1

 俺の家、真田家には代々続く「見張り番」というシステムがある。大昔に捕らえた蛇神を、祀ると同時に封印しているのだという。十五を超えた人間にその役目がまわってくるので、今日からは俺が担当する。

「信、これがオスワサマ。大切にしてね」

 そう母親に言われ手渡されたのは、掌サイズの箱。本当にオスワサマはこの中に鎮座しているのだろうか。開くのは躊躇してしまう。なんせ、封印を解くということだから。

「わかった。大切にする」

 俺は自室に戻ると、鍵付きの引き出しに箱を入れた。現代になってまでそんな風習に付き合っていられない。この引き出しに入れておけば、盗む奴も居ないだろう。オスワサマが自分で封印を解けない以上、これが最善策だ。それにしても、見張り番なんて嫌な役目だ。何かあったら、真っ先に俺に責任が降りかかる。十五が背負うには大役すぎるだろう。

出かける準備をして、家を出る。今日は、幼馴染兼恋人である武田桃華との初デートだ。オスワサマに構っていられない。

「いってきます」

「遅くならないようにするのよ」

「わかってる」

 母親の声を背に受けながら、待ち合わせ場所に向かう。桃華はもう着いているだろうか。走っていくと、K駅の温泉モニュメントの前に彼女は既に立っていた。

「相変わらず早いな……」

 息を整えながら桃華に向き直ると、彼女は茶髪がかったウェーブヘアを弄りながら「そうかな?」と言った。

「私は普通に行動してるつもりだけど……。でも、今日が楽しみだったから早く着けたのかも」

 その言葉にドキドキしてしまう程度には、俺の心臓は強くない。

「俺も、今日が楽しみだったよ。じゃあ、行こうか」

 今、俺は彼女をエスコート出来ているだろうか。握った手は柔らかく、すべすべしている。改札を通り駅の中に入ると足湯があり、列車が来るまでの時間をそこで過ごした。

 列車の中では、今日観る映画の話をした。今流行りの恋愛ストーリーは、桃華が「観たい」と誘ってくれたのだ。昔は男勝りだった彼女の成長を垣間見れた気がして、微笑ましい気持ちになったのは内緒だ。映画館の最寄り駅に到着する頃には、俺もその映画に興味をそそられていた。正直誘われた当初は、何の興味もなかったのに。これが恋人の力というものか。

 映画館の最寄り駅は、県下第二の都市なだけあって栄えている。国宝である城目当てに観光客が訪れるため、彼ら向けの商売も盛んだ。しかし、映画館はここから歩いて二十分ほどかかるので、住民には優しくない。しかし、車社会であることを考えれば妥当だとも言える。

歩いている最中、桃華は唐突に「そういえば、オスワサマの見張り番になったんだっけ」と嫌な話題を振ってきた。嫌だという意思表示はせず、「まあな」と流そうとしたのに桃華は食いついてきた。

「オスワサマってどんな姿なの?」

「箱に入ってたから、実物は見てない」

「どんな箱だった?」

「くたびれた箱だった。お札が何枚も貼ってあるような……今度見に来るか?」

「行きたい」

 これでこの話題は終わりだ。映画に集中しよう。大型ショッピングモールの中に入り、映画館の階を目指す。着いた途端、ポップコーンの匂いが鼻を刺激した。

「飲み物とか、買うか」

「そうだね」

 俺はコーラ、桃華はピーチティーを注文し、席に着く。映画のあらすじは桃華から聞かされていたので、俳優の演技でも観よう。俺は映画を楽しむ能力があまりないのかもしれない。

 劇場が真っ暗になると、桃華はさりげなく俺の腕を掴んできた。その仕草にドキドキしながらも、今ここが真っ暗で良かったと安堵してしまう自分も居る。今、俺の顔は絶対に赤いから。

 映画が始まると、存外俳優の演技が上手く見入ってしまった。ふと横を見ると、桃華は目を輝かせている。きっと、今日という日を楽しみにしていたのだろう。田舎はただでさえ娯楽が少ないから。俺たちの住んでいる場所を田舎と定義したら、山奥の人からお𠮟りを受けるかもしれないが。