彼を見た瞬間、世界が止まった。
心臓がどくりどくりと嫌な音を立て、指の先までその鼓動を訴える。
先程まで、社交界デビューに心躍らせていた自分が嘘のよう。
「テオドール皇太子殿下、こちらが娘のエリザベータです。」
「あぁ、という事は明日が入学か。」
「えぇ、本当は息子も来るはずだったのですが、熱を出してしまいましてね…」
父と彼が何か話しているが、内容が頭に入ってこない。代わりに入ってくるのは膨大な1人の女性の記憶。
―あぁ、思い出した。
これは私の記憶だ。
今のエリザベータ゠アシェンブレーデルではなく、300年前のエリザベータ゠コーエンの記憶。
どうして今まで忘れていたのだろうか。
絹糸のような長い金色の髪に、深い海を思わせる美しいサファイアの瞳。高い鼻梁と精悍な顎を持つ男はまるで芸術品のよう。
こんな美しい男の顔を見間違えるはずがない。何故なら私はずっとこの顔を見てきたのだから。
―この人は…
「アルベルト様…」
声にならない、吐息ほどの声量が口から溢れ落ちる。
アルベルト゠ブランシュネージュ゠ノルデン皇太子殿下。
300年前私を殺した男の顔、そのものだ。