第12話:エーリカの兄

――光帝リヴァイアサン歴127年 4月16日――


 エーリカたち若者組が賊徒を改心させてから早くも2年近くが過ぎようとしていた。16歳も間近となったエーリカは大きな事件が起きないことに飽きを感じ始めていた。


「うーーーん。せっかくコタローたちを改心させたけど、もう少し暴れさせてたほうが良かったのかしら?」


「それはどうかと思いますわ……」


 エーリカは訓練用の薙刀を手に取り、セツラと稽古を積んでいた。その休憩中にエーリカがぼそりとセツラに不満を漏らしたのである。セツラとしては苦笑せざるをえなかった。あれ以上にコタロー・モンキー率いる賊徒たちが大暴れしていたら、エーリカが頭を下げまくり、かつ、大魔導士:クロウリー・ムーンライトの介在があったとしても、被害を被った人々は決してコタローたちを許しはしなかったであろう。


 コタローたち賊徒が女子供を襲うようなヒトとして最低すぎる行為をしなかったことも功を奏していた部分があるが、賊徒がその勢力をあれ以上に膨れ上がらせていたらと思えば、ゾッとするしかないセツラである。


「何事もやりすぎないことが肝要といったところですわ。引くに引けない状況になること自体が間違いですの」


「うん、それはわかってる。コタローたちが受け入れられたことは幸運すぎたと思ったほうが良いもんね。でも、あの後から2年近く経っても大きな事件なんて起きやしない。退屈すぎるのも事実なのっ!」


 不満が募っているエーリカに対して、やれやれと頭を左右に振るしかないセツラであった。確かにエーリカにとって、オダーニ村は狭すぎたと言って過言では無い。300人にも及ぶ賊徒をたった20人ほどの若者組で退治し、さらには改心させてみせたのだ。


 エーリカに大舞台を与えれば与えるほど、水を得た魚のようにエーリカは世の中を踊りながら渡り歩いていける気がしてならないセツラである。だが、エーリカはまだ15歳である。時期尚早と思うのは誰しもが感じるところであった。現にエーリカの師匠であるアイス・キノレも、これからのことを考えるならば、もっと若者組での訓練に身を入れろと忠告している。


「あーあー。このまま何も起きないまま、あたし16歳になっちゃうのかしら。そして気づいたらおばあちゃんになって杖をついてるかもーーー」


「そんなことありませんわよ。どの時代の素晴らしい英雄たちだって、雌伏せざるをえない時期があったと聞いていますわ。そして、その雌伏している時期にこそ、しっかりと地力を高めていたからこそ、その後の輝かしい英雄伝を残せるようになったと」


「ふーーーん。セツラお姉ちゃんってなんか、うちのお兄ちゃんと同じこと言ってるねー。さすがは正式にお付き合いしてくださいって言われただけはあるよねー」


「げふんげふんっ! あのーそれはわたくしの黒歴史みたいなものなので、少し灸をすえましょうか???」


 セツラはすっとその場で立ち上がり、エーリカの分の訓練用薙刀を手に取る。ニッコリとした不気味な笑顔でエーリカにそれを手渡す。あわわ……となっているエーリカに対して、セツラは両手で構えている薙刀に体重を少しばかり預け、エーリカをギリギリと追い詰めていく。エーリカはしまったと思いながらも、自分の手に持つ薙刀を吹っ飛ばされないように両手に力を込める。


「待った待った! あたしの失言でしたっ! あれはうちのお兄ちゃんが全面的に悪いっ! だから力を抜いて!?」


「わかればよろしい。わたくしとしてもまさかそこまで言われるような仲だと誤解させるような振る舞いをしていたのかもしれませんわ」


 エーリカには5歳上の兄がいる。タケル・ペルシックのほうではない。あちらは血の繋がっていない家庭教師のお兄ちゃんである。エーリカと血の繋がっている兄の名前はメジロトリー。元気はつらつなエーリカとは違い、学者肌の色が強い兄であった。本を読むのが好きであるため、エーリカが英雄伝を聞かせてほしいと願えば、両親に代わってエーリカに英雄物語を読んで教えていた。


 ちなみに家庭教師であるクロウリーは英雄たちの名前を出すには出すが、妙に生々しい話をすることが多かったため、エーリカには逆に胡散臭く思われてしまい、ついにはエーリカはクロウリーに英雄譚をせがむことはしなくなっていた。


 話を戻そう。本の虫とまで言われるようになってしまったエーリカの実兄であるメジロトリーは幼い頃はこれで鍛冶師の稼業を継げるのかと父親から危ぶまれていた。しかしながら本の虫の性質を鍛冶師の仕事に活かせないものかと日夜、研究に励んでいるのが今のメジロトリーである。20歳となった彼は父親の鍛冶の仕事を手伝う傍ら、新しい工法をこの工房に取り入れれないかと、研究者寄りの職人になりつつあった。


 そんな彼が今から2年前に18歳となり、大人の仲間入りをすることになった。セツラはエーリカから見れば2歳年上。そしてメジロトリーから見れば3歳年下のセツラであった。セツラは最初、エーリカの友人であった。そしてエーリカを通じて、メジロトリーを紹介された。一時期は3人でつるむことも多かったのだが、とある事件でその3人からひとり、追い出されてしまうことになる。


 その事件とはもちろん、メジロトリーくんがセツラちゃんに告った事件である。もちろん兄を焚きつけたのはエーリカである。そして、それはエーリカ的には大成功すると思っていたのだ。だから先んじてオダーニ村に新しいカップルが誕生するとふれ回ってしまった。


 結果は燦燦たるものだった。メジロトリーの想いは一方的だったことが判明してしまっただけであった。セツラはメジロトリーのことをあくまでもエーリカの良いお兄さんとしか認識していなかった。それが恋にまで発展することはまったくなかったのである。


「セツラお姉ちゃん。あの件のことは今でもあたしが全面的に悪かったって思ってる。でもひとつ疑問があるの。聞いていい?」


「わたくしから1本取れたら質問に答えますわよっ!」


「じゃあ、あたしも今から本気でいくねっ!」


 エーリカはただでは転ばぬ女の子だ。失敗したからといって、そのまま放置しておいて、失敗のままで終わらせるような女の子では無い。これを機会に前々から聞きたかったことのひとつでもセツラお姉ちゃんから引き出そうとしたのである。


 エーリカとセツラの薙刀を用いた勝負は約3分ほど続く。セツラが1発2発3発と連続でエーリカを薙刀の柄で叩く。負けじとエーリカは1発目と2発目を薙刀の柄の正面で受け、3発目の衝撃を斜め下へとずらす。そうすることでセツラの姿勢は前のめりになっていくのだが、セツラはそうされることを予見しており、斜め下から斜め上方向へと薙刀を振り上げる。


 エーリカは下からすくい上がってくる薙刀の刃先をしっかり見据え、どういう軌道を描くか予想を立てる。エーリカの予想通りの軌道を取る刃筋をエーリカは躱し、薙刀の石突き部分をセツラの腹へと押し当てようとする。しかしセツラはこのエーリカの動きを読んでおり、薙刀を振り上げる力を利用し身体自体を翻して、エーリカから距離を取る。


「さすが薙刀を持たせたらオダーニ村1番の巫女ねっ!」


「ふふふっ。薙刀だけでなく弓も同じくらいには扱えますわよ? 今度、エーリカが箸を持つ手が震えてしまうくらいには稽古をつけてあげますわ?」


「じゃあ、セツラお姉ちゃんがあたしから1本取ったら、あたしはそうするってことで! さあさあさあ!」


 エーリカとセツラはほどよい緊張感をもってして、薙刀の訓練を続けた。ちなみに先に1本取ったのはセツラのほうである。しかしながら訓練に熱が入ったふたりはその1本だけに終わらず、次だ次だとばかりに互いの身を訓練用の薙刀で削り合うのであった。


「はぁはぁはぁ……。あたしが1本取るまでにセツラお姉ちゃんに3本取られちゃう」


「ふぅふぅ……。エーリカさんの上達ぶりには驚いてしまいますわ。これは気を引き締めておかないとっ」