チート6:英雄召喚

「■■■■■■、■■■■■■■?■■■■■。■■■■■■■■■」

 悪役令嬢の言葉は最早マケールの耳には届かなかった。こいつが何を言おうが、それに何と返そうが、ざまぁはもう始まっている。

「マケ!」

 マケールは自分の親指を噛み、出て来た血で床に召喚陣を描く。彼が今回選んだチートは『英雄召喚』。そして、選んな英雄は…。


「我が名はカテータ。召喚の儀式に従い参上した」

 煙と共に現れたのはマケールと良く似た男性カテータだった。女神の言っていた、婚約破棄で勝った王子が彼である。

「マッケマケー!」

 召喚に成功したマケールは勝ちを確信した。自分がどうあがいても負けると考えたマケールは、勝てる存在を呼び出して勝ち馬に乗るという方法に切り替えたのだ。

「マケマケー!マッケ!」

 マケールはカテータと握手する為に右手をだしたが、それは悪手だった。カテータはマケールが差出した右手を取り、即座にへし折った。

「マケーー!?」

 痛みもあるが、それ以上に召喚主である自分が攻撃された事にショックを受けるマケール。

「私は召喚される際、その世界の状況や言語を知識として与えられる。その知識に基づき、貴様は悪と判断した」

 カテータは刀を抜き、マケールに襲いかかる。

「マ、マケ!」

 マケールは召喚者の権限によりカテータを無理矢理言う事を聞かせようとしたが、カテータは一瞬足を止めただけでそのまま普通に首を切り落とした。


■ ■ ■


「伝説のヒーローを呼び出して利用しようとする小悪党の末路なんてこんなものよね。うめっ、うめっ」

 こうなる事が最初から分かっていた女神は、ラーメンのドンブリに入った白米を爆食いしながらそう言った。

「マケー!マケー!」

 マケールは納得が行かなかった。英雄召喚のチートの中には、召喚した英雄を自由に操る力も含まれていたからだ。

「マケー!マケー!」

「しつこいわね。まだ文句言うなら、存在消すわよ?あんたの代わりなんていくらでも作れるのよ」

「マケー!マケー!」

 今回ばかりはマケールは納得行かなかった。何故なら今回はチートへの無知が敗因では無く、チートそのものがカタログ内容と違ったからだ。呼び出した英雄を支配出来るとしたなら、そこの設定は守れと、設定が破られたのなら自分の納得出来る理由を用意しろと、主張を続けた。

「あー、面倒臭いわね。いい?私は別に君が悪役令嬢にざまぁ出来なくても良いのよ」

「マケッ!?」

 突如予想外の言葉が女神の口から出されて、マケールは固まった。

「そりゃ、最初は君が悪役令嬢をざまぁしたらメシウマかなって思ったわよ。でも、チート貰って勝てる気で挑んで愚かさ故にボロ負けする君を見てたら、食が進む進む。見てよこのお腹」

 女神は服をめくり上げて見事なメタボを見せつける。改めて観察すると、初めて会った時よりも随分顔が丸くなった。

「ま、そんな訳で私は君にはもう勝つ事なんて期待してないのよ。毎回新しい間抜けな負けパターンを私に提供してくれればそれで良いの。で、どうする?まだ頑張れる?」

「マ、マケ…」

 マケールはこの女神がロクでも無い存在だと再認識した。会った時からパワハラクソ女神とは思っていたが、自分の用意したルールすら気分でぶち壊すテキトーさには、ほとほと愛想が尽きた。どうせ、これ以上頑張ってもざまぁは達成出来ない。ならば、全てを諦めて消滅した方がマシかも知れない。

「マ、マケ…」

「うん、諦めちゃうか。うっかり本音言っちゃった私も悪いけど、君が根性無しで残念だわ」

 女神は空っぽになったドンブリを片付けに奥へと消える。きっと洗い物が済んだらマケールを消す作業を始めるのだろう。

 マケールはただ消滅の時を待つ。だが、その時彼の中に一つの閃きが生まれた。

「マ?」

 マケールはこれまでの敗北の歴史を一つ一つ振り返る。頭の中に生まれた思いつきが、実現可能かを確認する為だ。

「マ?マ?マ?」

 そして、彼は確信した。

「マ!」

 これ、いけるんじゃね?

「マ!マ!マ!!」

 いや、いける。つーか、いくしかねえ。

「マー!!!」

 マケールの心に再びざまぁ達成への男気ファイアーが灯った。

 マケールの消滅の準備を終えて戻って来た女神は、彼の様子が変わったのを見て、驚く。

「マーマー、マケー!」

 女神に向かって土下座するマケール。そして告げた。もう一回チャンスを下さいと。勝てるチートを思い付いたと。

「ふーむ、んじゃ言ってみてよ。今回はどんなチートが欲しいの?」

「『マケール』。マケマケマ、マケールマーケ、マケーママケッ。マケ、『マケール』」

 マケールはこれまでに無く丁寧にチートの内容を説明した。マケールがこのチートに全てを賭けていると言う事は女神にも伝わってきた。

「よし、そこまで言うならやらせてあげるわ。あー、また太っちゃうかも〜」

 女神は新しいドンブリに白米を盛り付けながらマケールを床に叩きつける。

「マケー!」

 床に叩きつけられる直前、開いた穴にマケールは吸い込まれて行った。

「マケーッ!」

 今のマケールには、恐怖も油断も慢心も無かった。あるのは、これで決めるという決意だけだった。