ダメだよ、マモルちゃん。
あいつに向かえば、殺されてしまう。
今のあいつは、あの時とは違って。
おかしな力で、みんなを傷つけようとしている。
お願い……お願いだから。
早く、そこから逃げて。
じゃなきゃ、本当に。
マモルちゃんも、獣の女の子も。
あの時のように、みんなが死んでしまう。
お願い、だから……
誰か、助けて…………
* * *
「ギャァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」
「ァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」
”活動の間”に響く、悲痛な叫び声たち
侵入者の術により、次々とエルフ国兵たちの身体が、あちこち鈍い音を立てて弾かれ、宙へ高く飛ばされ、地面へと叩きつけられる。
「お、おねが……」
身体中の骨が砕け、這いつくばる者。
「も、もうや、め……」
悪魔へ命乞いをする者。
「はぁ……はぁ…………グボァァッ?!」
見えない衝撃の追い討ちを受けて、もだえ苦しむ者など。
その死屍累々たる有様の中。
「ギャァーーーーハハハハッ!!!!」
一際大きな笑い声が、空間中に鳴り渡る。
「いやだ……いやだぁっ!!」
「お、おれには当てないでくれぇっ!」
武器も楯も持っていない。抗う術をなくして、見えない衝撃に恐怖する彼らはみな、右も左も分からないほどに錯乱し、それでも悪魔による攻撃から逃れようと、空間中を彷徨っていると。
「だ、誰かぁっ!!!!」
その中で一人、落盤した地面の端を必死に掴み、真下に構える針山へと落ちないよう、しがみつく者が。
「お願いだっ!! 誰か手をっ……!」
目の前を走り去っていく他の仲間達に助けを求めるべく、そのエルフ国兵はずっと声を張り上げていたのだが。
「…………あぁ?」
「ひぃっ!?」
その声をいの一番に気付いてしまったのは、護でも、ルーナでも、エルフ国兵でもなく、まさかの侵入者で。
「へっへっへ……」
近づく侵入者の姿を見て青ざめ、絶望するエルフ国兵。
その表情を見て不気味に笑う侵入者は。
「……おらっ!」
「――っ!!」
唐突に、地面の端に引っ掛かっていたエルフ国兵の指を外して。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
そのまま、巨大に連なる針山が待ち構える地下へと落としてしまえば。
「ギャァ――――ハハハハッ!!」
長い悲鳴の後、肉塊が深々と刺さる生々しい音がしたのを確認し、その場で腹を抱えて笑い転げ。
「そうだそうだっ! そうやって、必死に俺様から逃げて、そしてみじめに殺されちまえっ!!」
恍惚な表情を浮かべ、舌なめずりをし、エルフ国兵の死を歓喜する。
「…………ぅ、くそ……」
悪魔から逃げようとも、不可視の攻撃に狙われ衝撃を喰らってしまえば。その勢い、針山が待つ地下へと落下してしまい絶命す。幸運にも、辛うじて地面の端へとしがみ付けたとしても時間の問題で、誰も助けてくれなければ、侵入者に見つかってしまい、蹴り落とされて針山の餌食となる。
そんな地獄絵図の最中で。
先ほど侵入者による術で滅多打ちにされてしまったルーナ。
身体中の青あざに苦しみながら。
「(う……うご、け……)」
これ以上の犠牲者を増やしてなるまいと、薄れる意識を懸命に起こして、目の前に転がる黄蘗色の楯を持ち、技を発動させようと構えるが。
「(だ、だめ……だ…………)」
負わされてしまった傷は重く深く。楯の重量を持ち上げることも、己の身体さえも起こすことも出来ず。
「(全然……うごけ、ない……)」
何も出来ずに這いつくばっていると。
「さぁて……」
「――っ!!」
「次はお前だなぁ?」
今度はそこへ、ルーナに狙いを定めた侵入者が、ゆっくりと近づこうとしていた。
「く、くそっ……こいつ……!」
すぐにその場から離れなければ、と。
自分も他のエルフ国兵らと同じように針山の餌食となってしまうと。彼女は震える両腕で己の身体を起こそうとするが。
「いくぜぇ……」
それよりも先。
侵入者が近くに見えていた針山めがけ、ルーナを蹴り落とそうと思いっきり片脚を後ろへ振り上げた。
その時。
「盾・擬技っ!!」
「…………あぁ?」
「”
護の叫び声とほぼ同時、ルーナを襲おうとした侵入者へ目掛けて、四方五メートルはある巨大な楯が、物凄い勢いで真横から激しくぶつかっていく。
「――っ! ……っち、なんだてめぇ」
防げず、巨大な灰色の楯に真っ向から当たり、吹っ飛ばされた侵入者。
激突した後、地面を激しく転がれば、立ち上がりすぐさま態勢を整えて、楯が飛んできた方向を睨みつける。
「お前は……絶対にここでぶっ殺すっ!!!!」
侵入者が睨む先では、憎しみに煮えたぎり、仁王立つ護の姿があり。
「ちっ、虫けらのくせに。俺様に向かって粋がってんじゃねぇぞぉっ!!」
そんな護に、酷く気分を害された侵入者が。
「…………”
構え、また不可視の攻撃を喰らわす為、術を唱えようとした。
「…………あぁ?」
その時だった。
「なんだぁ?」
突然、侵入者は術を唱えることを止めた途端。
「なん、だぁ? これ、はぁ?」
何かを気にするように首を傾げては、続けて鋭く尖った両の眼の焦点が合わなくなる。
「なん、だぁ……? なんだ、なんだぁ?」
そして、傾げた首を、何度も何度も左右へと激しく振り始めれば。
「なんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだぁ?」
「――っ!?」
何者かに操られた人形のように、同じ言葉を繰り返して。
「なんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだ」
今度は自身がもつ両手の爪で、己の顔を掻きむしり始めたのだ。
「こ、こいつ一体……」
その悍ましい様子に、周りから見ていたエルフ国兵達も動揺の声が上がれば。
「な、なにを……」
目の前の侵入者による奇行に、護も思わず後退りしてしまう。
すると。
「なんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
今度は甲高い叫び声を上げ始めた侵入者。
ずっと搔きむしり続けていた顔から大量の血が流れれば。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!」
「「「――っ!?」」」
今度は両の手の爪で、自身の頭部を貫き、脳みそをグチャグチャにかき乱し始めたのだった。
「じ……自傷、だと………?」
侵入者の叫び声が轟く中で、あまりの異様さに、誰も手を出す者はおらず。
ただじっと、侵入者の行動の行く末を見ていると。
暫くして。
「…………ァ…………………ァァ……………」
侵入者の奇行が突然と収まれば、侵入者はただじっと。焦点の合わない両目で虚空を見つめ、顎はだらんと力無く、口から涎を垂れ流しながらその場で立ち尽くす。
そうして。
「…………あぁ、そうか」
一言呟き、再び護のほうへと向き直れば。
「てめぇ、か……」
「――っ!!」
そう、二言目を告げた瞬間。
「クソガキぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
とんでもない速さで護へと接近し。
「ヒャッハァァァァァァァァァッ!!!!!!」
巨大な爪を生やしたその腕で。
彼へと襲い掛かるのだった。