メイの思わぬ発言に俺が固まっていると、メイの隣に座ったミコトさんが驚いた顔を彼女に向ける。
「メイさんってこの街に店を持っていたんですか?」
「ああ。辺境の村に店を持つまではこっちで店を開いてたからな。冷やかしやギルド勧誘しようとする連中が押しかけてきて、本当に買いたいと思って来てくれる人に迷惑がかかるし、私も作業に集中できないから、向こうに移転したんだ」
「そういえば、プレイヤー店舗の一等地に空き店舗が一つありましたけど、あれってもしかして……」
「ああ、それだ。プレイヤーで店を購入したのは、このサーバーでは私が2番目だったから立地はいいぞ。1番目は複数の職人での共同購入だったから、個人で購入したのなら私が1番目だったけどな」
なんというブルジョワ……。
同じ職人でありながら、ここまで差がつくのか……。
屈辱と羨ましさを感じたが、すぐに俺は先程のメイの言葉を思い出していた。
「メイ、確か『店を使わないか?』って言ったよな? そんな良い場所にある店を、俺に使わせてくれるのか?」
「まぁ、空き店舗にしておいても仕方ないからな」
なんという幸運!
俺にはメイの姿が女神に見えてきた。
だけど、ミコトさんが不思議そうな顔で口を挟んでくる。
「……でも、メイさん、あの店ならほかに売ってくれって言う人がいくらでもいんじゃないですか?」
「そりゃな。この前も1億で売ってくれと言われたところだ。まぁ、金には困ってないからすぐに断ったけどな」
1億……。その額を聞いて頭が痛くなってきた。そんな金、あと10年プレイしても俺には貯められる気がしない。場所の使用料を払えと言われても、払える気がしない。
「……メイ、ちなみに賃貸料はいくらくらいを考えてる? かなりまけてもらえると助かるんだけど……」
「はぁ? 誰が貸すと言ったんだよ」
メイが口を尖らせ、怒ったような視線を向けてきた。
ちょっと待ってくれ、なんだよその反応は! さっき確かに「店を使わないか?」って言ったじゃないか! 俺の耳はちゃんと聞いていたぞ!
だが、俺が何か言い返す前に、メイは更に驚きの言葉を発してきた。
「ショウに売ってやるよ。所有権もショウに変更したほうがいいだろうしな。値段はもとの購入金額の1千万で構わない」
「――――!?」
それは破格の条件だった。当初1千万で買えた店が、今や1億で買いたいという人がいるほとの価値がついている。プレイヤーの所持金は以前より格段に増えており、過去の1千万と今の1千万とではもはや価値が違う。
それなのにメイは、俺に1千万ゴールドで売ると言ってくれている。9千万ゴールドもみすみす損をするというのに。
こんな好条件で店を持つ機会なんて、俺にはもう二度と訪れないだろう。
でも、悲しいかな、俺は二つ返事でこの申し出を受けることができなかった。
「……ごめん、メイ。今の俺は1千万も持ってないんだ」
俺はまだ店舗購入資金を貯めている最中で、当初の店舗の販売額1千万の半分にも届いていない。これほどの機会を得られることは奇跡に近いが、俺にはその奇跡を掴む資格にさえ達していなかった。
「そんなしょげた顔するなよ。ショウに金がないことはわかってる。その1千万、私が貸してやるよ。今からショウは私に借金1千万な」
メイはとんでもないことをさらっと言いながら、トレードを申し込んできた。
俺がよくわからないまま申し込みを承諾すると、店の権利書という名のアイテムがトレードボックスに入れられ、あれよあれよという間に俺は店の権利書を手に入れてしまった。
「その権利書を持って店に行けば、店の奥で所有者登録の変更ができる。それをショウに変更すれば、外装も内装も自由に変えられるぞ。多少の金は必要だが、それくらいはなんとかできるだろ? あと、借金の返済期限は特になしだ。返せる時に返してくれればいい。……ただし、借金がある間は私をギルドから追放するのは禁止だ。いいな?」
「……いいのか? そんな条件で? それじゃあまるでギルドにいる間は金を返さなくてもいいようなものじゃないか」
「うっ……」
なぜかメイの顔が急に赤くなり、そっぽを向いた。
「メイさんって、なかなか素直じゃないですよね~」
ミコトさんがにやけながらメイを見ているが、彼女の表情と言葉の意味が俺にはイマイチつかめなかった。
それでも、とにもかくにも、俺は一等地に念願だった自分の店を手に入れてしまった。
友達ができて、ギルドが作れただけでなく、店までって……幸運が重なりすぎて、これは長い夢を見ているのではないかとさえ思えてしまう。
「ミコト、うるさいぞ。……それより、ショウ、せっかく売ってやった店なんだから、有効活用してくれよ。明日からはそっちの店に行けばいいよな?」
「プレッシャーを感じるけど……わかった。明日までには準備を整えておくよ」
「期待してるぞ」
「いよいよショウも店持ちか」
「新しいギルドの集合場所になりますね!」
俺だけでなく、みんなの顔も輝いていた。皆の期待が伝わってきて、俺もますますやる気が湧いてくる。
皆が店を出た後、俺はプレイヤー店舗のエリアに向かい、一等地にある空き店舗で所有者登録を済ませ、その店を正式に自分のものとした。
内装や外観は金をかければかなり自分好みに変更できるようだが、メイに借金をしている身としては、あまり派手に金を使うわけにもいかず、比較的安価で変更できる選択肢の中から、明るめの木製の店内デザインを選んだ。三ッ星レストランというイメージからは遠いかもしれないが、大衆食堂のような雰囲気の方が俺は落ち着く。
外観も同様に木のデザインで、「三つ星食堂」の看板を大きく掲げた。
ここは俺の店であると同時に、俺達のギルドの拠点になってくれるに違いない。
「……全部、みんなと出会えたからだよ」
今まで、俺は人との出会いに恵まれたと思ったことはなかった。
だが、このゲームを始めてからは違う。
俺は人に恵まれた――今なら誇りを持ってそう思えた。