第〇五話 アルマトゥーラ 〇一

「……シルバーライトニング配置につきました」


『はい、今回はこの街に潜伏しているヴィランを捕縛するのが仕事です』

 今私は東京都の北部最大の繁華街……大勢の人が行き交う交差点に立っており、じっと行き交う人へと目を凝らしている。

 この街は東京からさらに北、埼玉の方向へと向かうハブ駅として使われていてかなりの賑わいを見せている……もちろん夜だということもあって酔客もいるし、学生やサラリーマンなども多く仕事でなければ買い物でもしたいんだけどな、と思ったりもしている。

 クラブ・エスパーダの事務所はここから電車に乗って一駅の場所にあり、場所が近いということで急遽私が駆り出された格好だ。

 大きなビルや百貨店が立ち並び駅前のロータリーには数多くのタクシーが車列を作っていて、まだ時間がそれほど遅くないということもあって喧騒が耳に伝わってくる。

「仕事か……美味しいスイーツの店あるんですよねえ……」


『それは仕事の後に……まあ遅いから明日にしたらどうです?』


「そりゃもちろん……こんな格好では入れませんし」

 今私がいる場所が繁華街、つまり周りにすごい量の人がいる場所なのでヒーローに支給されている戦闘服コンバットスーツを着用した私はめちゃくちゃ目立っている。

 シルバーライトニングというヒーローに認定された私は専用の戦闘服コンバットスーツを着用しているのだけど、これがまた……水着ですか? と言いたくなるくらいピッタリとした衣服だ。

 だがこの戦闘服コンバットスーツ、防御能力は折り紙付きでナイフなどを刺されても貫通しないし、衝撃なども一部吸収できる新素材でできていて、これのおかげで命を拾う人もいるのだとか。

 だけど……女性ヒーローあるあるだけど、体型にピッタリフィットした戦闘服コンバットスーツのため、私の体のラインがバッチリ出てしまっており、これを着て人前に出るというのは最初ものすごい抵抗感を感じていた。

「お、シルバーなんちゃらだ」


「今度はゴミ山に突っ込むなよ〜」


「……はいはい、いい気分のうちに家にお帰りくださいね」


「なんだテメー、応援しねーぞ!」


「愛想よく笑えよ、馬鹿野郎〜!」

 クソ目立つ外見の私に声をかけてくる酔客なんかもいるんだけど、私は適当にあしらってあっち行けと手振りで追い返すと、酔っ払ったサラリーマンは悪態をついてその場を離れていく。

 スキルの存在が公になりヒーローが生まれた現代、ヒーロー活動は警察による取り締まりなどに影響を受けないように法律で規制されており、多少物を壊したりしてもお咎めがあるわけではない。

 そもそもスキルの恩恵は凄まじくヒーローによってはビルを丸々一棟崩壊させたりすることも容易にできてしまう……それ故に能力を悪用するヴィランは社会悪となっており、ヒーローによる取り締まりが行われなければこの日本という国はあっという間に崩壊してしまうだろう。

 とはいえ今のところヴィランの活動は大きな事件となることは少なく、治安維持活動はちゃんと機能しているので、あんな酔っ払いなんかでも平和に暮らせているんだけど。

「応援ねえ……どーせSNSとかでファンサービスが悪いとかの文句書くだけでしょ」


『はい、暗くならない! 任務を考えて〜』


「……はい、そうですね」

 情報サイトとかのランキングで限りなく最下位に近い私は不人気と言っても良い……正直いうならもうこんな仕事辞めてしまって、会社員とかでお茶汲みしたいくらいなんだけど。

 そんなことを考えつつ、じっとその辺りを行き交う人たちをじっと見つめていると……見つけた! 私の感覚にスキルを持った男性があたりを気にしながら人混みに紛れているのを感じ取る。

 スキル持ちの人間……つまりヒーローはお互いにスキルを持っていることを知覚できるという特殊な能力が存在している。

 つまりヒーローとヴィランはある一定の距離にまで近づくとお互いがそこに存在していることに気がつけるのだ。

 稀に一般人にスキル持ちが混じっていることがあるけどそれは超レアケースなので、今回はおそらくヴィランなのだろう。

「……それっぽいの見つけました」


『向こうも気がついたんじゃない?』


「多分……その場から急いで離れようとしています」

 人混みの中にヴィランらしき男性の姿が……年齢は三〇代だろうか? 少しやつれた印象だが、目立たないような衣服を身に纏っている。

 一般人に扮しているとはいえ、相手はヴィラン……どういう能力を持っているのかわからないため、私はゆっくりとその男性の方向へと歩き出す。

 これだけ一般人が多い場所では私の能力は非常に使いにくい……超加速するとその進行方向にいる物体を跳ね飛ばしてしまうため、もし進路に一般人がいた場合は車に跳ね飛ばされるくらいの衝撃を与えてしまう。

 過去にこの能力を得たヒーローは自由自在に人混みを避けながら走れたらしいけど、私はその能力まで至っていない……可能な限り直線的にかつ障害物がない場所まで相手を追い込むしかスキルを使用できないのだ。


「……焦るな……焦るな……」

 私がゆっくりと追跡を開始したことに気がついたのか、ヴィランと思しき男性は人混みをかき分けながら、裏路地の方向へと移動していく。

 この街の裏路地は危険地帯だ……一般人はそうそう入ってこないし、裏社会に属するギャングやヴィラン達の溜まり場であり、さまざまな犯罪が行われている場所でもある。

 日本という国が安全だった時代はヒーローやヴィランが生まれたことによって変わってしまった、だがそれでも裏路地などの危険地帯へと赴かなければ、安全に生活できる。

 男性が私との距離を測りつつ裏路地へと逃げ込んでいくのを見て私は一気に駆け出す……戦闘服コンバットスーツを着用した私を見た一般人は慌てて道を開けてくれたため、私は男性が逃げ込んだ裏路地へと足を踏み入れる。

「……ひどい匂い……」


 裏路地とはいえ、そこには店もあるしネオンが光っている……一見繁華街の一部にも見える場所ではあるが、そこに流れる空気感が全く違う。

 一般人はこの場所にあえて足を踏み入れることはない……本能的にそこが危険だとわかっている体。

 じっと路地の奥へと目をこらすと、そこに一人の男が立っているのがわかる……先ほど表通りから逃げ出した男性……不気味な雰囲気を醸し出しつつ、彼はゆっくりとその場から振り返った。

 三〇代中頃……背は高く筋肉質だが着痩せするのか腕の太や首筋の太さから考えると少し細身に感じるのが奇妙だ。

 紅の瞳には憎々し気にこちらを見る怒りのような光が満ちている気がする……男は私を見ると吐き捨てるように言い放った。

「このクソヒーローが……」


「えーと、ヴィラン抑止法第二二条に基づいて捕縛します!」


「やれるもんならやってみろよ、知ってるぜゴミの山に突っ込んだポンコツヒーローさんよ」

 ヴィランはそれまで羽織っていた上着を脱ぎ捨てる……赤黒い肉体、そしてその肉体は丸で金属のような光沢を放っていて、明らかになんらかのスキルを使用しているのがわかる。

 ミシミシという音を立てながら筋肉が膨れ上がり、ヴィランは一気に私へと向かって飛びかかる……まるで防御などお構いなし、野生の猛獣が飛びかかってくるかのような行動に私は咄嗟に後ろに向かって大きく飛んだ。

 ゴオオンッ! という鈍い音と共にそれまで私がいた場所、アスファルトにヒビを入れて着地したヴィランは口元を歪めると再び私に向かって突進を開始する。


「覚えておけ、俺はアルマトゥーラ! ここでお前の息の根を止めて裏社会に俺がいることを喧伝してやるっ!」