レグルス辺境領の南東に位置するセロス山は、標高が低いわりに冬場は雪が多く、近くに川も水場もないため、夏場は乾燥して作物が育ちにくい環境にあった。
人が暮らしを営むには不向きな土地であるため、セロス山周辺は荒地になっていると聞いてはいたが、まさか、ここまで多くの魔物と獣の生息地になっていたとは……
現地に足を運んでみないと、わからないものである──が、入山して調査するには、何の支障もなかった。なぜなら冬場の魔物討伐に慣れた第一騎士団がいたから。
遠征初日。セロス山の入口付近に野営地をはった調査隊。このときシルヴィアほまだ、セロス山が魔物と獣の住処になっているとは知らなかった。
遠征2日目。早朝からの入山に備え、東の空が薄っすらと色づくと同時に目覚め、天幕を出たとき、朝焼けのもとでシルヴィアが見たのは、魔物の山ひとつと獣の山ふたつ。
「シア、おはよう」
山側の小径から現れたのは、爽やかな笑顔のエルディオンと絶命した魔物。胴体から半分になった魔物は、片足をエルディオンに掴まれ、ズルズルと雪面を引きずられてきた。
唖然となるシルヴィアや調査隊を前に、
「悪い、ちょっと待っていてくれ」
魔物が積まれている小さな山に向かってポーンッと投げ飛ばしたエルディオンは、手を洗い、血が付いた顔を洗いはじめた。
「怪我をされたのですか?」
心配して訊ねるシルヴィアに、「返り血だ」とひとこと。怪我はないらしい。
布巾を手渡しながら、「そうですか。それなら、いいのですが、ところで……」と話しを訊くと、夜明けにはかなり早い残夜のうちに、セロス山に入った騎士団は、シルヴィアが予定していた調査ルートを圧雪しながら、魔物と獣を狩りに狩ったという。
夜明けまでに第一騎士団が仕留めた魔物は、なんと数十体を超え、獣にいたっては大型から中型まで、狩ったそばから運んで積まれ、こんもりとした山が、ふたつ分になったらしい。
「けっこうな数がいましたね……」
「俺たちが同行して良かっただろう」
魔物と獣の山を前に、エルディオンは嬉しそうだ。
その後、続々と山から戻ってきた第一騎士団は、一様に返り血は浴びていたものの、ほぼ無傷の状態で、
「皆さん、お疲れ様です」
シルヴィアは体力回復の光魔法を使うだけで良かった。しかし、「もったいない」と遠慮する面々。
「大丈夫です。本当に!」
「この程度は朝メシ前ですから!」
通称『セント・セブンスの悪鬼』、副団長のケイオスは、人一倍元気だった。
「バイロン城に鍛冶屋を呼んでもらって、まともな剣の手入れを久々にできたので、刃の切れ味が数段良くなりました。おかげで、ほぼ一撃で仕留められました」
肩に乗せていた猪型の魔物をポイッと骸の上に投げ捨て、
「それに、ゆっくり休ませてもらっていたので気力、体力とも有り余っていますから! まだまだ狩りますよ!」
アハハと豪快に笑った。
そして、この獣の山を、だれよりも喜んだのは料理番の副料理長だった。
朝食用のスープと乾パンを運んできて、
「わぁあ、グルー鹿だ! あっ、ミルルン鳥まで! それに、こっちは……」
獣の山から魔物の山に移動して、飛び上がって喜んだ。
「こ、これは、領主様の大好物! 幻の豚ゴールトンではないですかっ! どうして? 餌となる草はほとんどないのに?」
その疑問に答えてくれたのは、第一騎士団の若手騎士ダグラスで、実家が農家の彼は、雪の下に乾燥地帯に強い「マメ科とイネ科の植物がありましたよ」と教えてくれた。
詳しい品種を聞いた副料理長は、驚きを隠せなかった。
「それは、グルー鹿とミルルン鳥の大好物です。知らなかった。セロス山に自生していたなんて……そうか、それで、ゴールトンがいたんですね。ゴールトンは別名『グルメ豚』とも呼ばれているんですが、グルー鹿とミルルン鳥の肉が大好きなんです!」
さっそく血抜きをして皮を剥ぐと云って、副料理長に呼びつけられたバイロン兵たちが、せっせと狩られた魔物や獣を担いでいった。
今夜は美味しい夕食にありつけそうだと思いながら、 軽い朝食を済ませたシルヴィアは、さっそく鉱山調査のために山に入ることにした。
転生前の記憶と文献から、シルヴィアが記憶している図面上では、どこを掘ればオリハルコンが発見されるかはわかってはいる。
しかし、なにせ古い文献の記録であり、記録された図面の時代からは数百年前のセロス山は、まったくの手付かずの状態なので、目印はおろか、転生前に遺跡を調査したときとは環境もかなり違う。
オリハルコン鉱石が埋蔵されている場所を特定するのは簡単ではないと思われそうだが、先人たちは賢かった。
幾千、幾万の年月を経てもなお、変わらないモノを目印として記録していたのだ。
過去と未来を飛び越え、おなじ場所で存在できる唯一のものがあるとすれば、それは星空であり、天体の位置に他ならない。
昨夜、エルディオンと見上げた星空に輝いていた冬の大三角形。シリウス、プロキオン、ベテルギウスの位置と、今朝の太陽の位置を目印に、圧雪された山道を目的地に向かってすすむ。
シルヴィアの前には、「風除けになります」とケイオスがいて、背後には、文字どおりエルディオンが、ぴったりと付いてくる。
そして時折、うしろから声がかかる。
「シア、キツくないか? 冬山は滑るから危ない」
少しでも雪道に足を取られたら、抱き上げる勢いの過保護なエルディオンに、「大丈夫です」と何度も伝えながら、目的地であるセロス山の中腹に到着した。
冬の大三角の位置を目印に山を登り、東の空から昇る太陽の朝日が照らす岩盤が目印──ここだわ。
ここに、幻の鉱石オリハルコンが眠っている。