第21話 鍛冶師クエスト

 メイの鍛冶師専用クエストに協力することになった俺達は、まず彼女からクエストの詳細な説明を受けた。


 このクエストは、以前メイがほかの鍛冶師専用クエストで助けた村から、再び協力を求められたものだという。

 前のクエストでは、村の農具を修繕する依頼が発端となり、そこにイナゴの襲来や村の中での盗難事件が複雑に絡み合う、一筋縄ではいかない謎解き要素が含まれていたという。戦闘は一切なく、頭を使って問題を解決したり、村人との交渉をしたりと、なかなか厄介なうえに、知恵を試される面白い内容だったらしい。その話を聞いて、正直、俺もやってみたかったと思ったほどだ。

 それはともかく、メイが詰まっている問題のクエストだが、こちらは一転して戦闘が必要となる危険なものだった。

 村の近くの山に棲むヌシが目覚め、「ヒ ヲ ササゲヨ」という謎めいた要求を村人に突きつけてきたらしい。

 しかし、村人達はその意味がわからず、放置していたところ、次第に家畜が襲われるようになってしまった。このままでは村人の身にも危険が及ぶかもしれないということで、以前に村を救ってくれたメイに再び助けを求めてきたというわけだ。


「ヌシとは戦ってみたんですか?」


 俺はメイに素直な疑問をぶつけた。


「ああ。白くて大きな狼だったよ。『ヒ ヲ ササゲヨ』と言うから、火属性攻撃が弱点かと思って、サブ職業を黒魔導士にして挑んでみたんだが、所詮こっちは鍛冶師だ。ヌシの体力をたいして減らせないまま、こっちの体力を大幅に削られて、何とか逃げ帰ってきた」


 メイは苦笑いを浮かべた。

 俺達は今、彼女の店で作戦会議を開いている。

 今回の問題の村は、この辺境の村とは異なる場所にあるが、戦いになる以上、事前にしっかりとした準備が必要だ。クエストの受注者であるメイからしっかり話を聞いておかねば、勝てる戦いも勝てなくなる。


「ヌシの攻撃方法は?」


 俺はさらに尋ねた。


「噛みつきやひっかきといった単体物理攻撃だけだったが、体力が減れば違う攻撃をしてくる可能性はある。私は2割も削れなかったからな」

「火属性攻撃は有効でしたか?」

「それは私も気になって、逃げ帰った後も何度か試してみたんだが、ほかの属性攻撃でもダメージは大差なかった。火属性が弱点というわけではないのかもしれない」

「でも、『ヒ ヲ ササゲヨ』って普通に考えれば、『火を捧げよ』ってことですよね? 弱点ではなくても、一定以上の火属性攻撃を与えれば、何かしらのイベントが発生するかもしれませんね」

「その可能性はあるかもしれない。けど、私一人では体力が持たなくて、そこまで検証できなかった」

「じゃあ、試してみる価値はありそうですね」


 俺はそう言って、手をパチンと合わせて気合を入れた。

 メイ一人では限界があったことも、俺達がいれば試せるチャンスが広がる。

 トライアンドエラー、それこそがゲームの醍醐味の一つだ。

 メイによると、ネット上にはまだこのクエストの攻略情報は載っていないらしい。まだ誰もクリアしていないのか、クリアした人が少数で、その中にネットに情報を公開するような人がいないのか。いずれにせよ、このクエストは俺達自身の力でクリアするしかない。


「……ところで、ショウはどうしてさっきからずっと敬語になっているんだ?」

「え?」


 気づけばクマサンが不思議そうな顔で俺を見ていた。

 そういえば、メイ相手に話している間中ずっと敬語になっていた。

 ミコトが敬語で話すのは普段からそうだから不自然じゃないが、クマサンにしてみれば、いつもと違う俺の話し方がどうにも気になったようだ。


「ん? 普段からそういう話し方をするタイプかと思ってたが、違うのか?」


 メイの切れ長の瞳が俺に向けられる。


「普段はもっと気さくだな」


 悪気はないのだろうが、クマサンが素直に答えている。


「私の噂でも聞いて身構えているのか?」

「いえ、そういうわけでは……」


 実際、半分はその通りなんだが、さすがに本人を目の前にしてそうだとは言うわけにはいかない。


「隠さなくてもいい。自分でも自分のことを偏屈な奴だと思ってるからな。……けど、今のあんた達は私に協力してくれる立場だ。余計な気は遣わなくていい。その方がこっちも気楽だ」


 メイは、確かに少し変わった人かもしれない。可愛い女の子の外見に反して、言葉遣いはちょっと年寄りじみていてギャップがある。でも、話しているうちに、彼女が悪い人ではないことはわかってきていた。


「そうですか――いや、そっか。わかった。俺も余計な気は遣わないことにするよ。だから、メイさんも俺達には余計な気は遣わないでくれ。一緒に戦うのなら、そういうのはきっと邪魔になるから」

「わかった。そうさせてもらう。あと、私のことは『さん』付けしなくていい、メイで十分だ。私もそうするから」

「了解」


 俺とメイはお互いに頷き合った。


「それじゃあ、改めて作戦を整理しようか。まずは正攻法で戦ってみよう。クマサンがタンクで、ミコトさんがヒーラー、そして俺がアタッカーだ」

「アタッカー? ショウは料理人だろ?」


 メイは不思議そうな顔をしていた。

 何も知らない人なら、当然そういう反応になるだろう。

 今回の敵であるヌシの姿は狼だと聞いている。これまでのスキル検証から考えれば、それなら俺の料理人スキルが有効なはずだ。ネームドモンスター相手でも有効だったのなら、イベントモンスター相手でも問題ないはず。


「料理人だからこそ大丈夫だ」

「――――?」


 自信を持って答える俺に、メイは首をかしげる。

 こればっかりは、言葉で説明するより実際に見せたほうが早いだろう。


「メイさんにはどうしてもらいますか?」


 ミコトさんの質問に、俺はしばし考えてから口を開く。


「火属性の攻撃に何かしら意味があるかもしれないから、サブ職業を黒魔導士にして火属性魔法を使ってもらおう。遠距離攻撃なら、範囲攻撃をされても大きな影響は受けないだろうし」

「それは構わないが、火属性攻撃は魔法のスクロールで行い、ほかのサブ職業で回復支援をすることもできるぞ?」


 魔法のスクロールは、魔法系スキルを持たない職業でも魔法攻撃ができるアイテムだ。SP消費もなく、職業に関係なく高威力のダメージを与えられるという、かなり強力なものだ。しかし、それは値段が張る使い捨てアイテムでもあった。金の力でダメージを出しているとようなもので、正直、金にあまり余裕のない俺達3人からは縁遠い戦い方だった。


「いや、さすがにそれはもったいない。メイだって、さすがに戦闘中に魔法のスクロールを使いまくるのは無理だろ?」

「なぜだ? 魔法のスクロールは店売りのアイテムだぞ? いくらでも買えるじゃないか?」

「…………」

「…………」

「…………」


 俺、クマサン、そしてミコトさんは一様に言葉を失い、メイを見つめる。


「ん? どうしたんだ、三人とも?」


 やばい!

 この人、超ブルジョワだ!

 今の発言は、山ほど魔法のスクロールを買っても影響がないくらいの財力を持った人にしかできないものだ。

 鍛冶師ってそんなに儲かるのか……。

 料理人には想像できない世界だった。トップ鍛冶師、恐るべし!


「……メイ、普通のプレイヤーはそんなに魔法のスクロールを買えるほどの金を持ってないんだよ!」

「そうですよ!」

「……金持ち自慢とは、おとなげないぞ」


 俺の叫びにミコトさんが同調し、クマサンまでもが追撃を加えた。


「そ、そうなのか……すまない。必要ならあんた達の分のスクロールも用意するが……」


 くそっ、マウントを取るためでなく、悪意なしに気遣いで言ってくれているのがわかるだけに、余計に貧富の差を感じさせられる。


「とりあえず、まずは普通に戦ってみよう。そのまま倒せるのなら、それに越したことはない。もし、倒せず窮地になるようなら、迷わず撤退だ。ヌシからの離脱は簡単なんだよな?」

「ああ。ヌシは一定範囲内までしか動けない。少し逃げただけで戦闘状態は解除される。もっとも、それと同時にヌシの体力は全快するから、戦闘と離脱を繰り返して体力を削る戦術は使えないけどな」


 メイは経験者だからこの情報はありがたい。

 やばくなったら一旦退いて再挑戦できるというのは心強いし、敵の体力が全快するのなら無理に粘って戦い続ける必要がない。これで、撤退の判断もスムーズに行えるだろう。


「正攻法が通用しないなら次の作戦だ。全員サブ職業を黒魔導士にして、とにかく火属性攻撃を叩き込む。一定以上の火属性ダメージが何かの条件になっているのなら、それで検証できるはずだ」

「その時は、火属性魔法のスクロールをあんた達にも渡しておくよ。ミコトは回復、クマサンはヘイトを稼ぐのにSPを使うだろうからね」

「わかった。人のお金とはいえもったいから使いづらいけど、その時はもらっておくよ」


 こうして俺達は戦いの前の打ち合わせを終え、メイとともにイベントの舞台となる村へと向かった。