俺たちが王都を出発してから十日が経過していた、今日中には目的地にたどり着く算段だ。
道中イーリスの気まぐれに付き合って観光したり、集落をおびやかす山賊団を壊滅させて観光したり、魔獣キマイラを退治して観光したり。
観光をしたりした。
結果、到着予定を超過してしまっており、しばらく滞在すると言っていた依頼人がすでに出発してしまっている可能性を危惧していた。
巫女イーリスとの会話から察するに『聖竜の都』ではすでに代わりの巫女が立てられていて、彼女の存在が必須という訳ではなさそうだ。
いわゆる彼女は前任の巫女に当たる──。
唯一の皇族だったティアン姫のときとは違いってどれほどの価値が認められるか不安ではあるが、それは依頼主の話を聞かないことには判断がつかない。
──ここのところどうにもスッキリしねえ。
未解決の問題が山積みだ、どうにかして一つずつ片付けてしまいたい。
ほどなく俺たちは謎の一団と遭遇する――。
目的地へ直進しようと森を横断していると、武装したグループが俺たちの前に立ちはだかった。
全員がフードと覆面で顔を隠していて、そういう文化圏の人間か隠密行動中であることがうかがえる。
お互いに存在を把握し接触するまでに百メートル以上があった。
──友好的な相手じゃないな。
取り囲もうとする動きからは敵意が感じられる。
急な突進や回り込みは逃走を誘うとの判断か、ゆっくりと距離を詰めて来る相手にこちらは同様の速度で距離をとった。
双方無言、睨みを利かせ合う。
「七人……」
見れば分るが、イーリスとの情報共有も兼ねて俺は声に出して数えた。
イーリスは指差しで確認する。
「二、三……」
肝が据わっているのか脅威とみなしていないのか、彼女には危機感がない。
異国の武装であることに注目する。良い装備だ、軽装だが質が良く高級感がある。
追い剥ぎや山賊とは毛色が違う。
統一感から連中が一過性の集まりではなく、なにかしらの部隊であることが想像できた。
──マウ人か?
ここはアシュハとマウの国境ギリギリだ、スパイか密猟者あたりが警備と遭遇する危険を冒して来ているわけだ。
声を張り上げてたずねる。
「俺たちになにか用か?!」
相手は明らかな殺気を放って距離を詰める。
うしろ暗いことのありそうな連中だ、目撃者の口封じという線はあるか。
ふと思い出す。
──まてよ、コイツらがイリーナを襲撃した一味か?
護衛部隊を襲った連中は異国人から金を握らされていたとイバンが言っていた。
かといって、異世界人のイリーナをマウ人が狙う理由は見当もつかない。
女王に対する発言力が大きいという理由から国内の政争に巻き込まれたというのならまだ分かる。
しかし敵国人が女王本人を狙うならともかく、イリーナを標的にする意味が分からない。
「狙いはなんだ、荷物か?! それとも女か?!」
こちらが一方的に語り掛けているだけで相手からの返事はない。
情報を与える必要はないって態度だ。
「どうやら偶然鉢合わせたって様子じゃないな」
気まぐれで決行した山越えのルートを先回りしていることも含めて、どう見ても素人ではない。
「あたしを狙って来たってこと?」
巫女イーリスの言葉で思い当たる。
──そうか、標的は勇者ではなく『竜の巫女』という可能性はあるんじゃないのか?
イリーナやアルフォンスならばその先まで考えるのかもしれないが、これ以上はなにも思いつかない。
「おまえらの狙いは『聖竜の巫女』だな!」
確信を得たりと指を突きつけて叫んだが、反応は何ひとつかえってこない。
「──おいっ!! 俺だけしゃべってて馬鹿みたいだろうがッ!!」
無言で距離を詰めてくる一団に対して俺は不満をぶつけた。
炸裂音──。
直後、俺の一撃でマウ人の一人が宙を舞った。
殴りかかってはいない、問答無用で襲い掛かって来たのを迎え撃っていた。
大股で七歩ほどの距離になった途端、そいつはダッシュをかけて問答無用で剣を突き出してきた。
結果、剣による攻撃を右手で左に払い、がら空きの顔面に左掌底を叩き込むことになった。
スムーズな突撃だ、特別な訓練を積んでいることが伝わってきた。
そういう連中とは相性がいい──。
道具の扱いを理解していない者や怖気づいて縮み上がる相手とは噛み合わないが、迷いのない攻撃とはリズムが噛み合う。
「トロール、あんた馬鹿みたいなんじゃなくてそうなんだよ?」
人ひとりぶっ飛ばしたところでイーリスは動じない。
一人で喋ってて馬鹿みたいだ。を拾ってからかう余裕がある。
「下がってろっ!!」
ちっこい体を俺は背後へと押し退けた。
先発はいまの一撃で昏倒し正面に六人。
波状攻撃、続けて三人がこちらに向けて駆け出した。
木の根や枝が入り組んで傾斜があるにもかかわらず一瞬で肉薄。
かなりの手練れだ、軍の特殊部隊かなにかに違いない。
俺はスタンスを高くかまえると素手で迎え撃つ。
剣を振り上げた相手に踏み込んで密着、振り下ろし途中の手首を右手で掴む。
自由を奪った相手の胴体側面に「ぬんッ!」と左拳で一撃、利き手側の肋骨が数本骨折させた。
間髪入れず双方向から切っ先がせまる。
一方をかわし、もう一方は相手の上腕を外から押していなす。
そして体幹を崩した敵の顔面に右肘を叩き込んだ。
──遠い。
クリーンヒットが見込めないとわかった時点で強引に押し込んだ。
前のめりに倒れかかっていたソイツは頭部を後方に押し込まれて派手に空中で一回転する。
一撃で仕留められなかった敵が追撃できないよう転倒に持ち込んだつもりが、勢いがつきすぎたようだ。
「――うおおッ!?」
残りの一人がはじめて声を発した。
やりすぎは事故を誘発する恐れもあるが、今回は期せずして効果的だった。
目の前で仲間が派手に回転したのに巻き込まれたもう一人、棒立ちの顎に左ストレートを打ち込んだ。
──近い。
物質同士をぶつけ合えば破壊は起きる。
しかし攻撃で発揮される威力には大きな振れ幅があり、最大威力を発揮できるのは一瞬だ。
一連の動作を線として、そのほんの一点に威力は集約する。
その集約点が相手の位置と合致した攻撃が一撃必殺だ。
攻防はその『点』の掴み合い、当たり方が噛み合えば子供の頭突きで大男でも失神する。
いまの左は『点』より近い位置で攻撃が当たっていた。
──もう一撃。
左を当てた相手が体制を整える前にトドメを刺す。
左で調整した距離は右で『点』を掴むのにおあつらえの位置、俺はつかみ損ねた必殺を追撃の右で回収する。
意識を断ち切った手応え──。
今度の攻撃はきっちりクリーンヒット、敵を地面に打ち倒した。
「さて、残り半分きったな」
四人を撃退し残りの三人へと目を向ける。
すると黙っていた敵の一人がようやく口を開いた。
「なぜ武器を使わない!」
語気が強い、素手での応戦に対して舐められていると感じたようだ。
「ちゃんと相手してあげたら?」
イーリスのそれは本気をだせって意味だろうが、それは誤解だ。
「べつに手加減して武器を使わないわけじゃあねえ」
素手で闘っているのはそれが適切だからだ。
それと敵との遭遇に俺は安堵していた。
イリーナを狙っている敵の正体が何者か──。
抱えている問題の一つが解決に近づく、謎を解明してスッキリするためにこっちは積極的に生け捕りを狙ってんだ。
障害物が多く足場も悪い、好んで命を奪いたくもない、それには俺の両手剣はデカすぎる。
「武器をかまえろ!」
しかしどういうわけか相手は執拗に武器の使用を求めてきた。
よく訓練されよく統率がとれている。
そんな連中が任務をないがしろにしてまでプライドを優先していることが腑に落ちない。
──民族性か?
こちらの問い掛けには答えなかった連中だ、応じてやる義理もない。
だが俺は良識人だからコミュニケーションをとってやる。
俺は周囲を指し、殴り倒した四人のうち二人が意識を失い、残り二人も故障を抱え、すぐには立ち上がれない状況を周知させた。
そして返答してやる。
「必要ないだろ?」
俺の両手剣は人間を相手に振るうのに適したサイズではない。
自分を高く売り込むための大型モンスター討伐、それに合わせて作った特注品だからだ。
短剣だろうと弩だろうと扱えるが、どの武器を使うときも俺が自分の腕力を十分に発揮することはなかった。
無駄だし、あまる。
あまった分は力みとして足を引っ張り、威力に還元されることがない。
しかし、この大剣は力に噛み合うのだ。
このドデカイ鋼鉄の板を振り回すときに生じる強大な遠心力が、その他の武器ではもてあます俺の全身の筋力を最大限に活用してくれる。
その一撃は一つ目巨人の脚を切断し、グリフォンの胴を両断する。
コイツのおかげでドラゴンにもやられずに済んだ。
人間相手には過ぎた代物だ。
どんな盾も鋼鉄の鎧も意味を成さない、千切れて飛び散り、直視に耐えないことになる。
「──おまえ達が竜か巨人なら使ってるって!」
ハエを叩くのにフライパンは重いってこと。
しかし相手は引き下がらない。
「ならば必要性と分からせるまで!」
ソイツは仲間たちを制して一人で俺の前へと歩み出た。
どうやらリーダーらしい。
他の連中が片手剣で統一しているのに、一人だけ槍を携えている。
鋭利な両刃の穂先、その根元に翼のような二枚の刃が付いたコルセスカと呼ばれる武器だ。
いま叩きのめした連中も闘技場で上階に上がれるだけの腕前はあった、少なくともこの男がそれ以下ということはなさそうだ。
体格もしっかりしているが俺と比べたら一回りは小さい。
そのうえで俺に本気を出させたいのはこの部隊長の性格ゆえだろうか――。
標的であるイリーナ、もといイーリスが蚊帳の外だ。
まあ良いか。
この中で情報を持っていそうなのがコイツなら、とっ捕まえて話を聞かせてもらうまでだ。
俺はコルセスカの男と対峙し拳を握りしめた。