『ご、ごめんね……僕らの……代わりにきっと……』
『いやー!』
目前で命の灯火がまた一つと消え、少女の悲痛な叫びが響く。
『また一人いなくなっちゃった……次は……私なの? これが……運命なの? どうして……もう嫌だ……誰か……助けて』
真っ暗な闇が広がり、透明な壁で囲まれた空間。紫色の長い髪をツインテールにまとめ、黒いワンピースを身にまとった少女。周りにはナイフなどで突き刺され、絶命したようなぬいぐるみのような動物たち。
全てに絶望し、自らに刃を突き刺そうとして少女の頬を一筋の涙が流れた。
「やめろ!」
少年が叫び声と共に飛び起きて周囲を見渡すと見慣れた自室の風景だった。窓から差し込む朝日が優しく室内を照らしている。
「またか……
薄気味悪く纏わりつくような悪夢を振り払おうと着ていたシャツを脱ぐと乱暴に床へ投げ捨てる。
少年の名は
冬夜が同じ夢を繰り返し見ることになったきっかけは九年前に起きた事件がすべての始まりだった……
──冬夜が六歳の時。
学校が終わり、いつも行く近所の公園で遊んでいたら、見たことのない生き物が目の前を走り去って行った。
(なんだ今の? 猫っぽいけど犬みたいな……見たことのない生き物だ!)
この年頃の男の子は好奇心の塊、むくむくと沸き上がった興味を抑えることなどできるはずがない。気付けば夢中で後を追いかけて、いつの間にか見たことのない不思議な空間にたどり着いていた。
(ここはどこ?)
冬夜が住む『現実世界』と同じ時間軸に存在するもう一つの世界との狭間にある『箱庭』と呼ばれる場所。
「驚いた。
長身の男が声をかけてきた。全身を包み込むローブを身に付けているせいで、表情を伺うことはできない。
「おじさんは誰? さっきの生き物はどこ?」
「ふふふ……おじさんとお話しをしてくれたら見せてあげよう」──
『箱庭』に迷い込んだのが本当に偶然だったのかはわからない。何か素質があったからか、
「来週から新しい学校に行くんだっけ? たしか…… ワールドエンドミスティアカデミーとかいう……
『ワールドエンドミスティアカデミー』
両世界のごく一部、特定の条件を満たした者だけに入学が許される学園。
魔法を使える人間の中でも、
学園を取り囲む森は深い霧で閉ざされ、能力の無い者はたどり着く事さえできない。
興味本位で森に入った者は二度と出られない。――もう一つの世界へ迷いこむとも、世界の狭間を永久にさまようことになるとも噂されている。『世界の終わり』とも呼ばれる場所にある謎につつまれた学園。
同じ時間軸にありながら、交わることはなかった二つの世界。
さまざまな思惑が渦巻く中、二つの世界の命運をかけた歯車が静かに回り始めた。
世界の命運を握る事件が待ち受けていると冬夜が気がつくことはなかった……