第6話:ディスコID

 傭兵団クランチャット内がデンカのスクリーンショットの話で盛り上がりを見せると同時に、6月のノブレスオブリージュ・オンライン10周年記念にて実装された課金アイテムについてにも話が飛び火することになる。


「そういえばッスね、【オルレアンのウエディングドレス】や【面従腹背王の鎧】だけじゃなくて、色々、課金アイテムが追加されているッスよ?」


 傭兵団クランチャットにこうメッセージを飛ばしてくるのは、マツリと同じ徒党パーティを組んでいるトッシェ・ルシエだ。トッシェは働いてはいるものの、実家暮らしであり、あまり大きな声を出せないので、ディスコは利用せず、主に傭兵団クランチャットや徒党パーティチャット等、ゲーム内のチャットシステムを使って、メッセージを飛ばしてくる。


「運営側もネタ切れなのかわからないッスけど、武器の見た目変更アイテムだと【弁慶の大薙刀】とか【旭日あさひ将軍の大太刀】なんかも実装されているっスね。ところで【旭日あさひ将軍】って誰のことッス?」


「トッシェくん。それはですね。【木曽義仲】のことですよ。彼は頼朝や義経よりも先んじて、京の都に上り、平家をその京の都から追い出したのですよ」


 トッシェの質問に答えるのは、傭兵団クラン4シリの御使いデス・エンジェル】の団長こと、ハジュン・ド・レイであった。傭兵団クランチャットは、その傭兵団クランに所属するプレイヤー全員に送られるのである。だからこそ、ハジュンにもマツリや、デンカ、そして、トッシェの会話は見えていたわけである。


「もう少し【木曽義仲】について解説しますと、彼も立派な源氏なのですよ。木曽義仲くんは木曽を本拠地としているから、姓は源氏でありながらも、苗字として【木曽】を名乗っていたわけです」


 ハジュンがとくとくと木曽義仲の解説をしはじめる。傭兵団クランメンバーとしては、また始まったよという空気に変わっていく。それでも、チャットでは、そういった雰囲気は相手には伝わりにくい。


 そのため、ハジュンの解説は10分を過ぎても、止まるどころか、さらに過熱していく一方である。


「おい、マツリ。そろそろ団長を止めたほうが良いんじゃねえか?」


「いやよ。デンカ、あなたが止めなさいよ。団長って、歴史解説を止めると、明らかに不機嫌になるんだからっ」


 武流たける茉里まつり傭兵団クランチャットに誤爆するのを恐れ、ディスコの音声通話でやりとりをする。外部ツールを使用して音声通話をおこなう利点と言えば、下手なことをチャットに誤爆しなくて良いということだ。


「でも、さすがに今日の団長の話は長いわね……。これって、先週の合戦で勝利したことが影響しているのかしら?」


 マツリは団長のご高説が止まらぬことに、正直、うんざりし始めていた。せっかく、デンカのスクリーンショットの話で盛り上がっていたというのに、団長に完全に水を差された格好になってしまっていたからだ。


 マツリとしては、もう少し、デンカをいじってやろうと思っていたのに、これでは団長の話を無理やり止めたとしても、再び、デンカいじりに復帰する空気には戻せない。


 茉里まつりは、はあああとため息をつく。そのため息の音声を耳に拾ったデンカが一言。


「ん? 団長の話が長くて嫌気が差したのか? なんなら、俺が団長を止めようか?」


「うん? ああ、別に今更、団長の話が続こうが、止まろうがどっちでも良いわよ。それよりも、1回、5000円かあ……。試しにくじを引いてみようかしら?」


 マツリはノブレスメダル6200枚と【オルレアンのウエディングドレスくじ】の横に表示されている5000枚という数字を交互に見つめる。


(確率0.1%なんて、どう考えても1発で引けるわけがないわよね……。でも、買わない宝くじが当たるなんて、絶対にないわけだし……)


 マツリがそう考え込んでいると、団長の【木曽義仲】から始まり【鎌倉幕府の成立】まで行っていたご高説が、とある人物の登場で止まることになる。


「ガハハッ! 殿との傭兵団クランチャットを殿とのの歴史よもやま話で埋めるのはやめるでもうすよ」


「よ、よもやま話って……。カッツエくんはひどいですね? 先生は先生なりの解釈で、正しいであろう歴史を傭兵団クランの皆さんに教えているだけです!」


「ガハハッ! そんなに歴史よもやま話をしたいなら、我輩にあとでたっぷりと聞かせてくれれば良いのでもうす。皆、すまないのでもうす。殿とのは歴史マニアゆえに止まらなくなってしまうのでもうす。我輩が代わりに謝っておくでもうす」


 マツリはまためずらしいヒトが再度ログインしてきたものだと思わざるをえなかった。カッツエは団長の右腕ではあるが、合戦の無い週となると、土日の2日間くらいしか、ログインしないからだ。合戦の報酬の受け取りを終えて、ゲームからログアウトしたカッツエが、また再び、その日の夜にわざわざ再度ログインしてくることにマツリは意外だわと感じたのである。


「ん。カッツエさんにディスコで直接、メッセージを送っておいたんだが、やっと再インできるようになったか。これで団長の長話も止まるな」


 デンカの声を耳に入れた茉里まつりが、へっ!? と素っ頓狂な声をあげてしまう。


「いつの間に、あなたがカッツエさんとディスコ仲間になっているのよ。あたし、全然、知らなかったわよ?」


 抗議の色をこめた口調で茉里まつりはデンカに言うのである。


「そりゃ、10年もノブレスオブリージュ・オンラインをやってりゃ、交流の輪だって、自然と増えるさ。マツリにもカッツエさんのディスコIDを教えておくか? カッツエさんの意外な一面を知れるぞ?」


 デンカの提案に、むむむーと唸って考え込んでしまうマツリである。


 確かにデンカの言う通り、カッツエさんとディスコ仲間になっておけば、合戦においては色々と便利ではあるけれど、それと引き換えに自分のリアルの話に飛び火して、教えたくない情報まで与えてしまうことになるのよね……。


 あー、嫌なことを思い出したわ。あたしがノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちをディスコ仲間にしない理由を。あの気持ち悪いブヒブヒッ! って鳴く、豚みたいなのに引っかかったからよ。


 あいつ、最悪だったわよね。最初は、すっごくフレンドリーに接してきたから、あたしも油断して、ディスコのIDを教えちゃったけど、それをかわきりに、音声通話をいきなりしだしてきて、さらには、仕事は何をしているのブヒッ? 彼氏は居るのブヒッ!? 彼氏が居ないのならば、ぼくちんと付き合ってほしいブヒッ! 子供は3人欲しいブヒッ! とか……。


(あああーーー! 思い出したら、腹が立ってきたわっ! これだから、ネットのSNSとかオンラインゲームって嫌なのよねっ! 中身が女性だとわかったら、急に態度を変えて、聞いてくることは、あの豚と同じことばかりよっ!)


 ひどいのになると、頼んでもないのに、上半身裸の写メまで送ってくる始末だった、そのブヒ男は。


 そう言えばと茉里まつりは次々と自分に似た被害を受けた女性のことを思い出す。


(|傭兵団《クラン》メンバーのあの子も、そういう被害に会ったって言ってたわよね。確か、ツイッダーで、相互フォローをした途端に下半身のモロ出し写メをダイレクトメッセージで送り付けられたって)


 その子はその写メを送られた瞬間に、ツイッダーの運営に通報して、送ってきた相手をブロックして、さらに自分のアカウントを非公開にしたと聞いている。茉里まつりもそういうことが自分の身に起きないようにと、ツイッダーを非公開アカウントに変えたのだ。


(デンカとしては、親切心で、カッツエさんとディスコ仲間になったら良いと助言してくれているんだろうけど、あたしはちょっと怖い気がするわ。だって、カッツエさんって、合戦で悦に入ると、上半身の鎧を脱ぎだして、さらには所作『踊る』をかまして、敵を挑発するような男なのよ? そんなヒトとディスコ仲間になったら、あの豚と同じことをされる可能性があるわよ!?)


 茉里まつりは3分以上にも及ぶ、自分の頭の中での問答を繰り返していた。そして、茉里まつりが導き出した答えと言えば……。


「ごめん。デンカ。あたしは今のところ、徒党パーティ仲間以外の男性とのディスコ仲間は増やしたくないわね……。せっかくのお誘いだけど、断らせてもらうわね?」