第22話

蒼芽によるショッピングモール案内から一夜明けて、今日は日曜日。

昨日はほぼ一日外出していたので、今日はゆっくり休もうということになった。

それでも修也の生活リズムは変わらない。

いつもと同じ時間に目が覚め、起き上がり、着替えて食卓へ向かう。


「おはようございます、修也さん」


食卓には今日も紅音がいて、朝食の準備をしていた。


「おはようございます紅音さん」

「修也さんは今日もいつも通りなんですね。日曜の朝くらいはゆっくりしていても私は何も言わないですよ?」

「昨日も言いましたけど、変に生活リズムを変えられるほど器用じゃないんですよ。むしろ毎日同じの方が楽です」

「ふふ、そうですか」

「あ、もしかしてゆっくりしていた方が紅音さん的には楽ですか? それならそうしますけど」

「いえいえ、私も生活リズムは常に一定の方が楽ですのでお気になさらず」

「それなら良いんですけど」


そう言いながら修也は食卓の自分の席に座る。


「修也さんは今日も朝ごはんは昨日と同じで良いですか?」

「はい、お願いします」

「では、少し待っていてくださいね」


そう言って紅音はキッチンへ歩いて行く。


「んー……いつも通りの朝、平和に何事もなくゆっくりとした時間を堪能できる。実は結構贅沢なことなんじゃね?」


椅子の背もたれに体重を預け、天井を見ながら修也は呟く。


「あ、そうだ修也さん、さっきの話なんですけど」


紅音がキッチンから顔を出しながら言う。


「何でしょう?」

「日曜の朝くらいは『蒼芽と』ゆっくりしていても私は何も言わないですよ?」

「紅音さんは日曜も平常運転ですねぇ」

「ふふふ、ありがとうございます」


紅音のぶっ飛び発言にも段々慣れてきた修也は慌てず騒がず受け流す。


「修也さんは体術で相手を受け流すだけでなく、会話で言葉を受け流すのもお上手なんですね」

「いやそんなつもりは……」

「修也さんはゾルディアス流会話術も会得しているんですね」

「手広くやりすぎじゃありませんかそのけったいな名前の流派。古武術に気功術に会話術て」

「うふふ、私が思いつく限り増えていきますよ?」

「やっぱり紅音さんの創作だったんですね」


多少おかしなところはあるものの、修也の舞原家にやってきて初の日曜の朝は平和的にゆっくりと過ぎていくのだった。



「お、おはようございます修也さんっ」


修也が朝食を食べ始めて少ししてから、蒼芽が食卓に入ってきた。


「おはよう蒼芽ちゃん」

「おはよう蒼芽。今日は早いのね。蒼芽にしては」

「お、お母さん! 余計な事は言わなくて良いの!」

「大丈夫よ。蒼芽が土日は起きるのが遅いって修也さんはもう知ってるから」

「全然大丈夫じゃないよそれぇ……」


紅音の言葉にガックリと項垂れる蒼芽。


「別に土日くらいゆっくりしても怒らないわよ」

「そう言う問題じゃない……」


そう言いながら蒼芽は自分の席に座ろうとする。


「別に土日くらい『修也さんと』ゆっくりしても怒らないわよ」




ガンッ!!




だが、紅音の似たようなセリフに、今度は額をテーブルに思い切りぶつけた。


「……紅音さん、ネタの使い回しは如何なものかと思いますよ」

「やはり打てば響くようなリアクションも欲しくなるのが人情でして」

「そんな人情要らないよっ! と言うか修也さんにも似たような事言ったの!?」

「修也さんは軽く受け流してくれたわよ?」

「修也さんも馴染み過ぎですよぉ……」


そう言って涙目で修也を睨む蒼芽。

さっきテーブルにぶつけた額が赤くなってしまっている。


「まぁまぁ。とりあえず朝食食べたらどうだ? 俺もうすぐ終わるぞ」

「えっ? もうですか!?」

「それはそうよ。修也さんが食べ始めたのは大分前よ?」


蒼芽がまだ食べ始めてないのに対し、修也はもう食後のコーヒーだ。


「ま、今日はどこにも出かける予定もないし急がなくても大丈夫だけどな。じゃあごちそうさまでした」


食後のコーヒーも終わり、修也は食器を流しに置く。


「あ、食器はそのままで良いですよ。後でまとめて洗いますので」

「すみませんありがとうございます」


紅音にそのままで良いと言われたので、修也は食器をそのままにして自分の部屋に戻った。


「……もう、お母さん? 一昨日も言ったけど修也さんに変なことばっかり言わないでってば……」


修也が食卓からいなくなってしばらくしてから、蒼芽は紅音に文句を言う。


「でもねぇ、明日から普通に登校でしょ? だったら今のうちに強く印象付けでおかないと。修也さん、きっと学校ではすごい人気者になるわよ?」

「まぁ、それは私もそんな気がしてるけど……」


実際蒼芽のクラスでは既に修也はヒーロー扱いだ。

聞いた話では、引っ越してくる前の修也は『力』のせいでまるで腫物のような扱いを受けていたらしい。

しかしそれは周りの人がおかしいと蒼芽は本気で思っていた。


「でもお母さん、私を変な方向に印象付けようとしてない? お風呂上がりは下着でうろついてるだとか、寝起きに襲いかかるだとか……」

「その方が蒼芽を女の子として意識するでしょ?」

「それ、頭に『変な』って付きそうだよ……」

「変でも印象が付くのが大事なのよ? 『普通』が一番危ないのよ」

「でも、悪い印象は付けられたくないよ。せっかくなんだから、普通に仲良くしたいよ」


テーブルに頬杖をついて溜息を吐く蒼芽。


「なるほど、蒼芽は修也さんと『仲良く』なりたいのね?」

「それ絶対私が考えてるのと意味合いが違うよね!? 『仲良く』って無駄に強調したし!!」


ガタッと椅子を後ろに飛ばしながら立ち上がり抗議する蒼芽。


「さぁ……それはどうかしらね」

「せめてそこは形だけでも否定しようよ母親として!!」


あさっての方向を見ながらそう呟く紅音に対し、蒼芽は更に抗議の声をあげるのであった。



「……相変わらず仲の良い母娘だなぁ」


自分の部屋のベッドで横になりながら修也は呟いた。

修也の部屋にも蒼芽と紅音が騒ぐ声が聞こえてきているのだ。

ただ、何か騒いでいるのは分かるが、内容までは分からない。

騒いでいるのは蒼芽だけっぽいので、またどうせ紅音のぶっ飛び発言を真に受けて抗議を入れてるんだろう、と修也は当たりをつけた。

あの素直さは好感が持てるが、たまに少しズレてるのが心配だ。


「……ま、そこに俺は救われたんだけどな」


素手で銃弾を弾いてもまずは手の心配。

普通とは違う『力』を目の当たりにしても、正体を明かしても態度が全く変わらない。

今まで化け物を見るような目で見られ続けてきた修也にとって、これは経験したことの無い喜びだった。


「でも、他の人が蒼芽ちゃんや紅音さんと同じ考えとは限らないよな」


今後も気をつけるに越したことはない……と、警戒は続ける事を修也は心に留めておくのであった。



何事も無く平和的に昼食を終えた後、修也は自分の部屋に戻らずリビングでのんびりとしていた。

すると昼食の片付けを終えた紅音が鞄を持って玄関に向かう姿を見かけたので声を掛ける。


「紅音さん、お出かけですか?」

「ええ、ちょっと夕飯の支度等の為に買い出しに行こうと思いまして」

「あ、だったら俺が行ってきますよ」


世話になるばかりではどうも居心地が悪い。

そう感じていた修也は、手伝いを申し出た。


「あらそうですか? じゃあお願いしようかしら。ちょっと待っててくださいね」


そう言って紅音は小さなメモ用紙に何かさらさらと書いていく。


「では、ここに書いてあるものをお願いします」


そしてそのメモを修也に渡してくれた。


「牛乳・卵・大根・鶏モモ肉……良かった、普通だ」


ごく普通の書き方で書かれていることに修也は安堵の息を吐く。


「修也さんのお母さんではこうはいきませんよね」

「そうなんですよ……なんで牛乳って言えばいいものを『牛の絞り汁』なんて表現するんですかね? 飲む気が失せる」

「今も卵は『雌鳥の結晶体』って表現をしてるんですか? 」

「……昔からそうだったんですか……」


呆れて言葉も出ない。そういった感じで修也は溜息を吐く。


「……まぁとにかく分かりました。では行ってきます」

「はい。夕方までに帰ってきてくれれば良いですからね」


修也は一旦自分の部屋に戻り、ショルダーバッグを持って玄関に行く。


「では行きましょうか」


何故かそこには出かける準備を整えた蒼芽が待っていた。


「……あれ? 蒼芽ちゃんも来るの?」

「はい。……もしかして一緒に行ってはいけませんでしたか?」


不安そうにそう尋ねてくる蒼芽。


「いやそうじゃなくて、俺が言い出した事に付き合わせるのもどうかと思って」

「良いんですよ。私がやりたいと思ってやる事なんですから。それに昨日は省いたモールの地下1階の案内にもなりますし」

「そっか。じゃあ一緒に行こう」

「はいっ」


修也の言葉に蒼芽は笑顔で頷き、二人並んで玄関を出た。


「……ふふ、やっぱり仲良いわねぇ」


紅音はそんな二人の背中を笑顔で見送るのであった。



「はいっ、着きました!」

「流石に三日連続ともなると大体覚えられるなぁ」


特に寄り道などもせず、二人はショッピングモールの入口まで辿り着いた。


「今日は地下なので、こっちへ行きますよ」


そう言って蒼芽は昨日2階へ上った所とは違う方向へ歩いて行く。


「え? 上りと下りでエスカレーターの位置違うの? めんどくさいなぁ……」

「ホントですよねぇ。なんでそんな構造なんでしょうね?」


地下の食料品売場は、構造自体は普通のスーパーとほぼ同じだ。

修也は紅音のメモを見ながら買う物をカゴに入れていく。


「……よし、こんなもんだな。入れ忘れも無い」

「後はレジで会計をして終了ですね」


会計を済ませ、蒼芽が手際良く買ったものを買い物袋に詰める。

それを修也が持ってモールを出た。


「じゃあ後は帰るだけ、と……ん?」


舞原家に帰ろうとした修也の視界に気になる光景が飛び込んできた。

何やらガラの悪そうな男たち数人が女の子を取り囲んで何か喚いている。

女の子の方は困った顔でオロオロするばかりだ。


「どうしましたか修也さん? ……って、あれは……」


蒼芽も修也が見ているものに気がついたらしい。


「知り合い?」

「ええ、同じクラスの子です」

「念の為に聞くけど、女の子の方だよな?」

「当たり前ですよ。私、親しい付き合いのある男の人なんて、親戚以外では修也さんしかいません」

「何か困ってる様に見えるな。助けに入った方が良いかな?」

「その方が良いと思います。このままだと酷い目に遭わされかねません」

「よし……蒼芽ちゃん、ちょっと荷物持っててくれ」


そう言って修也は荷物を蒼芽に任せ、騒動の元となっている所へ行く。

近づくにつれ男たちの声は大きくなっていく。

女の子の方はもう涙目である。


「往来でギャーギャー喧しい。ちったぁ周りの迷惑を考えろ」


そこに修也は堂々と割り込んだ。


「何だテメェは!? 関係ねぇ奴は引っ込んでろ!!」


男の方の一人が修也を威嚇しながら怒鳴る。


「お前は話を聞いてなかったのか? 俺は喧しいと言ったんだ。お前の耳障りな声が俺に不快感を与えた。だから俺は文句を言いに来た。立派に関係あるだろうが」

「うるっせぇ!! テメェも痛い目に遭いたいのか、アァ!?」

「は? お前ら如きに俺が痛い目に? 無理無理、おとといきやがれ」

「ンだとクラァ!!」


修也の挑発にいきり立った男たちのうちの一人が修也に殴り掛かる。


「うわぁ、分っかりやす」


しかし修也は軽々と避ける。


「なっ、テメェ!!」


それを見た他の男たちも次々と襲いかかってくる。


「揃いも揃って単調すぎる。これなら目を閉じても全部捌ける」


しかし修也はそれを全部余裕の表情で避けていく。


「チッ、この、チョコマカと……!」

「一人ずついくから避けられるんだ! まとめてかかれ!!」


指示役の男がそう叫び、男たちが修也の左右から同時に襲いかかる。


「……よっ、と」


それを修也はギリギリのタイミングで後ろに下がって避けた。


「グハァッ!!?」

「ゴベェッ!?」


するとお互いの男たちの拳がお互いの顔面にめり込んだ。同士討ちだ。

お互いの拳をまともに喰らった男たちは痛みに顔を歪めて地面をのたうち回る。


「……まだやるか?」


修也が残った男たちを睨む。


「く、クソッ! 覚えてやがれ!!」


お決まりの捨て台詞を残して男たちは全員逃げていった。


「うわぁ、あんな台詞言う奴まだいたんだ……あ、それよりも大丈夫だったか?」


修也は先程から呆然と立ちすくんでいる女の子に声をかける。


「……え? え、あの……あの……その……」


しかしまだ恐怖が残っているのか、女の子は言葉が詰まって出てこない。


「修也さーん、大丈夫でしたか?」


その時、片付いたのを確認した蒼芽が近づいてきた。


「ああ、見ての通りノーダメ」

「流石ですね。あ、米崎さんも大丈夫だった?」

「あ、ま、舞原、さん……」


震える声で女のどうやら苗字は米崎と言うらしいが呟く。


「災難だったなぁ、あんな変なのに絡まれて」

「でも良かったね、何事も無くて」

「う、うん……」

「もう大丈夫だと思うけど、特に用が無いなら早めに帰った方が良いぞ」

「何なら途中まで一緒に帰ろうか?」

「え? う、ううん、そ、それは、大丈夫……」


蒼芽の提案に、女の子は弱々しくではあるが首を横に振る。


「そう? まあ無理にとは言わないけど、気をつけてね? じゃあまた明日」

「う、うん、また明日……」


そう言って女の子は帰って行った。


「送らなくて大丈夫だったのかなぁ?」

「まあ本人が大丈夫と言ってるのに無理強いはできませんよ」

「そういうもんか。じゃあ俺たちも帰ろうか」

「はい」


明日はついに修也が転校してきて初の授業だ。

期待と緊張を胸に、修也は蒼芽から荷物を受け取って舞原家へ帰るのであった。