キュッリッキ対タルコットは、勝者キュッリッキ。ルーファス対シ・アティウスは、勝者シ・アティウス。ランドン対マーゴットは、勝者ランドン。
ノーキン組の予想を裏切り、案の定、大番狂わせだ。
タルコットに至っては、ミス失点までおかしている。
「このボ…、ボクが、キューリに負けたナンテ……」
妖艶な美貌を苦痛に歪ませ、タルコットは竹のベンチに撃沈した。
「オレもシ・アティウスさんに完敗だったよ~」
タルコットの隣に座り、ルーファスは天を仰ぐ。
情けないことに、2人揃って一点も取れなかったのだ。
「あーあ、勝てると思ってたのになー」
ハァ、と2人は揃って情けない溜息を深々と吐いた。
「おや、運が良いですねえベルトルド様。あのメルヴィンごときに、手心なんか加えてはダメですよ?」
「フッ。立ち直れないほど、ギッタンギッタンに打ちのめしてくれるわっ!」
「
「使うまでもない!」
凄絶な笑みを浮かべ、ベルトルドは台の前に立つ。
「……」
その反対側には、ガッカリした表情を貼り付けたメルヴィンが立っていた。
「頑張ってメルヴィン! ベルトルドさんなんて、けちょんけちょんのコテンパンにやっつけちゃってね!」
「りっきぃ…」
キュッリッキの容赦ない応援に、ベルトルドはシクシクと涙を目に浮かべる。
本来ならば「大好きなベルトルドさん頑張ってね! 勝ったらご褒美にチューしてあげるんだから」という、愛らしい声でキュッリッキに応援されるのは自分のはずなのだ。それなのに、目の前の青二才が、キュッリッキに応援されている。
「許さん……、許さんぞ青二才!!」
フゴゴゴゴゴ、という効果音でも聞こえてきそうなベルトルドの剣幕に、メルヴィンはひっそりと心で重いため息をつく。
(よりによって、ベルトルド様と当たるなんて)
絶対当たりたくないベスト3は、1位はキュッリッキ、2位はベルトルド、3位はアルカネットである。
キュッリッキと当たったら、まず試合になりそうもない。ほのぼのラリーで時間が潰れそうだ。
しかしベルトルドとアルカネットは、何をしてくるか判らないほど、本気で向かってくるだろう。目の前のベルトルドの様子を見ていれば判る。
すでにキュッリッキの愛を勝ち取っているので、これ以上は恨まれる原因を増やしたくない。勝つ自信はあるが、勝ったら恨みが特倍になりそうなのだ。
(かといって、負けるのは悔しいな)
2人から特大の嫉妬を向けられる覚悟は、とうにできていることだ。ならば、全力で勝つまでのこと。キュッリッキも自分を応援してくれている。
メルヴィンの顔に、不敵な笑みが浮かんだ。
「では皆様、始めてくださーい!」
アリサの合図で、2回目の試合が開始された。
「貴様なんぞ、この俺の前にひれ伏すがいい!!」
気合充分、渾身のサービスがベルトルドから始まった。
「オーバーアクションしても、テーブルテニスって地味に始まっちゃうのよネ」
「ボールが軽くて小さいからな」
ケラケラ笑うリュリュに、シ・アティウスが笑いを堪えながら応じる。
あまりにも適当に力のまま叩きつけても、ホームランかアウトになるのが関の山である。
「点を取ったら、ポーズキメて派手に叫べばいいのですよ」
アルカネットは苦笑気味に茶化した。
「ふふっ、ベルならやりそうねン」
「オッサンとメルヴィンの試合、ハジマッタナ」
2人の試合以外にも、カーティス対マリオン、ハドリー対シビルの試合もやっている。しかしギャラリー達は、ベルトルド対メルヴィンの台しか見ていない。
悲しいくらい地味に始まったサービスも、2人のフットワークの軽さや、何時止むか判らないほどのラリーで白熱している。
点を取ろうと仕掛けているが、お互いそれをやり返してキリがない。小さな弾のぽこぽこと打ち合う音が、リズミカルにホールの中に響きあう。
ベルトルドもメルヴィンもマジ顔で打ち合っているので、外野はツッコむ暇がない。
「なんか、2人とも凄いんだあ~」
「オトナ気ありませんね」
試合を見つめるキュッリッキを膝の上に抱きかかえ、アルカネットは嘲笑うように言う。
「アルカネットさんは、ベルトルドさんの応援してあげないの?」
「私はリッキーさんの応援しかしませんよ」
にっこり言われて、キュッリッキは「ふにゅ~」と困り顔で肩をすくめた。
「いい加減くたばれ青二才っ!」
「負けるわけにはいきませんっ!」
ラリーは止まらず、お互い一点すら取れていない。
(何がなんでも負けんぞおおおお)
かつてないほど意地になりまくるベルトルドは、嫉妬の炎をメラメラ燃やし、心の中でメルヴィンに吠えまくる。
(中々キメられないなあ。――うーん、そろそろ腕が疲れてきた…)
一方メルヴィンも手を緩めないが、粘りまくるベルトルドに辟易してきていた。
(俺だけの愛しいリッキーを、リッキーを……奪ったコイツだけは、絶対に許さん!)
ライオン傭兵団に入れるために迎えに行って、そしてひと目で惚れた。本気で愛してしまった。以来女遊びも辞め、キュッリッキだけに愛の全てを捧げている。
愛していると最初に告白したのは自分だし、キュッリッキの全てを受け入れているのも自分だ。
溢れんばかりに可愛がり、慈しみ、大事に大切にしているのも自分なのだ。
それなのにキュッリッキはメルヴィンに恋をしてしまい、自分のことは父親としてしか見てくれない。
悔しい、心のなかに寒風が吹き荒れるほど、心底悔しすぎる。
そして、メルヴィンが憎い、憎たらしすぎる。
「貴様なんぞに絶対に負けんわああああっ!」
嫉妬と憎しみのこもったベルトルドのスマッシュが、ラリー開始から6分後、炸裂して華麗にキマった。
「あっ」
ハッとして、メルヴィンは後ろに飛んでいったボールを目で追う。
「先に一点取られちゃいました……」
肩を落として残念そうに呟くと、ふんぞり返ったベルトルドが、ホールに轟くほどの笑い声を上げた。
「判ったか青二才! これが俺と貴様の決定的な差だ、リッキーへの愛の深さのな!」
「そ、そうなんですか…」
メルヴィンは心にグサッと刺さったような表情を、ドヤ顔のベルトルドに向けた。しかし、
(愛じゃなく、嫉妬の粘り強さじゃ…)
と、リュリュとシ・アティウスは胸中で呟く。
「ずぇったいに貴様になど点はやらん! 覚悟せいっ!!」
「メルヴィンどんまいだよ! まだ一点なんだからねっ! 頑張ってなの~!」
「ありがとうございますリッキー。頑張ります」
一生懸命応援してくれるキュッリッキに、メルヴィンは嬉しそうに微笑んだ。
速攻2人の世界が出来上がり、ベルトルドとアルカネットのこめかみに青筋が走る。
「ベルトルド様、こんな青二才に手加減など無用なのですよ? 悠長にラリーなどせず、とっとと沈めてしまいなさい」
「言われるまでもない、後が詰まっているからな」
キュッリッキがメルヴィンを応援するものだから、ベルトルドとアルカネットは本気で拗ねている。
ベルトルドはラケットを強く握ると、ボールを構えた。
「さあ、次いくぞ、次!」
しょんぼりというより、酷く疲れた顔のメルヴィンが、竹のベンチに座ってため息をついていた。
「お疲れ、メルヴィン」
「はは、負けちゃいました」
ルーファスから差し出された湯呑を受け取り、メルヴィンは中身をすすった。グリーンティーの爽やかな香りが、疲れた身体にほっこりと沁みる。
「キューリちゃんは?」
「ベルトルド様に奪われちゃいました」
「ありゃりゃ」
ルーファスは奥の方を見ると、アルカネット対ガエルの台の近くで、キュッリッキを膝に乗せてベルトルドは観戦している。キュッリッキは「相変わらずしょーがないなーもう」という表情を浮かべ、おとなしく膝に抱かれていた。
ベルトルドの嬉しそうな顔を見て、ルーファスは苦笑する。先ほどの気迫はすっかり鳴りを潜め、キュッリッキをベタベタ触れて上機嫌だ。
結局ベルトルド対メルヴィンの試合は、メルヴィンの全敗で終わった。
周りが呆気にとられるほど、ベルトルドの猛攻凄まじく、最後まで緩まぬフットワーク押せ押せで、メルヴィンのほうが根気負けしたのである。
「まさか、一点も取れないとはさすがに思いませんでした…」
「有言実行しちゃうベルトルド様が凄すぎたって感じだね~。まあ、ご褒美と言わんばかりにキューリちゃん持ってっちゃってるし」
「ええ…」
ガクッとメルヴィンは項垂れた。
「それにしても、ガエルも勝つのは難しそうだなー。アルカネットさん相手に一点も取れてないよ」
「当初の予想が大きくハズレましたね」
「ホントダヨー」
2人は揃って、情けないため息を長々と吐き出した。
「そういえば、こんな風にみんなで旅行に来たのは初めてですね」
「確かにそうだねえ」
「オレたちは仕事であちこちへ行くから、改まって旅をするっていう話は、自然とでないですし」
「アジトでのんびりゴロゴロしてるほうがイイしネ~」
「ですね」
メルヴィンは後ろを振り向いて、柔らかい陽射しを受ける庭園を見つめる。ここは故郷の風景によく似ているせいか、ホッとする気持ちになった。
「もう明日には、帰らないといけないんですね。楽しいと、時間はあっという間です」
「ホント、そうだね」
ルーファスは穏やかな表情で頷いた。
「今度旅をするときは、キューリちゃんと2人っきりで行かないと」
ウィンクするルーファスを見て、メルヴィンは顔を赤らめる。
「そ、そうですねっ」
(メルヴィン純朴だなあ)
共に30歳になるが、自分にはもうナイものだなあ、などとルーファスは思ってしまう。この純粋さは、恋愛初体験のキュッリッキにとって好ましいものであり、この先2人のペースで愛を育んでいくのだろう。
「保護者付きだと、ラブラブさせてくれなくて、お邪魔虫すぎ」
これでもかとキュッリッキにキスし放題のベルトルドを見て、ルーファスは肩をすくめた。
昼食休憩を挟んで、テーブルテニス大会は続いた。
準決勝に残ったのは、キュッリッキ、リュリュ、ベルトルド、アルカネットの4人で、ライオン傭兵団の予想を大きく外すメンツだった。
このままなら、キュッリッキが優勝する確率が上がるとギャリーたちは予想した。ベルトルドかアルカネットと当たれば、あの2人は絶対手を抜く。いや、わざと負ける。
ところがまたまた予想を覆し、相手はリュリュとなり、サックリと敗れ去ったのだ。
「あーんもお、リュリュさん強いんだもーん!」
2セット取られて負けたキュッリッキは、悔しがって悔しがって、ギャリーの頭をぽかすか叩いた。
「オレの頭に八つ当たりすんなや…」
マッサージレベルの威力なので、ギャリーはゲッソリしながらされるがままでいた。
「人は見掛けによらないよなあ」
「オカマは何をしても恐るべし、って目の当たりにした気分だぜ…」
おやじ衆に惨敗したライオン傭兵団は、見学スペースに集まって愚痴と決勝戦の予想を言い合っていた。
「ベルトルド様とアルカネットさんが、準決勝で当たったのはモッタイなかったよねえ~」
「どうせなら、決勝戦で観たかったよね」
「でもキューリがどっちかと準決勝であたってたら、間違いなく片方敗退してただろうしよお」
「やる前から棄権してそーダヨネ」
「アルカネットさんが負けたのは、ナンカ納得」
「おっさんの、あの執念はフツーじゃねえし」
「愛の差とか言って、勝ち誇り方も尋常じゃなかったしな…」
「まあでも、決勝戦はオカマパワー炸裂して、リュリュさんが勝つと思うな~」
「尻の穴を死守する、とか喚いてたし、御大が勝つんじゃね」
「今日は賭けに全然なってなかったしな、御大たちの試合で賭けしなおすか」
「サンセー、オレはリュリュさんに」
「あたしぃは~、ベルトルド様にしよっかなぁ」
「ボクはリュリュさん」
「ちょいマテ、メモする」
取りまとめ役のザカリーが、手帳に急いで書き込んでいった。
「リッキーはどちらに賭けますか?」
「アタシ興味ないから、温泉入ってくる~。汗かいちゃったし」
「あたしも行くわ、リッキー」
ファニーと連れたって、キュッリッキは出て行ってしまった。
「なあにいいいいいい!」
ダンッと台に両手を叩きつけ、ベルトルドはライオン傭兵団を睨みつけた。
「リッキーが何故おらんか説明せい馬鹿者ども!!」
引き止めておくべきだった、と皆胸中で後悔する。
「ええっと、汗かいちゃったからって、温泉に……」
「汗ならこの俺が隅々まで丁寧に舐め拭ってやるものをっ!」
――いやあ、それは無理じゃこの変態…という視線が、握り拳のベルトルドに集中する。
「そんな不埒なことを、この私が許すわけ無いでしょう」
「黙れ敗者!」
「ンぐっ」
ツッコむアルカネットを一撃で沈め、ベルトルドはラケットを台に置く。
「リッキーが観ててくれないと、こんなんやっててもつまらん!」
プイッと腕を組んで、ツーンとそっぽを向いた。
「あらベルぅ、そんなコト言ってもいいの~ん?」
甘くねっとりした声が、ぞぞーっとベルトルドの背中を撫でるように這いのぼる。
しなを作って立つリュリュを目の端に捉え、ベルトルドは顔を青ざめさせた。
「アタシに勝たないと、今夜もたーっぷり、あーたの暴れん棒を喉の奥まで咥えこんじゃうわよ?」
ベルトルドの顔が更に青ざめる。
「もしかしてあーた、ホントはアタシにそうして欲しいんじゃなくってン?」
「そんなわけあるかーーーーーーーっ!!」
恐怖を振り払うように大声で叫び、ベルトルドはラケットを持つと構えた。昨夜の屈辱的な悪夢が脳裏に広がる。
「負けん!!」
――魂の叫びだ…。そう、ライオン傭兵団はゲッソリと肩を落とした。
「な……なかなか……やるじゃないベル…ぜぇ」
「フンッ、ターベッティを歴代1位で卒業した俺だぞ……ケホッ」
試合が終わり、息も荒く台に手をついて、ベルトルドとリュリュは肩を喘がせていた。
スポーツ
「ベルトルド様、リュリュ様、お疲れ様でございました。決勝戦の勝者はベルトルド様です!」
大きな声を張り上げ、アリサが告げた。
「いやあ、ホント凄かったですねえ」
やや呆れ半分といった声でカーティスが言うと、皆深々と頷きを返す。
髪も浴衣も振り乱し、凄まじい咆哮を迸らせながらのラリーだった。
台に叩きつけられる小さなボールは、時に破裂し、時に外野に飛んで建物に傷を付け、見学者たちを心胆寒からしめる勢いなのだ。
技術的にはリュリュに分があったが、パワー的にはベルトルドが勝り、2セットを落としてリュリュが負けた。
「皆様お疲れ様でございました。白熱したいい試合でしたね」
女将のシグネがニッコリと頭を下げた。
「お夕食はご馳走をたくさん振舞わせていただきますので、楽しみにしていてくださいまし」
「色々協力していただき、ありがとうございました。建物などへの破損請求は、あそこの息の荒い大人げない人にお願いします」
カーティスが微笑みながら応じると、シグネは愉快そうに笑った。
「いいんでございますよ。久々に面白いものを見せていただきました」