04.アンリとジーク

 リュシーがやしきに戻ると、玄関を始めとして行く先々の扉が勝手に開いた。

 導かれるようにしてアンリの作業部屋アトリエに踏み入ったリュシーは、示唆されるままに壁際のカウチへ足を向ける。そうして、未だ意識を取り戻すことなく無防備に眠るジークの身体をそこに横たえると、軽く背筋を伸ばしながら、窓際に立っていたアンリに報告をした。

「何か、その匂いのせいか、狼が群がってました。……見てたと思いますけど」

 ちらりと目を向けた机上には手鏡が置かれていた。

 アンリの眷属であるリュシーには、リュシーの見たものがそのままアンリにも見えるという魔法がかけられている。アンリがその気になりさえすれば、いつでもその手鏡にリュシーの視界が映し出されるという契約魔法だ。

 もともとこの界隈――翡翠の森と呼ばれるアンリの魔法力が及んでいる範囲なら、そんなことをしなくても俯瞰的に様子を窺うことはできる。けれども、リュシーを介した方がより精度が高く、より鮮明な映像を得ることができるとのことだった。

 ちなみに、リュシー本人には何の変化も表れないため、いつどこで何を見られているかを感知することはできない。――できないけれど、少なくとも今回はしっかり見られていたのだろう。そうでなければ、目の前のドアが勝手に開いたりはしないはずだ。

「貸しイチって言ってました」

 眷属であるリュシーには断れない一方的な主従関係。せめてもの救いは、それにより伝わるのは映像のみで、声や音はそこに含まれないということだった。

「……えっと、あの、隻眼が」

 それを踏まえての補足だったのだが、そこに返る声はなかった。代わりのように溜息をついたアンリの態度にリュシーは小さく肩を竦め、

「これ、ここに置いておきます」

 拾っていた一通の封書をテーブルに置くと、まもなくふっと擬人化を解いた。

 久々に擬人化したのがこたえたのだろうか。それとも、擬人化したまま大の大人を抱えて飛翔するなんて、めったにないことをしたからか。

 どちらにせよ、思いの外身体が疲弊していた。

「少し寝かせてもらいます」

 リュシーは鳥籠の止まり木定位置に戻り、目を閉じた。

 それを尻目に、アンリは封書の中身を確認する。それから照らし合わせるように改めてジークの姿をじっくりと眺めた。

 上気した肌には薄っすらと汗が浮かび、胸元はずっと忙しなく上下している。淡く染まった頬に、熱を帯びた艶めかしい呼吸音。何より、ジークの全身から漂ってくる甘い香りが不自然なほどに官能を刺激する。

 足下から這い上り、まとわりつくようなその香りに誘われるよう、ゆっくりと踏み出したアンリは、

「なるほど……確かに珍しいな」

 ジークの傍に立つなり、薄く開いたままの唇にそっと触れた。

「たったこれだけの些少な血に、ここまでの効果が表れるとは……」

 呟くアンリの指先を、湿った吐息が何度も掠める。探るように隙間を撫でてみると、濡れた舌先がすぐさま絡みついてきた。ジークの意識に関係無く、身体が勝手に反応しているようだ。

「――いいだろう。とにかく一度楽にしてやる」

 アンリは微かに口角を引き上げ、温かな口内から指を退いた。その指で顎をとらえ、次にはのし掛かるようにして唇を重ねた。ぱさりと足元に羊皮紙が落ちた。


   ✛ ✛ ✛



 意識はないのに――ないはずなのに、呼吸は乱れ、身体はますます熱を帯びていく。試すように口付けただけで、たちまち増していく色香に感心すら覚えながら、アンリはそんなジークの素肌に手を這わせた。

 簡素な衣服の合わせから差し入れた指が、その下に隠された胸の突起を探り当てる。戯れのように先端を撫でると、ジークの睫毛がぴくりと震え、悩ましげに眉が歪んだ。

 アンリはジークの胸元をはだけさせ、微かに震える小さな色づきをあらわにさせた。すでに固く張り詰めていたそれは、いっそう触れて欲しそうに淡く充血し、つんと天を向いていた。

「っ、ん……っ」

 アンリの指がふたたび突起をとらえる。軽く転がし、少しだけ強く引っ張ると、待ちかねたように身体が震え、濡れた吐息が鼻に抜けた。

 アンリは心持ち口端を引き上げ、改めてキスをする。塞ぐように唇を合わせ、隙間から滑り込ませた舌先で口内をかき回すようにするかたわら、確かめるように膝上でジークの下腹部を押し上げた。

「っ! んぅっ……!」

 くぐもった嬌声に合わせて、びくりとジークの腰が跳ねる。すでに痛いくらいに昂ぶっているそれが、服の中でいまにも弾けそうに脈打った。止めどなく溢れる雫が、じわりと布地に染みを広げる。

「ん……っぅ、んん……っ」

 上顎を擦るアンリの舌に、ジークのそれが絡みつく。力無く投げ出されていたはずの腕が、縋るようにアンリの首に回された。

 自ら強く身体を密着させて、擦り付けるように揺れる腰。かと思うと、引き攣ったように全身が強張り――ややしてふっと弛緩した。

 自然と緩んだ腕が、ややしてカウチの上へと落ちる。

「……」

 何が起こったのかは確認するまでもない。アンリは緩慢に身を起こし、僅かに目を細めた。

 見下ろした先で、ジークは生理的な涙に目元を濡らしていた。

「ふ……どうせこんな程度では気休めにもならんのだろう」

 ようやくの安らぎを得たかのように、ジークの寝顔は穏やかなものになっていた。

 しかし、それもほんの束の間で、

「……やはりな」

 アンリの呟きが終わるが早いか、ジークの額には新たな汗が浮かび、呼吸もまた浅く忙しないものに戻ってしまう。

「――まぁいい。時間はある」

 アンリはどこか他人事のように独りごち、べっとりと濡れたジークの衣服に手をかけた。