本当、何を見落としているのだろうかと、デンカは再び考えこもうとするのだが、マツリの言葉がそれを制止させる。
「あたしの従者:ヤツハシは職業:薬師だから、少しながらも回復
マツリが従者であるヤツハシの行動設定をここにきて、大幅に変えると言い出したのだ。そのため、デンカは先ほどの違和感を払拭する時間を与えられなくなってしまう。自分にわからないことよりも、まずはマツリと打ち合わせを入念に行い、7度目の戦いである次で決着をつけられるようにするべきだとデンカは考えた。
「マツリ。わかっているとは思うけれど、ベルゼブブによるお供呼び出しのちょうど4ターン後に全体痺れ攻撃がくるからな? なるべく従者:ヤツハシの回復
「なるほどね……。あたしとデンカが両方、攻撃に回るんだから、【みたらし毒団子】のほうが合計ダメージとしては高くなるってことね……。デンカ、ありがとう。あたしはまだまだ未熟者だわ」
「よせやい。マツリが未熟者だったら、ノブレスオブリージュ・オンラインをプレイしているプレイヤーの半数近くが未熟者になっちまうわ。謙遜も行き過ぎると嫌みだって思われるから、相手を選んで使うんだな」
「もちろん、デンカが相手だから、あたしはまだまだ未熟者だなーっていう言葉を使ったのよ? デンカって、相手のことを気遣っているようで、あまり相手の深いところまで考えないタイプでしょ?」
マツリに図星をつかれたデンカは、うぐっと喉から声を漏らしてしまう。その声がマツリの耳に届いたのか、マツリは可笑しそうにクスクスと笑うのである。
「うっほん。俺は大局的立場から物事を俯瞰的に見るように心がけているから、どうしても表面的になっちまうんだ。これは俺の自慢すべき特性と言っても良くてだな?」
「はいはい。言い訳はよしこさん。デンカは従者:ダイコンがよっぽどピンチにならない限りは攻撃を続けてね? ベルゼブブのお供はターンが過ぎるほど、ベルゼブブ本体の魔法で強化されるんだからね?」
言い訳はよしこさん……。たしか、マツリってまだ20代だったよな? 35歳である俺よりも歳を召しているような言い方をするもんだなあと、
「はいはい。俺が悪うございました。しっかし、確実にお供を潰していくなら、俺は【
ノブレスオブリージュ・オンラインには、近接武器を使う際に発動できる攻撃
ベルゼブブが呼び出すお供の名は【ベルゼブブの眷属】であり、奴らは総じて回避力が高い。これまでの戦いではデンカが繰り出す【
それならいっそ、ダメージボーナスは無いが確実に【ベルゼブブの眷属】の体力バーを削れる刺突系
「刺突系武器のほうが良いってのはわかるんだけど、デンカって、いつもその
「ああ、あることはあるんだけれど、やっぱり、5連撃が華麗に全段決まったほうが、爽快感たっぷりじゃんか?」
ノブレスオブリージュ・オンラインのアタッカー職を持っているプレイヤーの中では連撃系が今一番もてはやされている。シーズン5.0に入り、運営が
連撃系はとにかく演出ムービーが華やかなのである。そして、殴打系は高ダメージを期待しての現実的な選択だ。しかし、刺突系は高命中率ながらも、演出ムービーは地味でダメージも地味なために、よっぽど敵の回避率が高くない限りは、好んで使われる武器ではなかった。
「男のヒトって、結局、派手好きよね。あたしは刺突系武器は好きなんだけどなあ? ほら、うちの団長って、ロンギヌスの槍を使っているから刺突系
マツリの団長推しに、何か面白くない気持ちになってしまったデンカは、ついつい、要らぬことをマツリに対して言ってしまう。
「マツリ……。団長が刺突系
「えっ? そうなの? 団長って元から刺突系武器を好んで使ってたわけじゃないの? あたし、知らなかったわ? その前は何を使ってたの?」
「団長は元々、
「だから、マツリがもし戦士系のサブキャラを作るなら、俺は連撃系が使える
「なるほど。それは一理あるわね……。やっぱりゲームなんだから、楽しくないといけないわよね……。デンカ、ありがとうね? あたしが戦士系のサブキャラを作ったら、デンカに色々と相談するね?」
そう言うマツリに対して、デンカはおう、まかせとけと胸を張って言いのける。しかしながらここまで言っておきながらも
(しっかし、俺は団長相手に何を対抗心を燃やしているんだろうなあ? 俺って、こんなにガキだったっけ?)
と
「あら? デンカにしては気合が入っているじゃないの? あたしに火をつけられて、次こそはやってやるぜっ! って思えるようになったってことかしら?」
「ああ、まったくもって、その通りだ。俺はマツリに元気と勇気をもらったからな。よっし、基本はマツリの戦術で行くぞ? んで、ピンチになったらマツリは逃げてくれっ!」
「あのね? もう逃げないって言ったでしょ? どんなにピンチになろうが、最後まで戦い続けるのっ! もし、デンカがあたしに逃げろ! って指示してきても、無視させてもらうからねっ!」
冗談だよ、冗談とデンカは思うのだが、それは口には出さなかった。マツリが勝つための戦術を考えるなら、自分は負けないための戦略を考えるのが役目だと認識していたからだ。
しかし、それはデンカの杞憂であった。マツリたちは7度目の戦いで、マツリの戦術が見事にはまり、過去最強のボスNPCと呼ばれたベルゼブブは、驚くほどあっけなく地面に倒れ伏すことになったのであった。
「ほら。やっぱり逃げることを前提で戦うからダメなのよ。男は度胸。女も結局は度胸なの? デンカ、わかったかしら? ふっふーーーんっ」