第22話 キュアノルホテルの出会い

一度目の皇都はルシアがいた。

あの時は気づかなかったけれど、妹がいるだけで華やかな装いもさらに輝いていたように思った。

けれど、今回は違う。


鉄骨のビルも古き良き瓦屋根の建物も何もかもが殺風景に見えるわ。


100憶ピドルを預けるために、銀行を尋ねると対応してくれた人は非常に驚いていた。

この恰好なら仕方がないけれど、無礼な駅員と違って、丁寧に扱ってくれる。

身なりはどうであれ、大金を持っている客の事は一目でわかるらしい。


さすがは帝国どころか世界中に支店を持つ大銀行だわ。

シエリーの名の効果もあるかもしれないけれど…。

銀行口座もあっさり作れた。


すべてはカトリシア様との出会いのおかげだわ。


「さて、これからどうしよう」


アバロニアに接触するにしても彼は皇宮だろうし、今の私では入るのは不可能に近い。


でも、手に入れた運を操る力を使えば何とかなるかも?

いえ、焦りは禁物よ。

外見は変わったけれど、万が一、マーシャン家の人間だとバレたら面倒な事になるかもしれない。

接触するにしても皇宮の外の方が万全のはず。

ただ、私はまだ皇都に伝手がないし、拠点が必要だわ。


と言う事は、まずは定住先を探すのが先ね。

何事も準備は必要だもの。


そんな風に考えながら、皇都の一角を歩いていると一軒のブティックが目についた。

異国の装いを取り入れたモダンな服が並んでいる。常に足を隠すようなロングのスカートが好まれる帝国とは真逆のデザイン。ひざ丈ほどの布生地はふわりとした印象を受ける。けれど、機能性にも優れているようなスッキリともしている。


斬新だわ。

ルシアなら華麗に着こなすだろうな。

まあ、あの子なら何を着ても似合うだろうけれど…。


「名前はロリッシュ・ノーエル…」


なんとなく惹かれるお店だけれど、今はやめておこう。

着飾る気分にはなれない。


そう言えば、カトリシア様がお気に入りだったと言うキュアノルホテルがあったのはこの辺りのはず。


一応、シエリーの名を頂いたんだもの。

現状がどうなっているのか確かめてみようかしら。


「あの、失礼します。キュアノルホテルはどこに?」


近くで露店を開く女性に声をかければ、驚いたようにこちらを見上げられる。


「おや、アンタお若いのにキュアノルホテルをご存じとはね。でも、やめときな。あそこはろくでなしのたまり場だからね」


「ろくでなしですか?」

「そうだよ。権勢を誇ったのは昔の話だ。それでも気になるって言うなら、この路地の先を進む事だね」


女性は意味深な言葉をかけてくるが、好奇心の方が勝った。

その足は自然と薄暗い路地へと向かっていく。


誰にも会う事はなく、静まり返っていた。


そして、現れたのは重厚な面持ちの城のような建物。帝国の伝統的な佇まいの中に威厳も感じられる古き良き洋館が飛び込んできた。それでいて、東の国の雰囲気もある。


独特の城感満載だわ。

昔はこういうのは流行りだったのね。


丸みを帯びた二つの飾りが屋根についていた。


確か、デザインしたのは著名な建築家だったはず。

えっと名前は…。

思い出せない。


それでも、この建物はある種の価値があると直感した。

けれど、人の気配は全く感じないのも事実。


幽霊屋敷に来ちゃったかな。


そんな感覚を持ちつつも、足を踏み入れた。

幸い、入口は開いていた。


「失礼します」


いたるところに絵画が飾られていた。

シエリー家の一族と思われる女性や男性が並んでいる。

この中にカトリシア様もいるかもしれない。


屋敷の中は広いが明りが一つもなく昼間だというのに薄暗い。


「誰も住んでいないのかしら」


確か、カトリシア様も手放したと言っていたし、今の所有者は誰なのかしら?


疑問が頭を駆け巡る中、二階からかすかな光が漏れていた。


誰かいるわ。


静かに埃まみれの階段を上っていく。


少しだけ、開けられた扉の奥には長身で人相の悪い男に踏みつけられる真っ白な髭の男性とその背中をさする30代ぐらいの細身の男が見えた。


20代にも見えるけど。


「お前はまともにお茶も入れられないのか?それでよく執事が務まるな!」

「やめてください。マードリック様。トーマスはもう歳なのです」

「若様!そのように庇ってくださらなくても」


マードリックと呼ばれた男は呆れ顔でため息をつく。


「ウザっ!主と使用人の絆ってやつか?アダム?お前の一族は俺の…何代前だっか?まあいいや。とにかく、遠い昔の爺さん、つまりイーディス家にこのホテルの権利を売ったんだ。お前もただの使用人だって分かってるのか?」


マードリックはアダムの腹を蹴飛ばした。


その場にうずくまるアダムに駆け寄るトーマス。


「なんだその目は?俺だって好きでここにいるわけじゃねえ!たく、爺さんもとんだ買い物をしてくれたもんだぜ。遺言書さえなきゃ、さっさとこんなホテルうっぱらってとんずらしてやるのに…」

「では売ってください。それで、すべて解決するじゃないですか!」

「お前にその金はあるのか?シエリーの名がなくぜ」


アダムは唇を噛み、項垂れた。


「”あくまでイーディス家がキュアノルホテルを買うのは親友であるシエリー家のため。彼らがお金を工面したあかつきには明け渡す”とか文言付け加えやがって!」


お酒の入っていたグラスをマードックは壁に投げつけた。

大きな音を立ててガラス製の美しいグラスは粉々になる。


「クソッ!ほんと、意味わかんねえ。だから、せめて、シエリー家に生まれたお前は一生、俺の奴隷にしてやる!そのシエリーに仕えているトーマスも同様だ」



なるほど…。何とも絵に書いたような光景ね。

カトリシア様はこの現状をご存じなのかしら?いえ、知らないのでしょうね。

そもそもあの方がどんな人生を送られてきたのか私は聞いていない。


それでもこれは見過ごせないわね。

シエリーの名を持つ者として。

何より、このままでは誰も幸せになれない。


彼らの運釜に視線を向けた。


三人ともそれなりに運があるようなのにね。


まるで戦場にでも繰り出すかのように息をはき、扉をあけ放った。

六つの目が予想外の客に驚いている。


「私なら問題を解決できるかもしれませんわよ。イーディス家のマードリック様だったかしら?」


シアは優雅に微笑みかけた。