「はあ。……この間のこと、見なかった事にするなら、もう放っておいてください。蕎麦も奢りますんでそれでしっかりすっかり忘れてください。それに大丈夫ですよ、社外で捨てますから」
もう放っておいて欲しいのに、どうしてこの人はこう首を突っ込んで来るのだろう。そっとしておいてくれれば自分で解決するのに、なぜこんなに他人の事に一生懸命になっているのか分からない。
分からなくて、面倒くさくて、だんだん苛立つ。
ゴールデンウィーク中の苛立ちの火までもがまた強く燃え立つのを感じる。
「いや、だから捨てるのは……。ちょっとどうかなと思うんだよね。仮にも結城さんは一生懸命作ってくれた訳だし、その好意をゴミ箱に捨てるのは駄目だと思うよ。ってか、奢るから忘れろってまるで買収……」
「はあ……。説教ですか?」
ダメだ。燃え立つ火はどんどん大きくなり、自分でも抑えられない。
「せ、説教とかじゃ……。く、クッキー美味しかったよ? 捨てるくらいなら、その、ほら、私がもらってあげるよ?」
「なんでそこまでするんですか? 説教じゃなくてお節介ですか?」
苛立つ。
しょせんは他人の事。他人の事に口出ししないで欲しい。家族の事だってどうにも出来ないのに、他人が、……他人が、どうこうしようと口を出さないでくれ。
「結城さん可愛いし、付き合ったらいいんじゃない? お似合いだよ? クッキーも彼女の手作りなら克服出来るんじゃないかな?」
その言葉に耳を疑い、鋭い目付きになったのは自覚するが、この人はいったい僕をどうしたいのか甚だ理解不能だった。
蕎麦を食べ終え、まだ何か言っている月見里さんを適当にあしらうと、外回りのため駅に向かう。
駅構内のゴミ箱を見つけると僕は鞄から
捨てるのだって、ちゃんと悪いと思ってる。出来るなら食べてあげれたらいいのに、と思うのだ。
胸が痛まない訳じゃない。
けれど、出来ないのだ。どうしたって、クッキーだけは絶対に無理なんだ。
友梨から買い物に付き合って、と誘われて僕が断れる訳がない。友梨も僕が断らないと分かった上で誘っている。
「湊くんの実家に行くのに何着て行ったらいいかな?」
「清楚な感じならいいんじゃない?」
「手土産は何にしよう?」
「それは湊くんに聞きなよ。ご家族の好みもあるでしょ」
「あ、あそこのお店の雑貨可愛いね!」
「友梨が好きそうだよね」
「アメリカでもこんなお店あるかな?」
「探せば?」
「なかったら歩に送ってもらお! 覚えててね、このお店!」
「マジで?」
「ほらほら、あれ、可愛いでしょ?」
小さな店内を忙しく動く友梨に着いて行く。
「このお皿、絶対可愛い!」
「あー、はいはい」
飽きてきた僕は店の外へと視線を投げた。――とその時、
「あ!」
「あ……」
なんでここに月見里さんがいるんだよと、項垂れそうになるのだが、しかし、と思い直す。
そうだ、僕は今、退屈なのだ。このお節介な先輩をからかってみたらどうなるだろう、と悪戯心がむくむくと置き上がってくる。
それに対する友梨の反応も見てみたい。
「お知り合い?」
「ああ、会社の。……友梨、紹介するね、こちら月見里さん」
「こんにちは。同じ会社の月見里です。デート中ですよね、邪魔してごめんなさい。失礼します」
そう言ってすぐに帰ろうとする月見里さんを止める。
「友梨、この人だよ、僕が付き合ってる女性は」
言いながら月見里さんの肩を引き寄せてみると、案の定、月見里さんはいい顔をしていた。……面白い。
それに、あらっ! と喜ぶ友梨を置いて、月見里さんが焦っている。
「何してんの? ちょ、ちょっと彼女さんの前でナニ訳分かんないこと、冗談言ってる場合じゃないでしょ!?」
「ふふっ、仲が良いのね、良かった。安心した。月見里さん、」
「はいっ」
「歩のことよろしくお願いしますね。今日は付き合ってくれてありがとう歩。私はここでいいから、彼女さんとデートして来なさいね!」
「うん。気を付けて帰って」
友梨の反応は思ったより薄かった。まあ、そんなもんかと諦める。
それより、隣で意味が分からないと変な顔をしている月見里さんの方が僕にはよほど面白い。
僕なんかにお節介をするから、僕みたいなやつに遊ばれるんだよ、と思いながら、説明を求める月見里さんをなだめてカフェへ入った。