第五話 初陣(三)

「この男こそが我が部隊の切り札・劉星りゅうせいでございます!」


 そう劉備りゅうびは上官・鄒靖すうせいの前で堂々と宣言して、僕の名前を出した。

 一片の迷いもないといった表情だ。一体、何処からそんな自信があふれてくるのかさっぱりわからない。


 僕、元日本のジョッキー・辰元流星たつもと・りゅうせい改め劉星りゅうせいは、転生した三国志の世界で出会ったこの時代の英雄・劉備りゅうびの部下となった。


 そして、戦場で孤立していた劉備りゅうび軍は、無事に上官の鄒靖すうせいの軍と合流出来た。


 しかし、喜びもつかの間、鄒靖すうせい劉備りゅうび軍は敵の烏桓うがん兵の包囲を受けてしまった。


 絶体絶命の劉備りゅうび鄒靖すうせいに対して、我に秘策ありと高らかに進言した。だが、その発言で切り札として紹介されたのは歴史上に豪傑ごうけつとして名をとどろかせた関羽かんうでも張飛ちょうひでもない。他ならぬ僕、劉星りゅうせい自身であった。


「お、おい、劉備りゅうび、何を突然言い出すんだ……」


 僕からすれば理由のわからない事態だ。ただ、付いてくるだけでいいというから同行したのに、気付いたら切り札として紹介されてしまっていた。


「シッ!


 このまま敵にやられたくなけりゃ俺に合わせろ」


 どうやら、僕は劉備りゅうびにハメられたらしい。


 確かに劉備りゅうびの言う通りこのままでは烏桓うがんの軍に包囲されて殲滅せんめつされてしまう。

 だが、馬に乗ることしかできない自分が、この戦局を打開する切り札になるとはとても思えない。


 しかし、劉備りゅうびは僕のそんな気も知らずに話を進めてしまう。


鄒校尉すうこうい


 まずは斥候せっこうを出してください。そして、敵大将の居場所を見つけていただきたい!」


「それを知ってどうするつもりだ?」


 劉備りゅうびの上官・鄒靖すうせいはそう尋ねた。


「敵の大将を見つければこちらのものです。


 我が部隊でその大将の居所に一斉攻撃を仕掛けます。大将が攻撃されたとあれば敵は浮足立って包囲はゆるみます!


 包囲が緩みましたら鄒校尉すうこういはそのまま包囲を攻めてください!


 そうすれば敵軍は崩壊します!」


 あまりにも自信たっぷりにそう言うものだから、僕も思わず劉備りゅうびの言にまれて上手くいくような気になってしまう。


 しかし、さすがは一軍の大将というべきか、鄒靖すうせいはこの劉備りゅうびの策に、すぐに賛同はしなかった。


「君の策はわかった。だが、それは無謀というものだ。


 敵は我が軍より多い五千の兵を率いた烏桓うがん軍だ。


 君の兵力はわずか百人。大将の側近くまで接近することすら難しいだろう」


 思わず劉備りゅうびの言葉に納得しそうになったが、鄒靖すうせいの言葉の方がもっともだ。


 五千の敵兵にわずか百人で攻めて勝てるものじゃない。関羽かんう張飛ちょうひのような一騎当千いっきとうせん猛者もさがいるのならまだしも、今の劉備りゅうび軍にはそんな強い奴はいない。


 一体、この戦力でどう戦うというのか。


 だが、劉備りゅうびの威勢は衰え知らずで、堂々とした態度で鄒靖すうせいに答える。


「ご安心ください!


 騎馬隊の最大の強みはその機動力です。しかし、馬を降りて包囲した今はその持ち味を活かせません。

 それに包囲であれば攻撃が一極集中することもありません。


 なにより、こちらにはこの切り札・劉星りゅうせいがおります!」


 そう言いながら劉備りゅうびは僕を指差す。


(そうだった!


 彼が切り札として名を出したのは軍神・関羽かんうでも豪傑ごうけつ張飛ちょうひでもない。


 この僕だった!


 二人に武力で敵わないのは言うまでもない。一体、この僕に何を期待しているというのか!)


 僕は劉備の進言に驚いたが、それは相手の鄒靖すうせいも同じこと。彼は吟味ぎんみするように僕をジロジロと見てくる。


「この者がそれほどの男なのか?」


 どうも鄒靖すうせいの目には僕が頼りになるようには見えない様子であった。その点に関しては僕も全く同意見だ。


「はい、そうです。


 この劉星りゅうせいなる者、一度ひとたび馬に乗せれば胡人こじんにも追いつけぬ速さで戦場を駆け抜けます。また、剣を取らせれば我が軍で右に出る者はおりません!


 この劉星が戦陣切って戦えば、敵は|怯《おび

》えて逃げ惑い、包囲は突き崩されることでしょう!」


 そんな嘘八百がよくもまあツラツラと出てくるものである。馬はまだしも、僕は剣なんてまともに握ったこともないぞ。

 あまりの誇大広告こだいこうこくぶりに僕はさすがに我慢できなくなって劉備を小突こづいた。


「お、おい、劉備りゅうび、僕がいつ剣で無双したんだよ……」


「いいから任せろ」


 しかし、劉備りゅうびは勝利を確信しているかのような顔つきで僕の言葉をさえぎった。


劉備りゅうびよ、お前の話は本当なのか?」


 上官の鄒靖すうせいもさすがに疑問に思ったようで、劉備りゅうびに聞き返した。


 だが、それでも劉備りゅうびは自信満々に答えた。


「はい、彼の馬をご覧ください。


 あの馬は先の戦いで劉星りゅうせい胡兵こへいを一刀のもとに斬り捨て、奪い取ったものでございます!」


 そう言って劉備りゅうびは僕の愛馬・彗星すいせいを指し示した。


 確かにこの馬は敵から奪った馬だが、あの敵兵を倒したのは彗星すいせい自身だ。僕は何一つしていない。


 そんな事実はお構いなしに劉備りゅうびはペラペラと僕の武勇伝を即席ででっち上げ、鄒靖すうせいに語って聞かせた。

 それに押されて鄒靖すうせいもついに納得してしまった。


「うーむ、あの見事な肉付きは確かに烏桓うがんの馬だ。


 わかった。


 劉備りゅうび、君に任せよう。


 斥候せっこうを出し、すぐに敵将の居所を見つけるとしよう」


 彼の作り話のおかげで、見事、劉備りゅうび軍が敵将への突撃を受け持つこととなった。


 鄒靖すうせいは何やら指示を飛ばし、それに応じて何人かの兵士が陣地から飛び出していった。彼らが恐らく斥候せっこうなんだろう。斥候せっこうとは偵察のことだ。


 それにしてもとんでもないことになった。

 敵への攻撃をわずか百人の劉備軍が受け持つだけでも大変な仕事だ。それに加えてよりにもよって、この僕がその部隊の切り札になってしまった。


 確かに転生者が序盤から無双するなんてよくある展開だが、あれは凄い魔法やスキルが貰えるからできることだ。

 僕が念じても火は出てこないし、手から水も発射しない。それどころか剣や槍だってまともに使ったことはない。

 あるのは前世の記憶と、この馬・彗星すいせいだけだ。


(こんな僕が一体、どうやって五千の兵に挑めと言うのか!)


 陣地に帰ると当然、僕は劉備りゅうびに怒った。


「おい、劉備りゅうび


 どういうつもりだ!


 僕は馬には乗れても、敵兵を斬り捨てるような武勇はないぞ」


 僕の前世は日本でジョッキー(騎手)をしていた。その経験のおかげで馬に乗ることができる。


 しかし、現代日本で平和に暮らしていた僕は喧嘩けんかだってほとんどしたことがない。ましてや合戦で人を殺すなんてとても出来るもんじゃない。


 しかし、この劉備りゅうびという男。よほど肝が据わっているのか、頭がおかしいのか、こんな事態になっても全く動揺一つ見せない。


「まあ、そう怒りなさんな。あの場はああでも言わなきゃ鄒校尉すうこういも納得しなかった。


 それにお前が敵を倒す必要はない」


「倒す必要がない?


 何を言ってるんだ?」


「お前さんはただ、剣を持って敵の大将まで馬に乗って全速力で突っ込んでくれりゃそれでいい」


 劉備りゅうびはそんな無謀をあっけらかんと言い放つ。僕はコイツには破滅願望でもあるんじゃないかと怪しんだ。


「そんな、無茶な!


 五千の大軍にたった一人で突っ込めというのか!


 たどり着く前に殺されてしまう!」


「まあ、落ち着きなって。


 敵将前までは俺たちが全力で守ってやる。


 そこまでたどり着いたら、お前さんはただ馬を走らせて大将めがけて突っ込め。それだけで敵は十分ビビる。慌てふためいて包囲どころじゃなくなるだろうよ。