事実上、
その内訳は、“クラフトアプレンティス・ポラリス”、“ベビーゲイザー・カノープス”、“幼天狼アカマル”。すべて、ドラグリエにはとても太刀打ちできないような、奮戦レベル1のレギオンである。
だが、鍵玻璃の肌は獣の咆哮を浴びたかのように粟立っていた。狂気的な戦意が胸の奥で何かが弾けるとともに、目を見開いたレギオンを
「アカマル、ポラリス、カノープス! レギオンスキル!」
「!」
―――いや、油断は禁物! 彼女のレギオンは……進化する!
瞬時に気を引き締めた彼女の予測は的中していた。
「誓願成就、“星に願いを”! カノープスを進化させ、奮戦レベル2のカードを手札に加える! 進化変身、“アイディールウィング・カノープス”!」
「やはり……!」
子竜が育ち、2メートルはある巨体に変貌。優美な曲線を描くファードラゴンが、透き通った咆哮を
緊張、高揚、激戦の熱が流鯉の気分を浮つかせる。
反対に鍵玻璃は、超高高度の綱渡りでもしているような心情だった。
ここが分水嶺。一手のミスも許されない。がなり立てる心の声に流されないよう理性を保ち、細い勝ち筋を手繰り寄せる。確率は、それほど高くない。針に糸を通すように、勝利を拾わねば。
「誓願成就、“明星咆哮”、“星屑の発掘”! 合計でカノープスにパワー+2000、デッキから奮戦レベル2以上のレギオンを手札に加える!」
祈るような気持ちで、手札に加わったカードを見つめる。
―――来た。この状況をひっくり返す最後のピース。
ぐっと握られた
「切り札を引き当てたようですわね。今度こそ見せてもらえるのですか? メリー・シャインの雄姿を!」
「悪いけど、それはないわね。でも、あんたを倒すには充分よ!」
高速で回転する輪に手をかざし、鍵玻璃は歌う。
「天にて踊れ! 遠く遠く、宇宙の果てまで伝わる戯曲。“
輪がひゅんひゅんと回転し、縮小しながら降りてくる。
光輪の正体は、ふたりひと組の幼いレギオン。
双子なのか、どちらも金色の髪で、薄い青の瞳をしている。人工衛星のソーラーパネルを思わせる、小さな翼が特徴的だった。
可愛らしい。やや拍子抜けした
「甘く見ない方がいいわよ。あんたの布陣はこれで崩す! “
「誓願カードを……」
手札に誓願カードを持ち込むスキルは、
―――これまでのパターンから考えれば、恐らく
考察と同時、鍵玻璃が動いた。
「バトル! カノープスで“花編みのカスピフローラ”を攻撃!」
「カノープスから? ……ならば手札から“グランドドラゴン・フォース・ナイト”のスキル発動! 攻撃を肩代わりします!」
咆哮とともに飛び立ち、ビームを放つカノープス。それが花売りの少女に命中する直前、大柄な騎士が間に割り込む。
土色の鎧で全身を固めた巨漢が、大きな盾を掲げて攻撃を代わりに受け止めた。
“アイディールウィング・カノープス”:パワー3000
“グランドドラゴン・フォース・ナイト”:パワー3000
「このスキルを使ったターン、相手のレギオンすべては“グランドドラゴン・フォース・ナイト”に攻撃しなければなりません! このままでは返り討ちになりますわよ、どうするのか見せてみなさい!」
「読んでるわよ、その程度! 誓願成就、“手を繋いでスイングバイ”! カノープスのパワーを自分のレギオンの数×1000アップ!」
天使のような姉妹がカノープスの頭上に陣取り、凄まじい速度で回転し始める。
竜の頭上に天使の光輪。そこから降り注ぐ光芒が、カノープスの羽毛を黄金色に輝かせ、ブレスの勢いをさらに増す。
あれは間違いなく、“
「やはり……パンプアップのスキルでしたか! 誓願成就、“
カノープスのブレスが甲高い音を立て、タワーシールドごと巨漢の騎士を貫いた。苦悶と悔悟の声を上げて爆散する騎士。そのカードは
ノーダメージで1回目の攻撃を凌いだが、流鯉の表情は明るくない。
その片方、カノープスのもたらした方が天を衝く。
「誓願成就、“見下ろす宇宙”! カノープスを進化変身! 空を抱くは母なる竜!」
カノープスが羽ばたき、異常な色彩の空へ飛翔。夜空色の波紋となって広がった。
暗くなる空、激震走る空中要塞は、穏やかな星明かりで満たされる。
ふたりのエデンを覆うのは、超巨大な竜の影。翼の裏に星空を抱いて眠るドラゴン。その天蓋こそ、カノープスの最終進化形態だ。
「“ギャラクシーシェイド・カノープス”! スキル発動、コズミック・ブレス!」
星々が一層強く輝き、頭上が宝石箱のようになる。暖かく、穏やかで、しかし力強い煌めきが
蒼銀のステージを自由自在に踊り狂う小さな星たち。その光を浴びた4体のパワーが一気に3000も上がる。星空に見惚れかかっていた
「3000アップ!? レギオンすべてが!?」
「“ギャラクシーシェイド・カノープス”は攻撃できないけど、その代わり味方すべてを強化する。これが
目を奪うほどの美しさ。何者をも打ち砕かんとする、苛烈な力強さ。これが自分を差し置き、頂点の座に収まった者の姿か。
熱量を増す戦意に反して、冷めた疑問が浮かび上がった。
「……なぜ。あなたは強い。なのに、何から逃げようとしていたのです。何をそんなに恐れているのです。今だって、足が震えているじゃありませんか」
「っ!」
しかし
恐怖を中心に様々な感情をまぜこぜにした、混沌の坩堝。そしてそれを押しのける、より昏い色をした心の火。
鍵玻璃はそれを燃え立たせ、叫びをあげた。
「うるさい……っ! “
双子の少女が作る光輪が、ドラグリエめがけて飛翔する。
真っ向からのエース対決。だがそのパワーの差は歴然だった。
“
“竜導姫ドラグリエ”:パワー3500
切り札が、一方的に打ち砕かれる。それより早く
「守りなさい、“グランドドラゴン・フォース・ナイト”! さらに誓願成就、“不滅の王権”! “グランドドラゴン・フォース・ナイト”と同じ、奮戦レベル3のレギオンを手札に加えます!」
巨漢の騎士が、今度はドラグリエを庇って立つ。
パワーは騎士の方が低い。盾を構えた突撃を、飛来したヘイローがへし折り、騎士のみぞおちを抉って爆散させた。
爆煙を貫いた“
大きく宙返りをした車輪は鍵玻璃のステージに立ち戻り、そのまま再度突撃してきた。ドラグリエめがけて!
「まさか、連続攻撃できるレギオン!?」
「正解。誓願成就、“
これにより、
“手を繋いでスイングバイ”でパワーを上げて相手を破壊し、“
可愛らしい見た目にそぐわぬ、超攻撃的なエース級レギオン。
―――パワー勝負をしても埒が明かない。ですがその戦略には欠点もある!
流鯉は眦を鋭くし、覚悟を決めた。
ドラグリエを捨てる覚悟を。
「その攻撃は通しますわ!」
意を決した
旗を捨て、交叉した両腕で双子の回転を防ぐドラグリエ。しかし踏ん張り切れず、もろともにランドマークタワーに突っ込み、大爆発を引き起こした。
流鯉:ハザードカウンター16→17
からん、と投げ捨てられた戦旗が
背後のランドマークタワーは大穴を開けられて、軋みを上げて傾き始める。バラバラと落ちた破片が、空中要塞の前方へと吸われていった。
相手のエースを倒した
「これで“竜冠祭”のスキルも使えなくなる。終わりよ」
「いいえ、まだ終わりませんわ」
すると、彼女の足元に投げ捨てられていた戦旗がゆっくりと立ち上がった。
レリックカード、“竜姫の御旗”。ドラグリエとともに現れたそれをつかみ、高く掲げながら宣言する。
「“竜姫の御旗”のスキル発動! これを破棄してドラグリエを復活させます!」
「!」
戦旗がたちまち燃え上がり、黄金色の炎のゲートを作り出す。
それをかき分け飛び出してくる、“竜導姫ドラグリエ”。燃え尽き、失われた旗に代わって、腰に帯びた剣を抜く。
何か隠していると思ったが、復活とは。
「良かったの? スキルは無くなったみたいだけど」
「失ったのなら、また手に入れれば良いだけですわ。難しいことではありません」
「……難しいことではない、か」
羨ましかった。そうやって言える能天気さが。
胸の内に響く号砲が、羨望を噛み砕く。どす黒い煙が体の内側を満たす感覚。
鍵玻璃は歯噛みをしてドラグリエに攻撃を命じる。
「アカマル! あのお姫様を噛み砕け!」
徐々に加速し、輝きを増し、レーザービームのようになった子狼が一直線にドラグリエをめがけて突撃を敢行。
“幼天狼アカマル”:パワー3500
“竜導姫ドラグリエ”:パワー3000
ドラグリエは両手で剣を構え、身構える。しかしスキルを全て失った今、彼女に対抗する手段は残っていない。
しかしそんな姫を守るべく、先の騎士よりさらに一回り巨躯が盾で庇った。
それは
「“グランドドラゴン・フォース・ジェネラル”のスキル発動! バトルを肩代わりさせます!」
「さっき手札に加えたカードね。いい加減、しつこいのよ!」
ギチギチと競り合う盾と狼。そのパワーは全くの互角。
つまり相打ちによりアカマルは破壊され、鍵玻璃は負ける。
鍵玻璃は歯噛みをし、残していたカードを切った。
「誓願成就、“手を繋いでスイングバイ”! アカマルをパワーアップして“
互角だったパワーがアカマル優勢へと傾く。巨大化する光弾となった狼を、しかし巨人の将軍は地を揺るがすような咆哮とともに弾き返した。
くるくると回転しながら、
「“グランドドラゴン・フォース・ジェネラル”は肩代わりしたバトルでは破壊されません! そしてあなたは全勢力で以って、このレギオンを攻撃せねばなりません!」
―――これで、今度こそ詰みです!
手札には“健やかなる成長”。これを“グランドドラゴン・フォース・ジェネラル”に使えば、もう1度バトルでの破壊を免れる。
攻撃できる
アステラ=メモリアの攻撃を防ぎ、ポラリスを返り討ちにする。これで鍵玻璃のハザードカウンターは20となり、ゲームセットだ。
流鯉は熱っぽく息を吐きながら、汗で濡れぼそった前髪をかき上げる。
「少々、驚かされました。まさか2回以上の攻撃が可能なレギオンなんて。ですが、“
佇む姿に、力みは感じられなかった。敗北を察し、虚脱してしまったか。
「おわかりでしょう? わたくしの勝ちです。序盤の投げやりなプレイがなければ、わたくしが負けていたかもしれませんわね。本当に、勿体ない……」
「それで? なに勝った気でいるの?」
「……え?」
目を丸くして問い返す。
すると
一瞬で周囲が燎原の火に包まれたかのような錯覚に、
鍵玻璃は濁った銀色の瞳に獰猛な狂気をまとわせ、レギオンに命じた。
「アステラ=メモリア! “グランドドラゴン・フォース・ジェネラル”を攻撃!」
「―――!」
球状物質を周囲に生み出し、一回転して手を振り下ろす。謎めいた球状の物体は、一斉にジェネラルへと降り注いだ。
“
“グランドドラゴン・フォース・ジェネラル”:パワー3500
ジェネラルは大盾で球状物質を受け止める。名状しがたい奇妙なノイズが周囲に広がり、盾がまるで紙のように潰され始めた。
「誓願成就、“健やかなる成長”! “グランドドラゴン・フォース・ジェネラル”を1度破壊から守ります!」
ジェネラルは足場がひび割れるほどに踏ん張りを利かせ、タワーシールドごと球状物質を圧し飛ばした。
盾は空中でぐちゃぐちゃに丸められ、ビッグバンのように弾け飛ぶ。
暴力的な眩しさを浴びた
「セオリー。あんた、さっきそんなこと言ってたわよね。思わぬ反撃を防ぐため、パワーの高いレギオンから攻撃させる……」
「っ、それがどうしたと!」
「あんたはセオリー通りにプレイして、裏目を引いた。でも、私は違う。セオリー通りにプレイして、あんたに最後の手札を切らせた。この勝負、私の勝ちよ!」
疑問の声を投げるより早く、追撃が宣言された。
「ポラリス、“グランドドラゴン・フォース・ジェネラル”を攻撃!」
大きな木槌を持った少女が跳んだ。星明かりを木槌に集め、盾を失くしたジェネラルに殴りかかる。
“クラフトアプレンティス・ポラリス”:パワー3500
“グランドドラゴン・フォース・ジェネラル”:パワー3500
互いのパワーは、互角。
「ばかな!? それで何ができると―――……はっ!?」
“クラフトアプレンティス・ポラリス”。入学式でいの一番に披露された
その先で手に入る、誓願カードのことも。
答え合わせをするように、
「誓願成就、“煌めく服飾”! ポラリスのパワーを+1000する!」
ポラリスの体が白銀に輝き、美しくも洗練された作業着へと姿を変える。
木槌は金属装飾の付いた鉄槌に。噴水のように銀の光を放つハンマーに押され、ポラリスは反撃の鉄拳を回避、ジェネラルの横面を殴り飛ばした。
巨人の騎士が仰向けに倒れ、爆発する。
切り札級レギオンに気を取られ、見落とすなんて。
気を見るに敏。
「誓願成就、“
「“
「そして第2のスキル。このレギオンが攻撃した回数の半分だけ、相手のハザードカウンターを増やす。ここまでで2回、そしてあんたのレギオンを一層して計6回!」
「わたくしのハザードカウンターは18。3ダメージ追加で21……ふっ」
もはや、防ぐ手段は残っていない。
双子の姉妹は手を繋いで回転し、光の輪から巨大な光の竜巻へと変化する。
すべてを飲み込み、打ち砕く輝きの嵐に。
「“
流鯉はやや脱力しながら、この至高のゲームに思いを馳せた。
エデンズは、ブリンガーの心を映し取る鏡。カードも戦略も、そこから作られる。
ならば、鍵玻璃のデッキを形作ったのは、一体どんな想いだろう。何が彼女を、ここまで強くしたのだろう。それほどの強い心があって、何を恐れているのだろう。
―――あなたの心に触れればわかるでしょうか。
―――お父様に会いたい理由も、そこに繋がっているのですか?
―――すべてを知れば、わたくしももっと強くなれるのでしょうか?
「ならば……今回は甘んじて負けを受け入れます。あなたに学び、いつか必ず……」
あなたに勝つ。
決意を胸に、
不可思議な色彩の中を征く空中要塞が、竜巻に背中を貫かれ、内側から引き裂かれていく。
中心を射抜かれた空中要塞は内側から爆発四散。アステラ=メモリアによって引きずり込まれた不可思議な色彩の中を押し流されながら、バラバラに四散していった。