「ここにもないわね」
見慣れぬ街の通りを足早に抜ける。私の口腔より漏れる吐息が蒼穹へ紛れ溶けていく。そろそろ時間だ。陽が暮れる前に帰路へ着く必要がある。
「今日は収穫なしね」
冒険者ギルドで冒険者を
「お嬢ちゃん、一人かい? 乗ってくかい?」
「ええ。王都アルシューネのセントレア地区までお願いします」
「あら。王都から何もないこの土地へ。何かお探しでしたか?」
「ええ。そんなところです……って貴女は!?」
幌驢馬車の奥、先に同乗していた女性に声をかけられた事で気づく。狐色の耳をピンと立て、
「ふふふ。メイさん。先日振りですね。今日は黒猫さんと一緒じゃないんですか?」
「ええ。トルマリンは先日再会した旧友と一緒のようです。サンストーンさんこそ、此処に何のご用事で?」
本来、レオの侍女であるサンストーンさんが別行動を取る事は珍しいのではないか? そう思った私は素直に疑問を口にした。
「あら、王家に仕えるメイド達は沢山居ります故、私が居なくとも、仕事は回るものですよ? 表向きは王家が買い付けしているラピス麦農家の視察ですが……」
「表向き? では、裏があるのですか?」
そう言った私に微笑みかけるサンストーンさんは、
「サンストーンさん! まさか……!?」
「ふふふ……貴女と一緒ですよ?」
此処から王都アルシューンへ到着するまで、私とサンストーンさんとの密談は続いた。
「成程。デハ、サンストーント有意義ナ情報交換ガ出来タトイウ訳ダナ」
「ええ、トルマリン。プディング領には農家は多いけど、職人が少ないらしいの。その代わり、カカオ領に有力なお店が見つかったわ」
「まぁ、暫くは姫の出番もないだろうからな。その間は自由行動で構わんよ」
「最初からそのつもりよトルマリン。明日サンストーンさんと早速カカオ領へデートして来るわ」
アルシューン公国を脅かしていた一連の事件。
アルシューン公国第一王女であるアレキサンドル王女の生誕祭に併せ、上級魔族ジュークが引き起こそうとしていたクーデター。クーデターは、私やスピカ警備隊によって未然に防がれ、蔓延る悪意は一旦身を潜める形となった。
しかし、いつ魔の手がこの国へ伸びてくるかは分からない。
私は次の〝審判の刻〟に備え、私が抱える当面の問題を解決する必要がある。
私が抱える問題。
それは……。
「私好みである〝行きつけの店〟を見つける事。それが今回のミッションよ」
「我は同席するつもりはないぞ? ホットミルクがあるとは限らないからな」
最近は蔓延る闇が多かったため、黒猫と私は常に行動を共にしていたが、常に一緒という訳ではないのだ。別行動していても、創星の守護者と加護者は思念のようなものを届ける意思伝達で会話が可能なため、特に問題はないのである。よって、今回トルマリンは別行動だ。守護者であるトルマリンの正体は死神。どうやら死神には、あのケーキの素晴らしさは理解出来ないようだ。
「上級魔族ジューク。奴は許せない相手だったけど、喫茶ショコラを失った事は痛いわ。あそこのケーキと珈琲は一級品だったもの」
「あのマイとかいうウエイトレスが出すホットミルクは中々の逸品であったな」
そう、私はあの日、行きつけの店を失ったのだ。先日オープンしたパンケーキの店『カフェクラウドベリー』も素晴らしい店だが、落ち着く迄は毎回一時間以上行列へ並ぶ必要があるし、長時間ゆっくり過ごす喫茶店とはまたスタイルが違うのである。
「そういえばウエイトレスのマイちゃんともあれから逢えてないのよね。喫茶ショコラのみんな、元気にしているかしら……」
「王都に住んでいるなら、そのうち会えるだろう」
それもそうね。トルマリンの意見に同意する。まだ事件を終えて数日しか経っていない訳だし。
「よし、サンストーンさんから得た有力情報を基に、明日は美味しい行きつけのケーキ屋を見つけるわよ」
「そうか。好きにするといい」
半ば呆れているのかトルマリンが珍しく乗って来ない。まぁいいわ。私は好きにさせてもらうわよ。そう思っていると、ティンクルコルリアを食べ終えたトルマリンが口を開いた。
「メイ、そういえばあの小僧が国へ還る前に、お前とデートしたいみたいだぞ?」
「は? デート? どうして?」
トルマリンの思いもよらぬ発言に、私は耳を疑った。