イリーナとドラグノのあいだに何者かが立ちふさがっている。
アシュハとの国境付近で遭遇したマウ人の部隊、その指揮官らしかったコルセスカ使いの男。
彼については名すら知らず襲撃時には仮面をしていて顔をおがむのもはじめてだが、腕はたしかだ。
武器を無力化したとき
それが場数の差だ。
ドラグノが呼びかける。
「おい、おまえは何者だ!」
判断しかねるが、
武器を回収して俺はイリーナのとなりに駆け寄った。
素通りさせたことからコルセスカの男は助太刀という認識で間違いないようだ。
背後に逃げ込むようにした俺に対し、コルセスカの男が「無様だな」と嘲笑を浴びせる。
それを受けてイリーナは力強く胸を張った。
「異論はない!」
煽り文句は通じない、無様には馴れているし自覚もあるのだ。
屈辱どころか誇らしげな態度のイリーナに槍使いは二の句を失う。
ムキになるからからかわれる、否定しなければ話はそこまでだ。
「一人か、仲間はどうした?」
俺は増援の有無を確認した。
集団行動していた男が一人で登場したことは不可解だし、敵は目のまえの竜騎兵だけではない。
追手が掛かっているこの状況、仲間は多いほうが助かる。
しかし男は質問には答えず舌打ちを返した。
「なにか無礼な態度がありましたか、俺に?!」
かるく抗議したが心底いまいましげな表情をされた、追求はしないほうが良さそうだ。
射殺せそうな眼差しの男に対してイリーナは礼を伝える。
「とにかく助かったよ、ありがとう!」
しかし異様な状況だ。
遭遇時は敵だった正体不明の相手がイリーナを救ったこともそうだが、竜騎兵が巫女の命をおびやかし異国人がそれを守っている。
この状況がなにを意味するのか、なにが正解でなにが間違いなのか混乱はいっそう深まる。
竜騎兵ドラグノは「くそ……」とつぶやき不測の事態に悪態をついた。
激昂し烈火の如きだった勢いはすっかり沈静化している。
弱気になるのは無理もない、謎の人物の乱入により三対一の状況だ。
俺を含めて内二人は戦力外だが、不利を感じているだろう。
斬撃においてはグレイブに分がある、しかし刺突においてはコルセスカが優位。
両手剣の俺が槍に対して初動で不利をこうむったように、ドラグノも勢いまかせに攻め立てるわけにはいかない。
槍同士の対峙は剣のそれよりも間合いがとおい、距離が開けばそれだけ相手の全貌を把握しやすく初動に反応する猶予もながい。
くわえて前方に向けた武器は間合いの物差しだ、出鼻を潰し合って攻め手をつくるのがむずかしい。
同種の武器であるため顕著に実力差がでる。
ドラグノがどう攻め込もうが即座に打ち落とし、反撃をくわえ、どう守ろうが無駄だと翼刃がにらみをきかせる。
背後に仲間が倒れていなければ若い竜騎兵は逃げだしていたかもしれない。
対峙した時点でコルセスカの男は完全に相手をおさえ込み、攻め筋の見えないドラグノに硬直状態を押し付けていた。
「敵の追っ手がそこまで迫っている、ここはまかせて貴様らは行け」
コルセスカの男は背を向けたまま俺たちに撤退をうながした。
倉庫郡を取り囲んだかがり火の数から敵の増援はかなりの大群になることが予測できる。
俺は迷わず従うことにした。
「じゃあ任せるぜ」
この男もドラグノを倒せばすぐに身を隠すだろう。
竜騎兵の水準はかして低くはないが、手の内はだいたい出尽くした。
一方、コルセスカの男は俺が万全の状態でやりあって底の見えない達人だ。
案じて残る意味はない、むしろ俺たちは足手まといだ。
「森に逃げ込めばテオが見つけてくれる」
どうやらあのエルフも健在のようだ。
以前、俺たちを追跡していたように森に入れば魔法で位置を特定可能ってことだろう。
去り際、イリーナはイーリスがテオにしたようにたずねる。
「あんた、名前は?」
コルセスカの男はすこしだけ間をおいて名乗る。
「オオトリ・エホマだ」
謎の人物の輪郭がいくぶん色味を増した、名を知って満足すると俺たちは駆けだす。
後方でドラグノが怒声をあげているが立ちふさがるオオトリを越えることはできないだろう。
俺とイリーナは振り返ることなくその場をあとにした――。
「これからどうする?」
俺はイリーナにたずねた。
行動の指針を決めるのは彼女だ、俺にはなにが起きているのかもさっぱりだし目的がない。
イーリスがひっこんで竜の声が聞こえないイリーナにも到達点は見えていないだろうが、その判断にしたがうつもりだ。
狙われているのは『真なる竜の巫女』イーリスの命──。
敵の目的は聖都スマフラウの現体制を維持すること。
都から出て戻らないのが一番の安全策ではあるが、ほかに選択肢があるなら提示すればいい。
しかし、イリーナの口からは目的とはべつの言葉が漏れている。
「オオトリか、どっかで聞いたような……」
たしかに奴らが何者でなにを目的に行動しているのかは気になる。
森に逃げ込んでテオとの合流を図るにしても知っておきたい。
いや、合流して本人たちに聞くのが手っとりばやいか。
「あっ!」
イリーナがなにか思い当たったように声をあげた。
「そうだ、会議のあとアルフォンスが言ってた、国境の警備隊長を討ち取ったマウ軍の大将がそんな名前じゃなかった?」
「……オードリーって言ってたぞ?」
──オオトリ、オードリー、別人か、聞き違いか?
「あいつほんとテキトーだからな!」
マウ人の兵士であのウデマエ、名のある人物である可能性は高いと思う。
しかし疑問はある。
「そんなお偉いさんが辺境まで出ばってコソコソ斥候みたいなことするか?」
「かなりの奇人だって話だよ」
奇人と名高い彼女が言った。
「どのあたりがよ?」
「戦場ではまるで趣味みたいに一騎打ちを要求してくる危険人物だって」
国境を制圧したならそれなりの大軍を率いる大将だったろう、指揮官の一騎打ちは戦線を崩壊させかねない大博打だ。
奇人というか鬼人というか……。
「アシュハの騎士長クラスが何人もやられてるって」
ヴィレオン将軍やチンコミル将軍あたりの重鎮がやられてるってことは馴れ合っていい相手じゃない。
「明確に敵だな……」
オオトリが本当にその血塗られた将軍なのだとしたら、テオの部隊もふくめてかなりの規模の作戦を遂行中だと予想できる。
「貿易関係にあるスマフラウを相手にマウ軍はなにをするつもりなんだ?」
イリーナが首をひねった。
本当のところは分からないが、聖都スマフラウとマウ王国の関係は良好に見えていた。
しかしオオトリは巫女を庇い、竜騎兵に刃をむけた。
考えたところで正当にたどり着く気がしない。
「森に向かえって言ってたな」
救われた手前もありそうでなくても四面楚歌の状況、味方と情報を得るため合流するのが得策と思えなくもない。
イリーナは迷った素振りもみせずにその方針を却下する。
「いや、当初の予定どおりこのまま聖竜スマフラウに会いに行く」
「マウ軍は無視するのか?」
「助けてくれたからって味方って気がしない、きっとボクらになにかしらの利用価値を見出しているだけさ」
オオトリは「まだ巫女を殺させるわけにはいかない」と、言っていた。
味方ではないにしても即座に命をおびやかすつもりはなさそうだが──
「ボクが思うに奴らの目的は竜の力なんじゃないかな、本物の巫女を確保することで聖都から竜の威光を奪うつもりなんだ」
イリーナは確信めかして言いきった。
竜を奪うほどの大任ならば軍の指揮官が動いていることにも説明がつく、巫女の確保は不可欠だろう。
俺にはなにも思いつかないし、たしかに納得だ──。
「でも大丈夫か? おまえの予想は土壇場まで当たらないってアルフォンスが言ってたぞ?」
「はあっ! けっこう当たりますけど!」
素朴な疑問に対してイリーナは顔面を真っ赤にして抗議した。
「ムキになるってことは図星だな」
やり返してやったとばかりに俺はニヤリとほくそ笑んだ。
「うるさいなっ! けっこう土壇場だろ、もうっ!」
イリーナの推測が当たっているかはともかく聖竜とやらに会うなら、それは今しかないのかもしれない。
マウ軍と合流すればそのあと行動に制限が付かないとはかぎらない里。
朝がくれば竜騎兵たちが本腰を入れて捜索にのりだし、都内の行き来はおろか聖竜スマフラウのいる断崖に近付けるかも分からない。
巫女を殺そうとする聖都の勢力、巫女を利用しようとするマウ王国の勢力。
巫女に命の危機を訴え、都からの脱出をうながす聖竜スマフラウ。
すくなくとも竜だけはすべてを失ってしまったイーリスの味方だ。
「わかった、その聖竜スマフラウに会ってみようぜ」
竜に会えばすべての謎が解ける──。
そう期待して俺たちは都の中心にある儀式の橋へと向って駆けだした。
『竜の巫女は剛腕の吟遊詩人を全否定する・前編』終幕。