第15話

 八月六日。朝。快晴。

 あたし達は車の中にいた。目的地はもちろん海水浴場だ。

 うーみぃの旅館で働く板野さんって板前さんが車を出してくれた。

 板野さんは髪が短くて結構格好いい。ハンドルを握る腕はたくましかった。聞いた話だと二十七歳らしい。

 あたしは昨日までの反動でテンションが高かった。思わず歌い出してしまう。

「うーみぃーはぁ広いなぁー♪ かわいーいーなぁ~♪」

「その歌はやめろ!」

 助手席のうーみぃは顔を赤くして怒ってる。それを見て琴美が笑った。

「あはは。照れてるー」

 菜子ちゃんも「かわいいねえ」と微笑んだ。うーみぃは益々顔を赤くした。

 それを見て板野さんが面白そうに目を細める。

「相変わらず仲が良いね」

「……愛花の馬鹿がすいません。気にしないでください」

「いやいや。良い歌だと思うよ」

 板野さんにまでからかわれてうーみぃは耳の先まで真っ赤になった。

 あたしは褒められて嬉しかった。

「うーみぃーはぁ赤いなぁー♪ かわいーいなぁ~♪」

「放り出すぞっ!」

 うーみぃが怒鳴り声を上げる中、あたし達を乗せたミニバンは県道を下っていく。

 お菓子を食べながら景色を眺めていると車が信号で止まった。そこで琴美が板野さんに缶コーヒーを差し出す。

「これどうぞ」

「お。ありがとう。悪いね」

 板野さんは缶コーヒーを受け取る時、琴美の谷間をちらっと見ていた。

「いえいえ。こっちこそすいません。お休みなのに」

「全然大丈夫だよ」板野さんは缶コーヒーを開けて一口飲んだ。「どうせ下に行くつもりだったし」

「あ。そうなんですね。もしかして彼女さんに会いに行くとか?」

「あはは。だったらよかったんだけどね。生憎今はいないんだ」

「へえ。意外ですね。モテそうなのに」

「そんなことないよ。それに田舎は出会いがないからね」

「ですよねぇ。板野さんってこの辺の出身なんですか?」

「いや。東北なんだ。東京の専門出て働いてたんだけど、急がしすぎてね。もっとのんびりした場所がいいなって思って転職してたら朧月にたどり着いたんだ」

 それを聞いてうーみぃがむっとする。

「悪かったですね。うちは暇で」

「いやいや。そういう意味じゃないって。実際最近はかなり忙しいしね。大事なのは空気感だよ。あそこはピリピリしてないからね。東京の店はそれがすごくてさ。いっつも緊張してた。朧月にはそれがない。そういうのが働く上で大事だったりするんだよ。いくら給料がよくても疲れて辞めたくなる職場はダメだ。まあ、君たちもいずれ分かるよ」

 朧月を褒められてうーみぃは少しだけ機嫌を直した。

「……まあ、褒め言葉として受け取っておきます」

「褒めてるんだって。いくつか店を回ったけど、朧月が一番だ」

 板野さんがうーみぃに笑いかけると信号は青になり、車はまた走り出した。

 うーみぃがひっそりと嬉しそうにしてるのがバックミラーに映ってて、それを見て後ろのあたし達もひっそりと笑い合った。

 海が近づくとあたしは車の中で浮き輪を膨らました。それを見て菜子ちゃんが苦笑する。

「ちょっと早くない?」

「いやいや。善は急げだよ。あたしなんてもう下に水着着てきたからね。ほら」

 あたしがそう言ってスカートをめくるとまた前から怒号が飛んでくる。

「そういうのやめろって言ってるだろ! 私達だけじゃないんだぞ!」

 うーみぃが恥ずかしそうにする横で板野さんは笑っていた。

「いたいた。そういう子。いやあ学生時代が懐かしいなあ。大人になると馬鹿なことができないからね。こう、なんというかブレーキを踏んじゃうんだよ。それもかなり前でね」

 板野さんは肯定的だけど、他の三人は否定する。

「いや、愛花のは少し違う」とうーみぃ。

「うんうん。愛花はあれだよね」琴美も続く。

「なんて言うか、そもそもブレーキが壊れてる感じ」

 菜子ちゃんのたとえに琴美とうーみぃは「それだ」と同意した。

 ひどい。あたしほどの常識人はいないのに。本当は大丈夫だと思う範囲ではしゃいでるだけなんだ。なんだかちょっとむかついて、あたしはまたスカートをめくった。

「どうせ海に行ったら見られるんだし大丈夫だよ!」

「そういう問題じゃない! いいからしまえ!」

 うーみぃが怒鳴ると板野さんはまた笑っていた。