鍋に入ったいっぱいの果実。
砂糖と一緒にコトコト煮込んで、砂糖を足してはまた煮込む。
水入らずの鍋の中はやがてトロトロに溶けて。
あまーいあまいジャムになる。
「一緒にお砂糖になりましょう?」
なんて。
不思議な声の少女は僕を誘った。
コクリと頷く。
僕はいわゆる無言勢というやつだ。
自分の声にコンプレックスがあって。
環境事由により声が出せなくて。
考えを言葉にするのが苦手で。
あるいは単に人見知りで。
理由は人それぞれだが、僕のような無言勢はこの世界に少なからず存在する。
ただし人間同士のコミュニティなんてものは現実世界と同様に残酷で、言葉を介した交流の難しい無言勢は、排斥されるとまでは言わないものの人の輪に加われないことも珍しくない。
『いいですよ、いきましょう』
僕は空中にペンを走らせた。
不安とも高揚ともつかない微妙な感情が心の中を満たす。
こうしてお砂糖に誘われるのは初めてだった。
僕がこの世界の門を始めて潜ったのは、高校を卒業した頃のことだった。
勉強を頑張ってそこそこ良い大学に受かったから、という理由で僕は進学祝いに何か買ってもらえることになり、たまたま受験中の息抜きで見ていた動画を思い出して『VR』と答えたのだ。
人生の一大イベントたる大学受験が終わって手持ち無沙汰になっていたこと、また現実の人間関係が煮詰まってギスギスとした不協和音を出していたこともあって、僕はこの世界に一瞬でのめり込んだ。
その頃に水先案内人として僕を助けてくれたのが彼女、あるいは彼だ。
伝手のない新天地で人間関係に入っていくのはとても勇気のいることだから、その好意はとても有り難かった。
本当の性別がどちらなのかは知らない、興味もない。
カワイイを体現したい男の人だけでなく、粘着避けでボイスチェンジャーを使う女の人もいるから、その辺りを正確に判断するのは至難の業だ。
どちらの性だからといって生身で触れ合うわけでもないこの世界では関係のないことだから、僕は考えないようにしていた。
「インバイト送るね。
えっと、私のよく使う睡眠ワールドでいいかな?」
『はい』
近くにポータルが開き、入場制限の掛かったプライベートワールドへのインバイト、つまり招待状が送られてくる。
少女の差し出した手をとって、一緒にポータルへと潜る。
少しの間のダウンロード画面の後、僕たちは新たな世界へと降り立った。