「よい、しょ、と!」
戦闘開始に備えて勇者がわが妹を池に投げ込んでその存在を隠した。
「ヌメヌメな愚妹がお世話になります」
「いいってことよ、これ以上ヌメりようがないからな」
すでに全身が粘液まみれの少女は胸を張ってそう言った。
私たちの目的はリビングデッド出没の原因調査という建前だが、実家をたずねるだけのことに大規模な戦闘をともなうなどの想定はしていなかった。
しかしこうして立て続けの襲撃、一度目は野盗を装っていたため意にも返さなかったが、たしかに私たちは狙われている。
「国のトップをすげ替えた勇者様を誰が憎んでいても不思議はないですからね、首謀者は想像もつきません」
「なんでだろう、目立つと味方より敵が増えるよね……」
勇者はトホホと項垂れた。
世間の空気は歓迎ムードだが、フォメルスを打倒したことで騎士団は弱体化し利権を失った者も少なくはない、大勢の損をした人間に恨まれているのは確実だ。
「感謝は一瞬で終わりますが、憎悪は果たされるまで続きますから」
「それっておまえの性格が悪いだけなんじゃ……」
普通です普通、感謝は一瞬、憎悪は一生。
地下への扉が開け放たれた音を最後に不自然なほどに気配が消えた、引き返したわけではない、すぐそこに来ているからこその静寂だ。
「はじめまして、どちら様ですか!」
勇者が声を掛けると敵は駆け引きもなく扉を開け放ち、勇壮と姿を現した。
最初の襲撃者たちとは対照的に整った装いをした三人組、鍛え上げられた肉体に統一された装備から正規の部隊であることは一目瞭然だ。
刃を遮断するために鎖を編み上げて作られたチェインメイルは板金鎧よりも機動性に優れている、その上には『聖堂騎士団』の紋章が入った制服を纏っている。
「どうやら、狙われていたのは勇者様ではなく私だったようです……」
追跡者の正体は『聖堂騎士団』神の名のもとに悪を断ずる聖戦士だ。
死霊術師の根絶は『教会』の理念、その尖兵たる聖堂騎士団がわれわれの隠れ家を襲撃するのは自然な流れか。
革命に貢献した恩赦という形でティアン姫の庇護下にいた私を、王宮を出たタイミングで処断しに動いたというわけだ。
――残念、うやむやにはならなかったか。
道中で気取られないため目的地に先回りしたといったところか、聖堂騎士団の三名は殺気をむき出しにしてこちらと対峙した。
彼等は聖騎士の下で隊を構成する教会の忠実な兵隊『修道士』だ、個を捨て教義のしもべと化した彼等はときとして狂戦士にもなる。
勇者は襲撃者に抗議する。
「そっちも仕事なのかもしれないけどさ、ボクたちだって世界の危機を救う任務の最中なんだから邪魔しない――ッ!?」
次の瞬間、修道士が放ったなにかが頭部を直撃して勇者が崩れ落ちた。
「勇者様!?」
それはクサリの先端に鉄のオモリを取り付けた投擲錘だ、投石だって頭蓋骨を割れる、鉄の塊が頭部を直撃したら無事では済まない。
私は地面に倒れる寸前のところで勇者を抱え上げ容体を確認する、意識を失っているが傷は深くなさそうだ。
敵の攻撃に反応したニケが神がかりな反射神経で鎖に大剣を絡め、鉄塊が勇者の頭蓋を打ち砕くの防いでいなかったら、脳味噌が床に散らばっているところだ。
「一人一殺どころか一人、瞬殺されてしまいましたね……」
相手は人間、しかも倫理、教養を授ける教会の使いだ、話が通じるとでも思ったのだろう、しかし聖堂騎士団はそんな相手ではない。
殺し合いは避けられない――。
戦端は開かれた、上級騎士ニケは剣を絡めた鎖を掴むと中距離武器を持つ相手に向かって迅速な判断で突進をかける。
「決断が速い!?」
先に動き出した仲間にわたしは驚いた。
敵の手には投擲用の鎖分銅、もう片方にはタワーシールドを構え、腰には片手用のフレイルを携行している。
どれも打撃による衝撃ダメージを狙った武器だ。
それらは獣やモンスターではなく板金鎧の敵を想定しており、刃を遮断するチェインメイルに湾曲した形状で斬撃を滑らせるタワーシールドも含め、その戦術が隊騎士団に徹底していることが分かる。
教会が騎士団の強権に対する抑止力を目指した結果だ。
「よっ、はっ、ほいっ!」
ダッシュしたニケは修道士Aの鎖を掴んだまま、Bが投げる分銅を回避、進路上にいるCに斬り掛かる。
それを妨害しようと修道士Aが二人を繋ぐ鎖を力いっぱい引き寄せたが、距離を詰めたニケが即座に鎖を手放したことで勢い余って転倒する。
行動をコントロールされ転倒したA、投擲を空振りしたB、それらを無視して頭をすっぽりと覆ったチェインメイルのフードの隙間を縫うようにCの顔面を大剣の先端で顔面を穿つ。
バスタードソードを両手で器用に取り廻すと修道士Cの頭部を貫通させた刃を半呼吸で引き抜き、棒立ちになっているBを振り返る。
修道士BはCにおきた悲劇の再現を回避すべく、顔面を盾で守る。ニケの攻撃はその下をすり抜けて胴体に突き立てられた。
チェインメイルは斬撃に対して有効だが、打撃に対しては無力であり、刺突に対しては脆弱だ、ニケの大剣は鎖の継ぎ目を破壊しBの脇腹に突き刺さった。
Aを接触法でコントロールし、C、Bと順に一撃で始末すると、残りのAに斬り掛かる、その鮮やか過ぎる手腕はこの私が見蕩れるほどだ。
闘技場を制したのはアルカカという話だが、どうして弟子のニケもすばらしい身体能力と技術の持ち主だ。
――!?
最後の一人を切り伏せようとしたニケの背後に攻撃が迫る、トドメをさせていなかったCが背後から不意打ちをくわえようとしていた。
「ニケ嬢!!」
私が叫ぶまでもなく、ニケは降り注ぐ連撃を右、左と紙一重で躱すとA,Cのあいだを抜けて距離をとった。
「ブハッ――!」
一連の動作を無呼吸でおこなっていたニケは安全圏で息継ぎをした。
「大丈夫ですか、ニケ嬢!」
それはいたわりの言葉ではない、勝てるかどうかの確認だ。
「こいつは手ごわいにゃ!」
「にゃ?」
圧倒しているように見えたが、想定外にも倒しきれなかったことで相手の力量を高く評価したということだろう。
背後からニケを強襲したのは顔面を粉砕されたはずの修道士C、胴を貫通されたBもすでに復活している。
「さすがに『治癒魔術』の練度が違う……」
治癒魔術の殿堂である教会、その力の象徴として鍛え上げられた聖堂騎士団が扱うのは『治癒魔術』の最高峰だ。
敵の傷は瞬時に再生していた、どちらも致命傷だっただけに驚かざるを得ないが、深手を負った時点で自動で発動する魔術を仕込んでいると推測できる。
致命傷では足りない、即死させるほかに勝ち目はない。
しかし、われわれの武器は勇者の小剣、ニケの大剣、私の長剣、どれもチェインメイルに対して有効ではない。
首や四肢の切断は難しい、つまり再生不能の傷を負わせる手段がなく即死させるのは不可能に思える。
――まったく、魔術と噛み合った厄介な戦術だ。
とは言え、あんな強力な魔術の連続使用が可能とは思えない、すぐに魔力が枯渇するだろうと察する。
しかし私は引き篭もりの研究者タイプで、あっちは肉体の破壊をいとわないマゾヒスト集団だ。
「スタミナ勝負は分が悪い……」
私は窮地に立たされていることを理解した。
『聖堂騎士団』において雑兵でしかない修道士でさえ洗練された戦闘技術と高度な治癒術を操っている事実、さらにはこの上にその指揮官が来ているはずだ。
修道士とは比較にならない実力を誇る教会の最強戦士『聖騎士』が――。
「まあ、勝てない相手じゃないけどね」
「同感です」
ニケの頼もしい一言、私もそれに同意できた。
確かに『治癒魔術』は最先端のものを持っており戦闘技術も高水準だ。
しかし目の前の三人限って言えば、コロシアムで上から下まで一通り経験した私の見立てではコロシアム基準で40位前後と言ったところか。
決闘の技術にかぎって言えば、先日のバダックに比べてかなり劣った相手だ。
そんな私と大差のない実力では上級騎士ニケの足下にも及ばない、チンコミル将軍の推薦は伊達ではないということだ。
まとめて瞬殺されかけた修道士たちは警戒し、こちらの出方を消極的にうかがっている。
「一人任すよ?」
ニケが再び臨戦態勢に入った、どうやら彼女一人で二人を相手にするつもりらしい。
男としては恥をかかされたと思い、ここで「自分が二人を相手にする!」と意地を張るべきだとは思うが――。
「了解しました、頑張ってください!」
私はすんなりと彼女の提案を受け入れた。
私の脳からは、つねに命を大事に! と言う命令が下されている、本音を言えば見学に徹したくらいだ。
しかし女性が二人を受け持つと言っている以上、もはや戦闘への参加は不可避。
敵も空気を読んでニケに二人、私に一人と割り当てられている。あの女、ヤベェぞと判断したのだろう。
それだけの実力差を感じてなお、決して逃げないあたりが聖堂騎士団らしい。
私はありがたく一対一に集中するのみだ。
さて、不死身の兵隊相手にどう立ち回るべきか――。