「あら嬉しい、自ら来てくれたの? 今ね、彼女にセフレの素晴らしさを話してたの。ねぇ、今は店員さんたち暇な時間なんでしょ? こういう話って中々友達にはできないのよ。ほら、今はまだ世間が私たちより遅れてるから、どうしても白い目で見られちゃうの。でもね、だからってセフレの素晴らしさを諦めるのは違うと思うのよぉ。だから、ね? どう? 二人一緒に、ちょっと仲間入りしてみない? ほら、言うじゃない、皆でやったら怖くないって」
息をつく暇もなく、おば様は、楓さんを不倫という犯罪に手招きしたのです。
私はその過去を消したいし、やりたいとも思っていなかった。
けど彼女は、進んでやっているし、これからも周りの人には隠しながら楽しみたい。
だから、同類になりたくなかったのかと、私は自分の直感に納得しました。
ああ、よかったです。
私はまだまともです。観察眼や直感は、まだまともです。
なら、安心して悪女の仮面をかぶりましょう。
「困ります……私……そんな……」
涙で声を震わせながら、私はちらりと男性の方を見やりました。
思った通り、バッチリと目が合いました。
私はわざとらしくびくりと肩を震わせ、楓さんの影に隠れるように下がりました。けれど、またチラリとみて、すぐに目が合うと逸らし、つま先をひょこっと立てて少しもじもじとさせました。
さて、この姿は男性からはどのように見えているのでしょうか。
恐らく私の思惑通りに捉えたのでしょうね。男性が、「ふーん」と機嫌良さそうに鼻を上げる様子が伺えました。
「あの!」
楓さんは私の手から伝票をひったくると、テーブルにパシッと置きました。少し力強くて、伝票の下敷きが少し歪むのが見えました。
「追加がないのでしたら、他にも仕事があるので失礼させていただいてよろしいでしょうか?」
いつもなら、お客様の目線迄腰を下ろし応対する優しい楓さんが、今は“きつい容姿”を生かして腰に手を当て胸を張り、見下げ、威圧たっぷりのオーラを放っていました。隠してもらっている身である私から見ても怖かったので、見下げられている2人は数倍怖く見えたことでしょう。
「ゴホン。ンン、そうだ、大分長居してしまった。充分会話も楽しんだろう。それにそろそろお楽しみの時間だろ?」
「あら、もうそんな時間。それじゃあ早く出なきゃ」
咳払いの後ににんまりとした笑みを浮かべる男性は、おば様より若い見た目をしていましたが声の重さからおば様と同じくらいかもしれない、と伺えました。実際の所はわかりませんが、2人の関係性は、おば様が男性を溺愛しすぎている、というのは十分にわかりました。
「いい子だ。それじゃあ、お会計を頼むよ、お姉さん」
男性はそういうと伝票を手にとり、私を見ました。
「あ、えと」
「わかりました。ではレジの方にどうぞ」
突然声をかけられて私が戸惑っていると、すぐに楓さんが私を守るように前に出て伝票を奪い取ってくれました。楓さんはレジの方へ身体を向けると「美愛ちゃんは厨房の食器整理手伝ってきて」と指示を出して私に逃げ場所まで作ってくれました。私は「はい」とすぐに返事をしてその場から離れました。
厨房に入ると、店長が食器の後片付けをしている所でした。私が入ってきたことにすぐに気づくと「大丈夫だったかい?」と不安げに尋ねてこられました。店長はホールの様子など見ていない筈なので、きっと楓さんが全て話していてくれていたのだろうことを察した私は「はい、楓さんのおかげで」と微笑みました。
「大きな問題がなかったのなら、何よりだ」
「はい、ありがとうございます」
私はすぐに何か手伝おうと周りを見渡しましたが、もうすでに店長が殆どの仕事を終えていました。手持無沙汰に首を動かしてから壁掛け時計の方に視線を動かすと、退勤時間まであと数分でした。
「タイムカード切る前に、少し、様子見てきます」
「いいよぉ。ハッハ、2人とも正義感が強くてたのもしいなぁ」
楓さんと隣同士に並べてくれたような店長の言葉に私は微笑みを返してから、再びホールに戻りました。
「ありがとうございました」
顔を出すと、丁度、楓さんが少しだけお辞儀をしながら退店していくお2人を見送る所でした。
私も楓さんの隣に並び同じように礼をし、その背中を見送りました。
「ハァ……災難な人に当たったね」
「はい……中々、衝撃的でした」
「だよねー。もう来ないことを祈って塩でも撒いとくわ」
そう言って何も持っていない手を振りかぶって投げる仕草を大げさにする楓さんを見て私は声を上げて笑いながら口元に手を当てました。笑ってしまう口元を隠すように上品に隠すと見せかけて、口角が異様に上がってしまう口元を隠すために。
……あの人たちは、とても、使えそうですね