なんだからね。私はこの至福のひと時を得る好機を逃したくなかった。……それだけよ」
彼にそう告げると、私は黄金色に輝く宝石箱より
「メ、メイ……!?」
「ん……んんっ……!?」
脊髄反射のように思わず艶めかしい声が出てしまう。どうやらハルキは普段見せない私の様子に生唾を呑み込んでいるようであったが、彼の様子を気にしている場合ではなかった。気を抜くと、黄金色に輝く宝石が放つ魔法に私の身体が蹂躙されてしまいそうだったからだ。続けてもうひと口。そして、もうひと口。輝く
「メイ……だ、だいじょう……」
「んんっ……あっ」
ハルキは〝金のプディング〟に手をつける事なく、一部始終を視ている。ひたすら珈琲を口に含み、空になったカップを握りしめているような気もするが、そんな事はどうでもよかった。この残酷な世界にも救いがあった事に感謝しよう。頬は緩み、私はそっと双眸を閉じ、咀嚼の度に至福のひと時を噛み締める。
「メイ。よかったら……」
「何? 至福のひと時を邪魔しないでくれる?」
邪魔者を排除するような鋭い眼光でハルキを睨みつけると、蛇に睨まれた蛙のように萎縮するハルキ。でも、この後ハルキから飛び出した発言に私の表情は一変する事になる。
「いや、〝金のプディング〟俺の分もよかったら食べないかなと思って……」
「なっ!? ハルキ、あなた本気で言ってるの?」
それは一生懸命一日働いて得た対価を無償で手放すようなもの。こんな素晴らしい報酬を目の前にしておいて手放すなど、彼に何の得があってそんな事をするのか。私には理解し難い愚かな行為だった。
「いや。ははは……実は朝たくさんご飯食べて来て。珈琲とガトーショコラでお腹いっぱいでさ……(本当は違う意味でお腹いっぱいなんだけど……)」
「なんですって! あなた、今日出掛ける予定がありながら、そんな愚行を朝から……信じられないわ……」
私が憐れみの表情でハルキを見ると、左頬を掻きつつ彼は弁解の言葉を述べる。
「ほら、金のプディングもメイみたいに美味しく食べてくれる人が食べると幸せだろうって思ってね。俺もそれを望むよ。あ、でも、メイが嫌なら俺が食べてもいいんだよ?」
「いただくわ」
私は即答する。金のプディングにとっての幸せと私の幸福が一致した瞬間だった。
「よかった。俺もメイが喜んでくれるのなら嬉しいよ」
「ハルキの愚行は信じられないけれど。プリンをくれる事にはとても感謝するわ」
そして、私は再び至福のひと時、延長戦を堪能するのであった。
「……あっ♡」
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「いやぁー、メイ、楽しかったね。今日はありがとう」
「お礼を言う立場はこっちね。利害が一致した結果とはいえ、こうして至福のひと時を堪能する事が出来た。素直に感謝するわ」
私とハルキは握手を交わす。別に彼じゃなくても……と言いたいところだが、彼のお陰で〝金のプディング〟のおかわりを堪能する事が出来た訳だし、普段行かないカカオ領を自由に散策する事も出来た。
「国へ還る前のいい思い出になったよ。明日には王女様を送り届けるためにアルシューン公国を発つよ」
「ええ、そう。いい思い出になってよかったわね」
ハルキは王女様を送り届けるために国へ還ると言っていた。これで彼は国へと還る。私の心理へ彼が悉く割り込んで来る事も暫く無くなるわね。
「俺に逢えなくなって寂しいかい? メイ?」
「なっ!? あなた……また殺されたい訳?」
掌に魔力を溜める仕草をする私。ハルキはすぐさま肩を竦めて笑ってみせた。
「そん時は俺の火星焔槍で君の想いを受け止めるさ!」
「はぁ……ホント懲りないわね……。まぁ、あなたの好きにすればいいわ」
夕暮れ刻、二人の姿を紅く染め上げる夕陽。そんな私達の眼前に漆黒の靄が出現し、お迎えにあがった執事のように黒猫が顕現する。
「メイ、青年。時間ダ。還ルゾ」
「タイミングを計ったかのように現れるね、この黒猫……」
元々私を別行動をする条件として、夕刻に守護者トルマリンが迎えに来る手筈だったのである。ハルキが至福のひと時を惜しむかのように苦笑する。
「青年」
「何ですか、トルマリンさん?」
「甘味ヲ食ベル時ノメイ。艶メカシカッタデアロウ?」
「……はい、とても」
トルマリンが珍しくハルキの肩へ乗り、何か囁き小声で会話をしていたのだが、私には何を言っているのか聞き取れなかった。
「変な事吹き込んでないでしょうね、エロ猫?」
「メイ、気ノセイダ。サァ、還ルゾ」
私達は黒猫が創り出した転移用の渦へと向かい、帰路へ着く。
こうしてこの日、私達は束の間の平穏を噛み締めたのであった。