石段を全て下った所で、松岡くんが湊さんと友梨さんに向く。
「ちょっと旅館に戻って応急処置してもらうよ」
「え、いいよ、これくらい大丈夫だから」
「歩、お願いね!」
「だから、大丈夫ですって、おろして、ね?」
「彩葉は黙ってて」
鋭い声に反論もお願いも出来ない。
「二人は先に行ってて。あとで連絡するよ」
「うん、分かった」
温泉街へ向かう友梨さんと湊さんと別れた。
私はおぶられたまま旅館への道をゆっくり歩く松岡くんに声を掛けたくとも掛けれない。
また『黙ってて』なんて言われてしまったら……、どうしよう。
鈍臭くて、呆れられたかな?
でも優しくされるとね、勘違いしちゃうんだよ?
もしかして、
それを、そんな訳ない、そんな訳ない、と慌てて打ち消す。
だけど、旅館に着くまでもう少しの間、この特別の中にいさせて欲しい―――
旅館に戻ると、私たちは奇異の目で見られた。
そりゃそうだ。
いい年こいた大人がイケメンにおんぶされてる構図はどこからどう見てもおかしい。
「彩葉はここに座って待ってて」
ロビーのフカフカのソファに優しくおろされる。もう少しぞんざいに扱っても壊れないよ? と言うくらい丁寧にされるから調子が狂いそうだ。
フロントに向かう松岡くんの背中が逞しくて、後輩なんて思えなくなる。
あの背中を独り占めしたいだなんて思う日がくるなんて……、どうしよう。
だけどこの甘い関係は友梨さんたちがアメリカに行くまで。……と言っても多分今日で終わり。
「彩葉? もしかして痛む?」
湿布をもらってきてくれた松岡くんが私の表情を読む。
「うん……」
――痛い。
その一言は、大丈夫だよ、に換えて微笑むと、ほんとに? と訝しみながらも左足首に湿布を貼ってくれた。その優しさが胸に沁み入る。
どうしようもなく痛むのは足じゃない。胸なんだ。
ともすれば泣いてしまいそうになるのを、湿布の上を手の平で押さえて誤魔化した。
「やっぱり、ちょっと痛いや……」
「じゃあ、少しここで休みましょうか」
こくんと、頷くと松岡くんは私の隣にぴたりと寄り添って腰をおろす。
すぐ近くに感じる松岡くんの体温が心地よくて、私は私が言うべき言葉を発せなかった。
――私の事はいいから友梨さんたちと合流して楽しい思い出作っておいでよ。
言わなきゃいけないのに、言えない。
いや、言いたくない。
行って来ていいよ、なんて言いたくない。
お願いだから最後だけは我がままなことを言う