57話:ベネディクト中将の悲劇

 ベルトルドが催した式典は、全世界に大衝撃を与えてた。

 誰もが初めて目にする、神の世界アルケラの住人たち。巨大で化物じみたものを複数呼び寄せることができる召喚〈才能〉スキルの力を、人々は畏怖した。そして神の力を操れるという噂は本当だったのだと思い知る。

 召喚〈才能〉スキルを持つ者を保護下に置いている国の王ですら、あんな召喚は見たことがない。


「他の〈才能〉スキルのように、召喚〈才能〉スキルにもランクがあるのだろうか?」


 そういう疑問に支配された王が殆どだろう。

 そしてここにも、その疑問に支配され、感極まっている王がいた。

 式典の中継が終わり、灰色になったスクリーンを見つめながら、ソレル国王ヴェイセルは激しい興奮に口をわななかせた。


「おお…あの召喚士……なんという力よ」


 キュッリッキがアルケラから幻獣を呼び寄せたところは、世界中の誰もが初めて目にした光景だろう。そもそも召喚士が表に出てくることはなく、ましてやその力を振るうところなど、誰も見ることは叶わない。

 ヴェイセル自身も、初めて見るものだった。

 ソレル王国では現在2人の召喚〈才能〉スキルを持つ者を保護している。間違いなくそれは召喚〈才能〉スキルなのだが、2人の召喚士は何やら形状のあやふやなものを呼び寄せるだけで、それ以上のものは不可能だと言っていた。

 しかしキュッリッキというあの小娘は、呼び寄せたモノの名を呼んでいた。

 名のあるものは神だということを、ヴェイセルは知らない。見た目はどうあれ、キュッリッキは神を呼び寄せていたのだ。


「我が物にしたい」


 この戦争に勝つ以外に、ヴェイセルには新しい目標が出来た。

 そう、あの召喚士キュッリッキなる小娘を手に入れることだ。


「あの召喚士を手に入れれば、我計画は間違いなく成就する。このメリロット王家が…ヤレヴィレフト王家が再び惑星ヒイシの玉座に就くことになるのだ」


 ヴェイセルは手にしていた杖で床を小さく叩く。目の前の大きな灰色のスクリーンに映像が映し出された。

 そこにはボルクンド王国バーリエル王、エクダル国首相アッペルトフト、ベルマン公国ヘッグルンド公王が映っている。

 酒盃を床に転がし、何やら喚きたてていた。ヴェイセルの尻馬に乗った王たちだ。

 ボルクンド王国、エクダル国、ベルマン公国もそれぞれハワドウレ皇国の属国にしかすぎない。独立を謳ったヴェイセルに賛同し、同盟を結んで連合軍を結成して反旗を翻した。しかし全てをヴェイセルに丸投げして、宣戦布告の後自国を捨てて、いそいそとエルアーラ遺跡まで逃げてきた腰抜けたち。

 先ほどの式典の映像を見て、ヴェイセル同様に興奮しているようだった。


「せいぜい酒でも飲んで、死にゆくまでの短い快楽を貪るがいい…」


 この戦争に勝ち、ハワドウレ皇国を退けたあと、ボルクンド王国、エクダル国、ベルマン公国を排除する。酒浸りの王たちなど不要だ。


「このエルアーラが本来の姿を取り戻せば、ベルトルドなどという小僧が何をしようと関係ない」


 スクリーンに映る3人の王たちを冷ややかに見やり、ヴェイセルは呟く。


「アルケラの力を手にし、ヒイシだけではなく、世界の王となる!」



* * *



 ベルトルドとアルカネットと共に、エグザイル・システムでソレル王国首都アルイールへ飛んだキュッリッキは、メルヴィンとルーファスと3人でボルクンド王国エレギア地方へ向かうことになっていた。


「ベルトルドさん、一緒に行かないの?」


 不安そうに見上げてくるキュッリッキに微笑みながら、ベルトルドは残念そうに頷いた。


「ちょっと寄り道があるんでな。用がすんだらアルカネットと共にすぐ追いかける。寂しいだろうが、それまで我慢してるんだぞ」


 キュッリッキを優しく抱き締めながら、何度も何度も頭を撫でる。


「ライオンの連中との合流は、エレギアに入ってからになるだろう。それまでリッキーをしっかり守れ。おそらくソレル王の手の者が、リッキーを狙うだろうから」


 式典で全世界に向けてキュッリッキの力を見せつけたのだ。恐らくソレル王は確実に狙ってくるだろう。

 それが判っていて別行動を取るのは、一つはキュッリッキを囮にしているからだ。

 大事な用を片付ける間、キュッリッキに敵の意識を集中させる。


「あーた、本当にそれでいいの?」


 愛する者を危険な囮に利用するのはどうか、とのツッコミをリュリュからもらっている。矛盾の極みだが、それでもベルトルドとアルカネットには、譲れない大切な目的があるからだ。

 犠牲にしないために、メルヴィンとルーファスを護衛につけている。

 ベルトルドはキュッリッキを抱きしめる手に力を込め、メルヴィンとルーファスに厳しい目を向ける。


「ナルバ山のような失態は、二度と犯すなよ」

「はっ」

「はいっ」


 声に怒気をはらんだベルトルドに驚き、キュッリッキは慌てて上を向いて、


「あのことは、誰も悪くないんだよっ、アタシが自分で招いたことだから、アタシが全部悪いの! 本当だよ!」


 ベルトルドの胸にすがって、キュッリッキは必死に叫んだ。


「みんな悪くないの、だから――」

「リッキーは悪くないぞ、少しもな」


 キュッリッキに向ける目はどこまでも優しい。しかしナルバ山の一件では、ベルトルドとアルカネットのライオン傭兵団へ向ける怒りはいまだにおさまっていない。事あるごとに話題に出れば、2人の怒りを感じてキュッリッキは心が痛んだ。


(本当に、アタシが悪いのに…)


 全ての原因は自分にあるというのに、2人はキュッリッキを責めてこない。危険にさらして怪我をさせたのは、守り切れなかったライオン傭兵団だと責める。

 そのことが、余計心に苦しかった。


「いいかい、リッキー」


 腰をかがめてキュッリッキと視線を同じくしたベルトルドは、キュッリッキの小さな肩にそっと両手を乗せる。


「ソレル王がリッキーの持つ召喚〈才能〉スキルを狙って、手の者を差し向けてくるだろう。あれだけ大々的に見せつけてやったからな。万難を排してでもリッキーを手に入れたがる」

「う…うん」

「俺とアルカネットが合流するまでは、リッキーも召喚の力を使って応戦するんだよ」

「はい」

「それと、何があるか判らないから、道中遺跡の中には絶対に入るんじゃないぞ」

「遺跡…」

「このモナルダ大陸には古代の遺跡がゴロゴロしている。不便かもしれないが、廃墟でもなんでも、遺跡には近づかないよう注意しなさい。万が一、ナルバ山の時のように力が封じられては困るからね」

「うん、判った」


 固く頷くキュッリッキに優しく微笑み、額にキスをして身体を起こした。


「お前たちも遺跡を見かけたら、近づかず避けて通れ」

「了解です」

「判りました」


 ルーファスとメルヴィンも、背筋を伸ばして神妙に頷いた。

 ナルバ山のような悲劇は二度とご免だ。


「それにしても……」


 ベルトルドはキュッリッキの足元に視線を向ける。


「結局、居着いたのか」


 白銀色の仔犬の横で、漆黒の毛並みの仔犬が無邪気にフェンリルにじゃれついている。


「うん~……なんか、フェンリルと一緒に居たいんだって」


 式典の見世物でアルケラから招いたヨルムガンド、リンドヴルム、スレイプニルはすぐにアルケラへ戻した。しかしフローズヴィトニルはフェンリルのそばにいるのだと言って、仔犬の姿になってこちらの世界に留まった。


「居て困るものじゃないし、いっかなって」

「なるほど……。アルケラの生き物にも、親愛の情とかあるんだな?」


 鬱陶しそうにするフェンリルにじゃれつくフローズヴィトニルを見つめ、ベルトルドは妙に感心したように呟いた。



* * *



 8月10日の開戦に備え、ハワドウレ皇国軍は式典前から移動を開始していた。

 ワイ・メア大陸の反対側にあるモナルダ大陸が開戦地になることで、あらゆる移動は大変なものになった。

 先行していた第ニ正規部隊により、ソレル王国、ボクルンド王国、エクダル国、ベルマン公国、そして属国としての立場を守るオングストレーム国、ブリリオート王国のエグザイル・システムは全て抑えられ、1週間かけての大移動が行われた。

 海上からも戦艦で戦力は運ばれたが、第七正規部隊を抜かした全ての部隊がモナルダ大陸に送られたのだ。大変な人数である。

 兵士たちを飢えさせないために、食料や物資も相当数が送られている。現地調達だけはするなと、ベルトルドから厳命されているからだ。それを管理する者、医療に携わる者、向かったのは軍人だけではない。

 3年前のコッコラ王国の反乱など小さなものだったと、後に人々は思うほどの規模に膨れ上がっていた。


「これじゃ大国が丸ごと引っ越してきたような規模よね、副宰相のあーたもいるから」

「そうだなぁ。まあ、今回軍はブルーベル将軍に丸投げ、管理はリューに丸投げだから、俺は思う存分遊んでこれる」

「ふんっ。おいたは程々にね」


 肩をすくめたリュリュに、ベルトルドは声を立てて笑った。

 戦争の原因を作ったのはソレル王国だが、実はここまで大規模に相手をする必要は全くなかったのである。せいぜい精鋭部隊を1つ送り込めばそれだけでよかった。

 しかしこの戦争を利用して、ベルトルドには目的がある。そしてエルアーラ遺跡を隠すために派手なパフォーマンスが必要となった。キュッリッキの召喚姿を世界に流したのもその一つだ。そのままキュッリッキは囮として利用する。


「ホントにイイの? 小娘をもっとも大きな危険に放り込んで」

「…リッキーには、本当に申し訳ない」

「小娘の利用価値は高いものね」

「イヤミを言うな、本気で悪いと思ってるんだ、俺は」


 複雑な表情を浮かべ、ベルトルドは自分の両手を見る。


「もっと時間があれば、リッキーを利用することなどしなかったが、遺跡を衆目に晒すわけにはいかない、絶対に。――だから俺が出て、早期に戦争を集結させ、その後はリッキーを危険な目に遭わせることはしない」


 両手の拳を握り締め、ベルトルドは目を伏せた。その様子を厳しい目で見ていたリュリュは、フッと視線を逸らす。


「もうこれ以上、小娘を泣かせるンじゃなくってよ。悲しむわ、おねえちゃん…」


 ハッとなって目を開き、ベルトルドはリュリュの横顔を見る。


「リュー…」

「そろそろ行きましょうか、ベルトルド様」


 部下への指示を終えたアルカネットが来ると、ベルトルドは軽く頭を振って頷いた。


「リッキーたちはもう発ったのか?」

「ええ、もう出発しましたよ」

「そうか……。暫く会えないから、もう一度抱きしめたかったんだが」

「私はしっかり抱擁してきましたよ。ほっぺにキスもしてもらいました」


 爽やかに微笑むアルカネットの顔を、ベルトルドは悔し涙を浮かべ、これでもかと唇を噛み締めながら睨みつけた。


「先行させておいた偵察の報告では、小隊が何やらしているそうですよ」

「何やらって、なんだ??」

「使えない者を送ったのか、報告がいい加減ですので私も知りません」

「どんだけ人材不足だ…」


 ベルトルドは悲しそうな顔をアルカネットに向ける。


「暇そうな親衛隊の者を使ったようです」

「畑違いの人間を何故使う」

「それこそ人手不足だったのでしょう。まあ、結果をアレコレ論じていても時間の無駄です。小隊がいようが大隊がいようが、我々には関係ないのですから」

「まあな」


 あとで新しい規則を設けてやる、とベルトルドは誓った。


「おし、行くか」


 ベルトルドはアルカネットの肩に手を置くと、空間転移した。



* * *



 ソレル王国軍に席を置くベネディクト中将は、国王からの勅命を受け、魔法使いと超能力サイ使いを組み込んだ1個小隊を率いてナルバ山に詰めていた。

 ナルバ山の中にある神殿を、ボルクンド王国のエレギアにあるエルアーラ遺跡まで運べというのである。そのために山を吹き飛ばしても構わない、とも言われていた。

 神殿を壊さず山を吹き飛ばすために、魔法使いと超能力サイ使いを動員しているのだが、これが思うようにいかない。

 ランクの高い者は全て、ソレル王と共にエルアーラに移っている。中程度のランクでも作業に問題なしとの判断で連れてきたが、ベネディクト中将はやや呆れ顔で首を振った。

 樹木の生えていない禿山一つ、特殊〈才能〉スキルを持つ彼らは吹き飛ばせないでいるのだ。


「こんなに魔法とは、弱いものなのか……?」


 備えているのが戦闘〈才能〉スキルのベネディクト中将には、魔法の威力がどの程度なのかあまり理解していない。魔法が使えればこの山程度、簡単に吹き飛ばせると思っていた。

 魔法使いの一人グンナル大尉は、情けない表情を貼り付けたままベネディクト中将の前に立った。


「強力な結界のようなものが、山全体に張り巡らせられているようです。我々の手には余ります、閣下……」


 今にも消え入りそうな声でグンナル大尉が報告すると、ベネディクト中将は腕を組んで山を見上げた。


「破壊の威力が強ければ、結界ごと吹き飛ばせるのか?」

「そうですね…、かなりの威力があれば、壊せると思います」

「ふむ。それなら爆薬も惜しまず使う事にしようか。超能力サイ使いには神殿への防御の強化、魔法使いは引き続き攻撃を続行。おい――」


 ベネディクト中将の指示で爆薬班が手配され、そのための準備で麓は騒然となった。


「魔法使いが15人、超能力サイ使いが10人。雁首揃えて仕事もできないのでは、養ってる意味がないな」

「誰だ!?」


 嘲笑するような声が頭上から降り注いで、ベネディクト中将は上空を仰ぎ見た。

 陽が傾きかけて水色に朱色が混じり始めた空を背景に、真っ白な軍服とマントをなびかせた男と、漆黒の軍服と裏地だけが真紅のマントをなびかせた男が、滞空したまま並んで見下ろしている。


「無能な部下と無能な上司の板挟みでは、中間管理職のお前も大変そうだ。同情申し上げる」


 腰に両手をあてたポーズでえらく真面目くさって言われ、ベネディクト中将は一瞬言葉を失ったがすぐに立ち直った。


「なんだ、貴様ら!!」

「今更なんだとは、間が抜けていますよ」

「しょうがない、奴は中間管理職だから」

「あんまり中間管理職を馬鹿にするのはおよしなさい。彼らがいないと、運営も職場も成り立たないんですから」

「別に俺の部下じゃないし」

「怪しい奴らめ! 撃ち殺せ!」


 ツッコミを入れ合うよりも賢く攻撃命令を叫んだベネディクト中将の怒号に、その場に詰めていた銃兵や魔法使いや超能力サイ使いが一斉に攻撃を開始した。


「お、現実をしっかり見据えた中間管理職だったか」


 感心したようにベルトルドは口をニンマリさせる。凄い量の攻撃が飛んできているが、攻撃は全て空間に飲み込まれ2人に届かない。

 硝煙が落ち着くと、ソレル王国兵は無傷の2人を見て唖然となった。


「ご褒美に、山を吹き飛ばすお手本を特別に見せてやろう。アルカネット、やれ」

「はいはい」


 片手で前髪をかきあげると、アルカネットは山に手をかざす。


「ブラベウス・プロクス」


 山裾に浮き上がった真っ赤な線が、山を囲むように高速で走り、ぐるりと回って線がつながる。すると山を囲むようにして、線から巨大な炎の壁が立ちのぼった。辺りに高熱が漂い、ソレル王国兵は熱から逃れようと山から離れ出す。

 灼熱の炎に山は飲み込まれ、形を削ぎ落とされながら炎の中に溶けて消えていく。その様は溶岩のようで、赤々と周囲を照らしていた。

 そして炎の中から、ベルトルドの念力に守られた神殿が、その全容を明らかにした。


「ふむ。感触から、もっとこじんまりしたものかと思っていたが、意外に大きいんだなあ」


 ベルトルドが意外そうに呟くと、アルカネットも同意して頷いた。


「フロスト・キテート」


 アルカネットが再び神殿の方へ手をかざすと、無数の氷柱が地面から生えて、辺りの熱を吸収して消えていった。

 むわっと蒸気が漂い、辺は焼け焦げた臭いに包まれた。


「どうだ、これが魔法と超能力サイの使い方だ。この程度が出来ないようじゃ、皇国では採用できんぞ」


 ふんぞり返って言うベルトルドを、その場にいたソレル王国兵たちは、口を開けたまま呆けて見上げていた。ベネディクト中将も驚きすぎて言葉が出ない。

 その様子を見て、ベルトルドは頬をポリポリっと掻いた。


「別にお前たちに遺恨もなんもないんだが……。まあ、死ね」


 ベルトルドが腕を軽く薙ぐと、その場にいた全てのソレル王国兵の首が飛んだ。




「やはり重要な仕事は、中間管理職をあててはダメだな」


 呆けた表情を貼り付けたまま、首だけになったベネディクト中将を無感動に見下ろしながらベルトルドはウンウン頷く。


「そんなこと言っていたら、なんでもかんでもあなたが自分でやらなくてはいけなくなるでしょう」

「俺はいいんだ、優秀なブルーベル将軍がいるから。使えないキャラウェイは叩き出したしな」

「その点は同感です」

「だろう」


 ベルトルドとアルカネットは死体をまたいで神殿に近寄った。


「これをエルアーラに運ぶ手間を、こいつらが軽減してくれると淡い期待を抱いていたが。――結界が山自体に張られていたとかなんとか言っていたな。防御を張っていたら、なにかしら触れるものを感じた」

「それは間違いありませんでした。私の魔法もかなり阻害されていましたから。そうでなければ、一瞬で吹き飛ばしていましたよ」

「ふふん、お前の力を阻害するのか。山が消えた途端、神殿にも結界が起こったな。どうにも曰く有りげだなあ、これは…」


 長方形のような石造りの神殿を見上げ、ベルトルドは眉を寄せた。

 先程から神殿を持ち上げようと力を込めているが、神殿はベルトルドの超能力サイを拒み跳ね返している。それに気づいたアルカネットが、エルプティオ・ヘリオスをぶつけるが、全て弾き飛ばされた。


「仕掛けでもあるのかな?」


 ベルトルドは腕を組んで首をかしげる。


「中にあるレディトゥス・システムだけ取り出せれば、こんな神殿は破壊してしまってもいいのでは?」

「それはダメなようだな」

「なぜです?」

「壊しちゃダメって、シ・アティウスに言われてる」


 アルカネットは肩をすくめる。


「では、この結界をどうすればいいか、彼に教えてもらいましょう。このままではリッキーさんに合流できません」

「だよな。シ・アティウスはアルイールに着いてるかな」

「ええ、とっくに」

「なら、ここに転送する」




 接収したアルイールの街角のカフェで、リュリュとコーヒーを飲んでいたシ・アティウスは、目の前にいたはずのリュリュがベルトルドになっていることに首をかしげた。


「なんだお前は、優雅にコーヒーなんぞ飲んでいたのか。俺が真面目に遊んでいるというのに」

「………転送するなら、その前に一言仰ってください」


 別段驚いた風もなく、シ・アティウスは手にしていたコーヒーを飲み干した。その様子を見て、ベルトルドは不機嫌そうに口を曲げる。


「リアクションがなさすぎる。張り合いのない奴だ」

「あなたのお茶目にも、もう慣れました」

「それにだ。コーヒーなんぞ無粋なものを平気で飲むな。豆を焦がした焦げ汁だぞ? 焦げ焦げ汁! 焦げを水に溶かして飲むとか酔狂すぎる! 想像するだけで鳥肌が立つわ! 俺には耐えられん」

「……まあ、たまに飲むと悪くないので」

「だからお前はエロメガネなんだ」

「意味不明です」


 シ・アティウスは辺りに視線を配り、横にそびえる神殿をじっくりと眺め、自分がどこにいるのかを把握する。


「私を呼び寄せたということは、神殿の扱いに詰まったんですね」

「ええ。この通り結界で手が出せないのですよ」


 アルカネットがエルプティオ・ヘリオスの火の玉を神殿に投げると、火の玉は弾き飛ばされ霧散した。

 それを見て暫く考え込んでいたシ・アティウスは、「ふむ」と呟いて、すたすたと神殿に向かって歩き出した。

 それを見たベルトルドとアルカネットは、ビックリして目を見開いた。

 シ・アティウスは阻害されることもなく、易易と神殿の中に入っていったからだ。


「おい?」


 神殿の中に消えたシ・アティウスは、すぐに外に出てきた。


「入るだけなら問題ないようです」


 ベルトルドとアルカネットは、顔を見合わせてため息をついた。


「害する行為には、結界の力が働くように出来ているようです。エルアーラ遺跡に運ぶためには、この結界を壊す必要がありますね」

「ううん、こういうのは専門外だ。すぐに壊せるのか? 結界」

「残念ですが、今すぐには不可能ですね。方法も判りませんし。――調べる時間を下さい」

「エルアーラ制圧を先にしてしまったほうが、よさそうですね」


 ベルトルドはそれに頷く。すでに陽は沈み、あたりは闇に包み込まれていた。


「ダエヴァの一部隊をこちらに回すか。合流し次第、俺たちはエレギアへ向かう」

「判りました」


 シ・アティウスは神殿を見上げ、ある仮説を思い浮かべていた。そしてそれが仮説とそう違っていないことを、薄々と感じていた。