片手で器用に玉子を割り、ボールでかき混ぜる辺境伯令嬢の姿に、驚きを隠せない。
そんなエルディオンを前にして、
「おまかせください。卵料理だけは、わたしの右に出る者はおりません」
自信満々のシルヴィア。
追加で大量の卵と牛乳、チーズを抱えてきた料理長も「大丈夫です」と、笑顔で云った。
「シルヴィアお嬢様は、オムレツ作りの名人ですから。まあ、どうぞ、皿を持って並んでください。人気の具材は取り合いになりますからね」
その言葉どおり、
ふわふわオムレツのレシピは、転生前のシンシアの記憶にあるもので、バイロン商会の系列レストランのシェフ直伝である。
「はい、どうぞ。エルディオン様には、わたくしのおススメ、玉ねぎとチーズ、トマトとバシルのオムレツです。美味しかったら、おかわりしてくださいね」
手渡しで皿を受取ったエルディオンは、「ありがとう」と返すのがやっとだった。
大量に作られるオムレツのひとつ。それがわかっていても、こうやって、自分のために温かな料理を作ってもらったのは、いつぶりだろうか。胸が高鳴っていく。
中央にオムレツがのった皿には、焼き立てのパン、新鮮なサラダが添えられた。
テーブルについてからも、自然とエルディオンの視線は、手際よくオムレツを焼くシルヴィアを追いかけてしまう。
「団長、見過ぎです」
同じくオムレツがのった皿を手に、目の前に席に腰掛けたケイオスに窘められ、渋々と視線を外したところで、ジェイドとグレイブも同じテーブルにやってきた。
「こちらに滞在して、まだたったの2日ですが、ここでは驚かされてばかりです。良い意味でシルヴィア嬢は、王都の令嬢とはまるで違いますね。美しいだけじゃない。さすが、マクシム・バイロン閣下の御息女というべきなのか……」
グレイブの云うとおりだった。
輝く金髪と碧眼を持つシルヴィアが、華やかなドレスを身に纏い、王都の社交界に現れたのなら、男も女も、だれしもが魅了されるだろう。
そしてシルヴィア・バイロンの名は、一夜にして王国中に知れ渡ることになるはずだ。
しかし、彼女の最大の魅力が、その容姿ではないことを、エルディオンはすでに知っている。
少し話しただけでも、容易に気づかされた。
シルヴィア・バイロンが、いかに聡明であるかを。
その場の状況を即座に読み取る能力は、ずば抜けている。巧みな話術で情報を引き出しつつ、有利に交渉を進めながらも、それをまったく相手に感じさせないのは、魔法の才能に加え、彼女のもうひとつの才能といってもいいだろう。
おそらく彼女は、極秘ですすめられていた山岳地帯の討伐作戦を知っていたはずだ。その戦況が著しく悪いことも。
父である閣下から情報を得ていたのかもしれないが、その情報を元に、完璧といっていいタイミングで洞窟に現れ、俺たちを救い出してくれたのは、彼女の判断によるところが大きい。
そうして厄介者でしかない騎士団を受け入れてくれたときにはもう、これから起きるであろう軍部とのやり取りを見通して、対策を立てていたにちがいない。
美しく聡明で、優しく料理上手で、血だらけの男たちがいる洞窟に乗り込んでくる勇気があって、それでいて王都の高位貴族におとらない優雅で洗練された作法を身に付けている。
そして、なんといってもシルヴィア・バイロンは、光属性の魔力を極めた治癒魔法の使い手である。
俺の人生において、これほどまでに得難い人に出会うことは、もう一生ないだろう。
そのシルヴィアが、フライパンを片手にやってきた。
「皆さん、お肉をお忘れですよ」
香草焼きにされた骨付き肉が、オムレツの横に追加される。
穏やかな日差しが、さらに明るく自分を照らしてくれるような、そんな気がしたエルディオンは、シルヴィアから目が離せなかった。