第21話 現実に戻る

 心電図の音が個室病室に響く。

人口呼吸器を口につけた雫羽の顔はとても白く、少し微笑んでいた。

雫羽の母はベッドの隣ですすり泣き伏している。

それを静かに眺めている本物の澄矢は、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

隣のクラス担任の佐々木先生も眼鏡越しに涙を流している。

時間の進むのが遅かった。

この状態はどうすればいいんだろう。


「ー……ご臨終です」


 担当医が雫羽の脈を手首でまた瞳孔をライトで確認して発した言葉だ。

 時刻も言っていた気がするが覚えていない。

 記憶しておきたくなかった。

 抗がん剤治療に熱心に取り組んでいて、最期まで頑張っていたと担当医から説明された。そんなこと雫羽から聞いたことがない。こんなに瘦せていて、頭には治療による毛髪の抜け毛でそれを隠すために帽子をかぶっていた。本物の雫羽は、セミロングの黒髪ではなかったのだ。その姿を見ただけでわなわなと自分は本当に何もできなかったのか。医者でも看護師でもなかったが、何か寄り添えなかったのかと悔しい思いをした。

 泣き切った雫羽の母が起き上がって、冷静になり、澄矢の前に近づいた。


「あなたが雫羽のお友達?」

「え、えっと、たぶんそうかもしれないですね」


曖昧な返事だったかその言葉を聴き終えずに雫羽の母は、澄矢に渡す。


「これ、雫羽が渡してって言ってたから。亡くなる直前まで必死に書いていたの」


 真っ白い封筒に入った手紙だった。

 澄矢は、鼓動の高鳴りをおさえきれずに震える手で受け取った。

 ゆっくりと手紙を開いた。


『小早川澄矢 様 はじめて手紙を書きます。私は、1年2組の水城雫羽です。ある日の昼休みに環境委員会の花壇植えを教室からじっと眺めていました。あの時、澄矢くんと話しをしたくてわざと消しゴムを放り投げました。頭にぶつかっていましたね。ごめんなさい。

 ーーーーーー私は、話をしたかっただけなんです。声が聞けて本当にうれしかった。ありがとう。 す………』


 後半の字は体力が無かったのが文字が崩れていた。書ききれなかったのか。すの字が伸びきっている。すって何を言いたかったのだろう。文面を見ても河川敷の内容が一切書かれていない。あれは本当に夢だったのか。現実に近いような感覚だった。その文を見ただけで涙が出た。手が震えて、手紙が濡れた。封筒の裏には澄矢には気づかない。手紙の続きが書いてあった。


 『澄矢くんが好きな雫羽より』


 この文字に気づいた頃にはお葬式が滞りなく終わった後のことだった。


 葬式の当日は、雨が大きな音を立てて降っていた。傘にあたる雨が何度もリズムを刻んでいた。火葬を終えて、外に出た頃に土砂降りの雨が東の空に虹が出ていた。   

 心がすっきりした。浄化された気がする。


 月曜日でもない。日曜日でもない。三日月曜日というのが本当にあったとしたら、また水城雫羽に会えたのだろうか。7.5日目のきみは爽やかで陽気できれいな姿をしていた。元気な姿をずっと見ていたかった。夢でも現実だったとしても、もっとあの時間を大事にすればよかったと後悔していた。