聖都の統治者たる竜神官たちは現体制を維持するため、それを根底からくつがえす存在であるイーリスの排除を目論んでいる。
竜騎兵たちは捜索にかり出され、鉢合わせれば戦闘に突入する非常事態だ。
「極力、戦闘はさけるぞ」
「うん」
目的は襲撃ではなく説得、人死にが出ればそれどころではなくなる。
【催眠魔法】で無力化もできるが、竜神官に会うまでは誰にも見つからないにこしたことはないだろう。
正直、乗り気ではない──。
イーリスがイリーナの件での協力を約束してくれた時点で手を貸すことに不満はないが、説得という手段には懐疑的だ。
話が通じる気がしない。
神官たちの対応は異常だ、雲隠れした相手を国外まで捜索する念の入れようは聞く耳があるようには思えない。
「竜の力も当てにしていいか分からないしな」
気まぐれに巫女を指名した聖竜は神官に受け入れ意思がないことを知ったとたんにだんまり。
ことをかまえる気はさらさらない様子だ。
「本気で止めたければもうなにかされてると思う」
イーリスが言っても聞かないというのもあるが、妨害してこないということは許容範囲ということだろうか。
俺たちの行動が状況を左右しないと思っているか、したとして取るに足らないと考えているか。
「目的地は神殿でいいのか?」
「先生の独断であたしや両親になにかするとは思えない、神官さまを問ただせば全部わかる」
「いや、こんな時間にいるのかってことだ」
夜はとっくにてっぺんを回ってる、兵隊たちはともかく神官たちはさすがに家で寝てるんじゃないか。
「夜はまたべつの儀式中だから、えらい人たちはみんな神殿に集まってるよ」
巫女が竜に舞踏を捧げる昼の儀式のほかに夜の儀式が存在し、それは橋ではなく神殿で行われる。
「タイミングがいいんだな」
おかげで迷わず目的地へ向かえる。
「べつに、ほぼ毎晩おこなわれてるのよ」
この日にたまたま遭遇したのかと思えば、昼の儀式とおなじく日課ということらしい。
「なるほど……」俺は納得した。
イーリスの判断は大胆だが無謀ではない。
神殿はルブレの倉庫とは橋をはさんで反対側、捜索隊は置き去りにしてきたし、いまのタイミングなら統治者と面会がかなう。
成功するかは関係ない、直接行って結果をだしてしまったほうがスッキリする。
できることを全部やってダメならあきらめもつく、いやそうしなければ終われない。
神殿ともなればそれなりに警備がいるだろうが、俺はいま絶好調だ。
「そうと決まれば──!」
「やっぱりやだ! やめよう!」
覚悟を決めて前進をはじめたところで、とつぜんイーリスが俺の腕を引っぱった。
うってかわって神殿行きを拒否しだす。
「なんだ、どうした?!」
ふりかえるとイーリスは切羽詰まった表情ですっかり及び腰になっている。
顔面は真っ赤に紅潮し眼尻には水滴がにじんでいる。
意味が解らない、さっきまであんなにも強気だったじゃないか。
「なにが不安だ、とんでもなく強い敵でもいるのか?」
俺はその異変の原因をとりのぞこうと質問した。
「へっ!? ……ち、違うよ、この都で手におえない相手なんて竜神さま以外にない――」
他にはあのメディティテの力が未知数だが彼女はもう都を去った。
あとはどんな強者だろうが人間が相手なら渡り合える。
「これでも俺は百人を斬り殺して『皆殺し』と恐れられた男だぞ」
竜騎兵だろうが、テオのエルフ部隊だろうが、マウ王国将軍オオトリ・エホマだろうが、打ち勝ってやる。
「――でも、だって……」
イーリスは狼狽している。
俺の質問は見当違いだったようだが、理由を言ってくれなくては分からない。
「事情があるなら強行はしねえよ、もともとおまえの問題だからな。ただ、あきらめるなら今すぐにでも都を出るぜ?」
俺がそう言うとイーリスはその場にストンと座り込んだ。
尻を着かずに膝を抱えてそれに顔を埋めながら、なにかを考えている様子だ。
「…………ンン!」
そして苦しそうに唸った。
なにを躊躇しているのだろう。
会いたくない人物の存在でも思い出したのか、なにかしらの不都合があるみたいだ。
「とにかく決めてくれ、巫女になるのをあきらめて都を去るか、神殿に行かずに巫女を目指せるうまい手段なりをよ」
──俺には思いつかん。
しばしイーリスの返答を待つ、心理的には長く感じたが実時間は数分ていどだろう。
「いく!」
イーリスはあらためて神殿行きを決断した。
「いいのか?」
「うん、途中でやめたら絶対に後悔する!」
イーリスは立ち上がると今度は俺を置き去りにしてグイグイと進んで行く。
浮き沈みの激しいやつだ。
俺はそれを追いかけながらここまでの道中、数度目のキャンプの夜を思い出していた。
ついさっきまで気にもとめず忘れ去っていた彼女のある告白のことをだ──。
住宅地を抜けた見晴らしのいい場所に宮殿と見まごうような煌びやかな神殿があった。
皇国で城だの大聖堂だかを見てはきたが、それは大都市での話。
都とは名ばかりの質素なつくりの民家がならぶなかで、神殿を名乗る施設だけがやたらと豪華だ。
儀式の橋と同じく神聖って扱いなのか。
有事だからか正面口には五人もの兵がたむろしている。
二人は固定の見張りのこりは見回りの報告かなにかだろうか、時間をおけば解散しそうな雰囲気もある。
しかしイーリスに身を隠す様子はない、俺もそれに付きしたがう。
忍び込むでも変装するでもない、警戒態勢をとる兵士のまえに姿をさらし堂々と仁王立ちする。
「神官さまに話があるわ、通してちょうだい」
いざとなればイーリスが魔法で道をつくるだろうが、俺は五人を手ばやく処理する段取りを脳内でイメージしておく。
兵士はこちらの身元を確認する。
「イーリス・マルルムだな」
ビシリと使えもしない拳法のかまえでイーリスは威嚇する。
「そうよ! どこからでもかかってきなさい!」
とうぜん制圧体制に入るだろうと想像していた兵士たちは無抵抗で左右にわかれると、神殿の入口をさらけ出した。
俺は感心を通り越してなかばあきれた反応をする。
「本当に便利な魔法だな……」
しかしイーリスは否定する。
「ちがう、あたしなにもしてない!」
困惑する俺たちに兵士は「どうぞ」と、入場をうながした。
身元を確認したうえで妨害せずに素通りさせると言うのだ。
「……あ、ありがとう」
イーリスは間抜けな礼を言って入口をくぐる。
なんの抵抗もなくすんなりと神殿内に侵入できた。
「おい、絶対に罠だぜ……!」
無抵抗はより俺たちの不安をかきたてた。
とりあえず思いつくかぎりの理由を列挙してみる。
武力衝突による損害を惜しんで平和的解決を望んでいる。
暗殺をくわだてたのはべつの勢力のしわざで神殿がわは友好的である。
あるいは別勢力のせいをよそおって責任逃れをしようとしている。
単に兵士のやる気が皆無。
等々、俺たちは意見のやり取りをしたが結論はでない。
「あたしたち、二人とも頭つかうタイプじゃないもんね!」
ここまで来たらもう前進するほかに真相を知る術はない。
イーリスは勝手しったる歩調で儀式がおこなわれているという広間へと向かった。
俺は正面の大きな扉をさしてイーリスを振り返る。
「ここか?」
近づくにつれて足取りは重くなっていったように感じられた。
このさきに巫女を選抜する権利をもつ竜神官がいる。
俺が扉に手をかけるとそのうえにイーリスが手を重ねる。
そして大きく深呼吸をした。
「うん、行こう……!」
覚悟を決めたように言って、二人で扉を押し開ける。
そして扉を開いたそのさきには儀式という言葉から想像していたのは、まったく異なる光景が広がっていた。